君とボクの二度目の冒険 〜転生した少年と幼馴染の勇者が、魔王の孤独を救うまで〜 作:屠龍
第百四十四話 ウィザードを継ぐ者たち
オットーさんに、僕とミレーヌが互いを大切に想い合っていることを見抜かれてから、僕はしばらく俯いていた。
恥ずかしい。
ただ、それ以上に、さっきからこの老人の底が見えない。
僕が転生者だと見抜き、ミレーヌが勇者だと知っていて、さらにはマリータさんの仲間だったという。
胡散臭いのに、話していることには妙な重みがあった。
そんな僕たちを見て、オットーさんはまたヒヒヒと笑った。
「さて、話を戻すかのう。これは内緒の話じゃが……クヌートとフェリシアと言ったか。あのハーフエルフの兄妹についても、少し知っておる」
「クヌートとフェリシアを?」
僕は思わず顔を上げた。
ミレーヌも表情を引き締める。
クヌートとフェリシアは、僕たちにとって大切な仲間だ。
その過去に、オットーさんが関わっているというのか。
「正確には、儂よりも、かつての仲間だった魔術師の方が深く関わっておった」
オットーさんの声が、少しだけ低くなる。
「人間でありながら唯一、ウィザードの領域に届いた男じゃった。あやつはいつも言っておったよ。いつか勇者を支える魔術師を育てねばならぬ、とな」
「ウィザード……」
僕はその言葉を繰り返す。
クヌートとフェリシアが使う魔法は、確かに普通ではない。
特にフェリシアの魔力の扱いは、どこか繊細で、ただ攻撃するだけの魔法とは違う印象があった。
「では、二人は転生者なんですか?」
僕が尋ねると、オットーさんは首を横に振った。
「いいや。あの二人は、れっきとしたフォーチュリアの者じゃ。前世の記憶など持っておらん」
「じゃあ、どうして……」
「ハーフエルフだからじゃよ」
オットーさんは静かに言った。
「エルフの魔力と、人間の適応力。その両方を持つ者は、まれに人間にもエルフにも届かぬ領域へ進むことがある。もちろん、すべてのハーフエルフがそうなるわけではない。じゃが、あの二人には素質があった」
僕はクヌートとフェリシアの顔を思い浮かべる。
いつも皮肉っぽく、金のことにうるさいクヌート。
静かで、どこか陰を抱えているフェリシア。
そんな二人が、ただ偶然に強い魔法を覚えたわけではなかったのだ。
「ただし、誤解するでないぞ」
オットーさんは、僕の考えを読んだように釘を刺した。
「あの二人は、最初から勇者の道具として育てられたわけではない。少なくとも、儂らは二人が生まれたことすら知らなんだ」
「知らなかった?」
「うむ」
オットーさんは頷く。
「二人の母親は、子供たちを人間界にも、魔王との戦いにも関わらせたくなかったのじゃろう。だから儂らにも知らせなかった。可愛いわが子を、自分と同じ戦いに巻き込みたくなかったのじゃ」
その言葉に、ミレーヌが唇を噛んだ。
勇者である自分の周りには、どうしても戦いが近づいてくる。
自分の母も、クヌートたちの母も、子供を戦いから遠ざけようとした。
その気持ちは、ミレーヌにも痛いほど分かったのかもしれない。
「では、魔術師さんはいつ二人を?」
「エレナじゃ」
「エレナさん?」
「そうじゃ。エレナが、儂と魔術師に二人を探してくれと懇願した。だが、その時にはもう二人の行方は分からなくなっておった」
オットーさんは、紅茶のカップを見つめる。
その目には、いつもの人を食ったような光はなかった。
「見つけた時は、酷い有様じゃった。森を出た二人は、誰にも守られず、人間の街をさまよっておった。乞食同然の日もあったじゃろう。盗みをせねば食えぬ日もあったじゃろう」
僕は息を呑んだ。
クヌートの金への執着。
フェリシアの消えそうなほど静かな表情。
その理由の一部が、少しだけ見えた気がした。
「そして、魔王の手の者に見つかった」
ミレーヌの手が、僕の手を強く握る。
「殺されるところだったんですか?」
「そうじゃ。あの二人は、ただの孤児ではなかった。勇者に連なる者たちの血筋と、ウィザードになり得る素質を持っていた。魔王にとっては、放置できぬ芽じゃったのだろう」
オットーさんは静かに続ける。
「間に合ったのは、魔術師じゃった。あやつが二人を救い、保護した。そして、二人に魔法を教えた」
「それで、クヌートとフェリシアは……」
「うむ。あやつの弟子になった」
弟子。
その言葉を聞いて、少しだけ安心した。
道具ではない。
誰かの所有物でもない。
二人は救われ、教えを受け、自分たちの力で生きる術を得たのだ。
「ただし、この話は本人たちにはまだ言わぬ方がよい」
オットーさんの声が、また少し低くなった。
「なぜですか?」
「自分たちが勇者のために用意された存在だと思えば、あの二人は傷つくじゃろう」
その言葉に、僕は何も言えなかった。
確かに、クヌートなら怒るだろう。
フェリシアなら、悲しそうに笑うかもしれない。
「でも、二人は道具じゃない」
ミレーヌが静かに言った。
「ボクのために生まれたんじゃない。クヌートもフェリシアも、自分の人生を生きてきたんだよ」
オットーさんは、ミレーヌを見て目を細めた。
「その通りじゃ。じゃから、この話の扱いは慎重にせねばならん」
「それなら、なぜ僕たちに?」
僕が尋ねると、オットーさんは小さく息を吐いた。
「お主らが、あの二人の仲間だからじゃ」
静かな答えだった。
「戦いが進めば、いずれ二人にも向き合わねばならぬ時が来る。あやつらがなぜ力を持ち、なぜ魔王に狙われるのか。お主らが知らぬままでは、守れるものも守れん」
僕は俯いた。
守る。
その言葉が、重かった。
クヌートとフェリシアは、ただ強い仲間ではない。
人間にもエルフにも居場所を奪われ、それでも生き延びてきた兄妹だった。
「それに、もう一つ。あの二人について、お主らは知っておいた方がよいことがある」
オットーさんが言う。
ミレーヌが顔を上げた。
「二人の父親と、お母さんのことですか?」
オットーさんは頷いた。
「そうじゃ。あの二人は、疎まれて生まれた子ではない」
その言葉に、僕とミレーヌは息を呑んだ。
オットーさんの声は、静かだった。
「少なくとも、母親は二人を愛しておった。命を削ってでも、守ろうとした」
その一言で、部屋の空気が変わった。
クヌートとフェリシアの過去は、まだ終わっていない。
むしろ本当に重い話は、ここからなのだと分かった。