君とボクの二度目の冒険 〜転生した少年と幼馴染の勇者が、魔王の孤独を救うまで〜 作:屠龍
第百四十三話 愛が力になる理由
魔王もまた、転生者。
その言葉の意味を、僕はすぐには受け止めきれなかった。
「魔王も……転生者?」
ミレーヌが呟く。
オットーさんは頷いた。
「そうじゃ。いつの時代の、どこの誰かまでは分からん。じゃが、あれはこの世界だけの理で生まれた存在ではない」
部屋の中が、さらに重くなる。
転生者。
僕やオットーさんと同じく、別の世界の記憶を持ってこの世界に生まれた者。
その一人が、魔王。
「だから、この世界の軍隊や騎士では歯が立たぬのですか?」
僕が尋ねると、オットーさんは小さく笑った。
「それもある。前世の知識を持つ者は、この世界の常識から外れた考え方をする。戦術、医術、工学、組織の作り方。何を持ち込むかは人によるがの」
僕は、昨夜見た本の挿絵を思い出した。
魔王の背後に見えた、軍服の影。
あの存在も、もしかすると魔王に関係しているのだろうか。
「転生者は、ただ前世の知識を持つだけではない」
オットーさんは続ける。
「魂そのものが、この世界の者とは少し違う。強い意思、未練、願い。そういうものを抱えたまま生まれてくる者が多い」
僕は、思わず自分の手を見る。
僕にも、未練があったのだろうか。
病気で何もできないまま死んだ前世。
もっと生きたかった。
誰かと一緒に走りたかった。
誰かを助けられる人間になりたかった。
そういう思いが、この世界へ僕を連れてきたのだろうか。
「でも、僕は最初から強かったわけじゃありません」
僕は正直に言った。
「最初はゴブリンにだって苦戦しました。今だって、ミレーヌや皆がいなければ戦えません」
「それでよい」
オットーさんは、意外にもあっさり頷いた。
「転生者は、最初から万能ではない。むしろ、前世の記憶が足を引っ張ることもある。儂もそうじゃった。戦場で死んだ記憶など、冒険の役に立つどころか、何度も足をすくわれた」
その言葉に、僕は黙った。
オットーさんの前世は、ベルリン攻防戦で死んだ兵士だ。
彼がどれほどのものを見たのか、僕には想像することしかできない。
「では、どうして転生者は勇者を支えるほどの力を持てるんですか?」
ミレーヌが尋ねた。
オットーさんは、そこで少しだけ愉快そうに口元を歪めた。
「絆じゃよ」
「絆?」
「勇者との絆。特に、互いを深く想い合う心じゃ」
その瞬間、ミレーヌの肩がぴくりと動いた。
僕も何となく、嫌な予感がした。
オットーさんは楽しそうに続ける。
「勇者との間に強い絆が結ばれた転生者は、並外れた力を発揮する。ミレーヌの父もそうじゃった。マリータを心から愛しておったからこそ、最後まで彼女を支え続けられた」
「お父さんが……母さんを」
ミレーヌは小さく呟く。
その声は、少しだけ嬉しそうだった。
母が愛されていた。
父が母を支え続けた。
その事実は、ミレーヌにとって救いでもあったのだろう。
「ユキナ」
オットーさんの視線が、今度は僕に向く。
「お主が鋼級冒険者だと知った時、儂には分かった。お主はただ鍛えただけではない。勇者ミレーヌとの絆によって、力を伸ばしておる」
「僕が……?」
「そうじゃ」
オットーさんは、ニヤリと笑った。
「お主らは互いを大切に想い合っておる。だからお主は強くなった。ミレーヌを守りたい。共に生きたい。その願いが、お主の力を押し上げておるのじゃよ」
僕は思わず、隣のミレーヌを見た。
ミレーヌもこちらを見ていた。
手が触れる。
さっきから繋いでいた指先に、少しだけ力がこもる。
今まで僕は、自分が強くなった理由を、訓練と実戦経験だと思っていた。
もちろん、それもある。
ロイド教官に鍛えられ、仲間たちと戦い、死にかけながら学んできた。
けれど、それだけではなかったのかもしれない。
ミレーヌと一緒に生きたい。
ミレーヌを守りたい。
ミレーヌと同じ未来を見たい。
その気持ちが、僕をここまで連れてきたのだろうか。
「つまりじゃ、ユキナ」
オットーさんは、楽しそうに紅茶を啜った。
「お主が強くなった理由は単純じゃ」
嫌な予感が、さらに強くなる。
「お主が、ミレーヌを心から愛しておるからじゃよ」
ミレーヌの手が、僕の手の中で小さく跳ねた。
「え、あ、その……」
「そ、そういう言い方をされると……」
僕たちは二人そろって顔を赤くした。
オットーさんは、そんな僕たちを見て愉快そうに笑う。
下品な笑いではなかった。
遠い昔、自分も誰かを大切に想い、仲間と共に戦ったことを思い出しているような、少し懐かしさの混じった笑いだった。
「よいことじゃ」
オットーさんは静かに言った。
「勇者は一人では戦えぬ。どれほど強くとも、背を預ける者が必要じゃ。マリータにも儂らがいた。ミレーヌ、お主にもユキナがいる」
ミレーヌは、僕の手を握ったまま頷いた。
「うん。ボクにはユキナがいる」
その言葉に、胸が熱くなる。
僕も、握り返した。
「僕にも、ミレーヌがいる」
オットーさんは満足そうに目を細めた。
「ならば忘れるな。その想いは、弱さではない。力じゃ」
ミレーヌと僕は、互いに顔を見合わせる。
恥ずかしさはまだ残っていた。
でも、それ以上に、心の奥が温かかった。
愛情が力になる。
そんな言葉だけ聞けば、きれいごとのように聞こえるかもしれない。
けれど、僕には分かる気がした。
僕が剣を取る理由。
怖くても前に出る理由。
何度倒れても立ち上がれた理由。
その中心には、いつもミレーヌがいた。
だから僕は、ここまで来られたのだ。
オットーさんは、最後にもう一度だけ笑った。
「さて。話はここからが本番じゃ」
「まだあるんですか?」
僕が思わず聞き返すと、オットーさんは当然のように頷いた。
「魔王が転生者である以上、お主らはただ剣を振るだけでは勝てぬ。知るべきことは、まだ山ほどある」
その言葉に、僕とミレーヌは表情を引き締めた。
温かくなった胸の奥に、再び緊張が戻ってくる。
魔王もまた、転生者。
そして僕は、勇者を支えるためにこの世界へ生まれた。
ならば、逃げるわけにはいかない。
ミレーヌの手を握ったまま、僕は静かに頷いた。