君とボクの二度目の冒険 〜転生した少年と幼馴染の勇者が、魔王の孤独を救うまで〜   作:屠龍

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第十九章 マナジ教団
第百四十六話 負ける戦争


第百四十六話 負ける戦争

 

 冒険者ギルドマスターのオットーさんは、僕たちを気遣ったのか、そこで話題を変えた。

 

 先ほどまでの、仲間の昔話をする老人の顔ではない。

 

 白磁の頂き亭を取り仕切る、ギルドマスターの顔だった。

 

 その変化に、僕は思わず背筋を伸ばす。

 

 やはりこの人は、ただの胡散臭い老人ではない。

 

 「さて。ユキナとミレーヌに、相談があるんじゃ」

 

 「何でしょう?」

 

 僕とミレーヌは、思わず声を揃えて聞いた。

 

 多分、ろくでもない話に違いない。

 

 「お主ら、このアルスラン帝国がシリカ国と戦争になるという話は知っておるな?」

 

 「察してはいます」

 

 兵士たちのやけ酒。

 

 軍に押さえられた食糧庫。

 

 質を落としてまで発行量を増やしているイリヤル銀貨。

 

 この街で見てきたものを思い返せば、戦争が近いことは疑いようがなかった。

 

 オットーさんは、静かに頷く。

 

 「この戦争はのう。アルスラン帝国が負ける」

 

 あまりにもはっきりした言葉だった。

 

 ミレーヌが驚いたように目を見開く。

 

 「アルスラン帝国って、大きな国なんだよね? それでも負けるの?」

 

 「国が大きければ勝てる、というほど戦争は単純ではないんじゃよ」

 

 オットーさんはそう言って、僕を見た。

 

 試されている。

 

 そんな気がした。

 

 僕は少し考えてから口を開く。

 

 「兵力はアルスラン帝国の方が多いかもしれません。でも、大軍ほど食料と武器が必要になります。補給が切れれば、兵士の数が多くても戦えません」

 

 「うむ」

 

 オットーさんは満足そうに頷く。

 

 「続けてみよ」

 

 「それに、アルスラン帝国のイリヤル銀貨は銀の含有量が落ちています。逆に、シリカ国のクラン銀貨は信用がある。食料や武器の取引がクラン銀貨に流れているなら、アルスラン帝国は戦う前から財布を握られているようなものです」

 

 「正解じゃ」

 

 オットーさんは、にやりと笑った。

 

 「ミレーヌ、よかったのう。お主の恋人は、なかなか経済感覚がある」

 

 「当たり前だよ」

 

 ミレーヌは、とても嬉しそうに笑った。

 

 恋人の僕が褒められたことが、素直に嬉しかったのだろう。

 

 そっと僕の腕に寄り添うミレーヌに、僕は少し照れながらも胸が温かくなった。

 

 「ボクのユキナは、頭がいいんだから」

 

 「そ、そんなことないよ」

 

 照れる僕を見て、オットーさんは愉快そうに笑う。

 

 「若い者はよいのう。じゃが、戦争は気合いでは勝てん。金と物資の殴り合いじゃ」

 

 その言葉に、僕は前世で見た戦争のゲームを思い出した。

 

 勇敢な兵士がいても、戦車やトラック、燃料や弾薬を桁違いに用意できる国には勝てない。

 

 いくら前線で奮戦しても、後ろから物資が届かなければ軍は動けなくなる。

 

 戦争は結局、金と物資をどれだけ前線へ送り続けられるかで決まる。

 

 「経済だけではないぞ」

 

 オットーさんは続ける。

 

 「アルスラン帝国がシリカ国を攻めるには、北の草原か、南の森を通らねばならん」

 

 「それは……どちらも厳しいですね」

 

 僕は地図を頭に浮かべる。

 

 北の草原には遊牧民がいる。

 

 南の森は、進軍しにくく、道も限られる。

 

 「僕がシリカ国側なら、草原の遊牧民に銀貨を渡して、アルスラン帝国の補給部隊を襲ってもらいます。森を通るなら、細く伸びた隊列を狙って、ゲリラ戦で削ります」

 

 「そういうことじゃ」

 

 オットーさんは、紅茶を一口飲む。

 

 「シリカ国は守りに入ればよい。クラン銀貨を使って商人を動かし、遊牧民を動かし、森の案内人を動かす。正面から大軍とぶつからずとも、補給を切れば帝国軍は勝手に弱る」

 

 「兵士が多いことが、逆に負担になる……」

 

 ミレーヌが呟く。

 

 「そうじゃ。食わせる口が多い軍ほど、腹が減れば崩れる」

 

 最初は、アルスラン帝国が優位に戦争を進めるかもしれない。

 

 だが、長引けば長引くほど、経済力と補給の差が出る。

 

 最後には、シリカ国が勝つ。

 

 僕とオットーさんの見方は、そこで一致していた。

 

 けれど、だからこそ分からない。

 

 「でも、少し考えれば負けると分かる戦争を、どうしてアルスラン帝国は始めようとしているんですか?」

 

 アルスラン帝国にも、軍人はいる。

 

 経済に明るい官僚や大臣だっているはずだ。

 

 僕が分かることを、彼らが分からないとは思えなかった。

 

 オットーさんは、すぐには答えなかった。

 

 白磁のカップを指先で軽く回し、湯気の向こうから僕たちを見る。

 

 「表向きの理由はある」

 

 「表向き?」

 

 「このままでは、アルスラン帝国のイリヤル銀貨はシリカ国のクラン銀貨に負ける。つまり、経済を握られるということじゃ。それに、かつての世界帝国の威信を取り戻したい者も多い」

 

 「それだけなら、分からなくはありません」

 

 僕は頷いた。

 

 無理な戦争だとしても、面子や恐怖から始まる戦争はある。

 

 国の通貨が信用を失い、商人たちが他国の銀貨を使い始める。

 

 それは支配者にとって、国を奪われるような屈辱なのだろう。

 

 「じゃが、それだけではない」

 

 オットーさんの声が、低くなった。

 

 部屋の空気が、少し重くなる。

 

 「本当の理由は、別にある」

 

 ミレーヌが、僕の腕からそっと離れた。

 

 さっきまでの柔らかい空気が消える。

 

 勇者として話を聞く顔になっていた。

 

 「別の理由って、何ですか?」

 

 僕が尋ねると、オットーさんは一度だけ目を伏せた。

 

 時計の針が、コチコチと小さく音を立てる。

 

 沈黙の魔法がかかった部屋の中で、その音だけが妙にはっきり聞こえた。

 

 そして、オットーさんは静かに口を開いた。

 

 「今の皇帝は、狂っておる」

 

 その一言で、僕は息を呑んだ。

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