君とボクの二度目の冒険 〜転生した少年と幼馴染の勇者が、魔王の孤独を救うまで〜 作:屠龍
第百四十七話 暗躍する邪教
「今の皇帝は、狂っておる」
オットーさんの声は、低く重かった。
「意見する部下を、容赦なく殺している。諫める者も、止める者も、次々と消されておる」
「皇帝が……?」
ミレーヌが眉をひそめる。
「でも、そんなことをしたら、国がめちゃくちゃになるよ」
「だから、なっておるのじゃ」
オットーさんは短く答えた。
「まともな軍人や官僚ほど黙る。あるいは殺される。残るのは、皇帝の顔色だけを見る者と、戦争で得をする者だけじゃ」
僕は、アストラハンで見た人々を思い出す。
やけ酒を飲む兵士。
高騰する食料。
苛立った商人たち。
それらは全部、この国が内側から壊れている証拠だったのかもしれない。
「でも、なぜ皇帝はそこまで……?」
僕が尋ねると、オットーさんは目を細めた。
「皇帝一人の狂気なら、まだ分かりやすい。じゃが、背後で糸を引く者がおる」
「背後?」
「宗教じゃよ」
その言葉に、僕とミレーヌは顔を見合わせた。
オットーさんは続ける。
「マナジ教。魔王を崇拝する邪教じゃ」
初めて聞く名だった。
魔王を崇拝する宗教。
それだけで、胸の奥に冷たいものが走る。
「マナジ教は、フォーチュリア最大の国家であるアルスラン帝国を内側から壊そうとしておる。帝国がシリカ国との戦争で疲弊すれば、魔王にとっては都合がいい」
「国同士を争わせて、弱らせる……」
ミレーヌが小さく呟く。
「そんなの、酷いよ」
「酷いが、有効じゃ」
オットーさんは否定しなかった。
「魔王軍だけで世界中を攻め滅ぼすより、人間同士を争わせた方が早い。大国が自分から血を流してくれるなら、魔王にとってこれほど楽なことはない」
僕は拳を握った。
たしかに、戦争が始まれば沢山の人が死ぬ。
兵士だけではない。
補給のために食料を奪われる村人。
高騰した物価に苦しむ町の人たち。
戦場から逃げる難民。
そして、さっき見たフミン族の子供たちのような、弱い立場の人々。
最初に踏みつぶされるのは、いつだって弱い人たちだ。
「でも、そんな宗教が簡単に皇帝を操れるものなんですか?」
僕の疑問に、オットーさんは首を横に振る。
「簡単ではない。じゃが、不可能でもない。権力者が恐れや欲に取り憑かれた時、耳元で都合のよい言葉を囁く者がいれば、人は驚くほど簡単に道を踏み外す」
前世の歴史でも、宗教や思想が政治と結びつき、国の進む方向を大きく変えた例はいくつもあった。
だから、マナジ教が皇帝を動かしているという話も、荒唐無稽とは言い切れない。
「今の皇帝は、実の父親と、後継者だった兄を暗殺して帝位についた」
オットーさんは淡々と言った。
あまりにも重い内容なのに、その声は冷静だった。
「その暗殺に、マナジ教が関わっていると儂は見ておる」
「証拠は?」
僕が尋ねると、オットーさんは苦い顔をした。
「ない」
「ないんですか?」
「だから困っておる」
オットーさんは、深く息を吐いた。
「噂はある。消えた官僚もいる。皇帝の側近に、急に出世した怪しい神官もいる。じゃが、決定的な証拠がない」
そこで、僕は嫌な予感がした。
多分、これが相談の本題だ。
「まさか……僕たちに調べろと?」
「その通りじゃ」
オットーさんは、あっさり頷いた。
「お主たちに、マナジ教のことを調べてもらいたい」
「随分変わった依頼ですね。冒険者の仕事というより、兵士や官僚の仕事ではないでしょうか」
僕がそう言うと、オットーさんは小さく笑った。
「兵士や官僚が動けるなら、とっくに動いておる。じゃが、さっきも言った通り、皇帝は反対者を殺している。正面から動けば、証拠を掴む前に消される」
「だから、外から来た冒険者である僕たちに?」
「そうじゃ。お主らは目立つが、まだ帝国のしがらみに絡め取られておらん。それに……」
オットーさんは、ミレーヌを見る。
「勇者が、魔王崇拝の邪教を放っておくわけにもいくまい?」
ミレーヌは息を呑んだ。
難しい政治の話は、彼女の得意分野ではない。
けれど、戦争で沢山の人が死ぬこと。
魔王に仕える者たちが人々を苦しめようとしていること。
それは、ミレーヌにも分かっていた。
「ボク、難しいことは分からない」
ミレーヌは正直に言った。
「でも、戦争を止められるなら何でもするよ。魔王のために人が苦しむなんて、見過ごせない」
オットーさんは、満足そうに頷いた。
「ミレーヌなら、そう言うと思っておった」
そして今度は、僕を見る。
「ユキナはどうじゃ?」
「僕も同じです」
迷いはあった。
マナジ教。
皇帝暗殺。
勝ち目のない戦争。
どれも、冒険者が軽々しく首を突っ込むには危険すぎる話だ。
けれど、このまま何もしなければ、沢山の人が死ぬ。
それを知ってしまった以上、見なかったことにはできなかった。
「やります」
僕はそう答えた。
「ただし、僕たちだけで勝手に動くわけにはいきません。シグレさんやセシルさん、クヌートたちにも相談します」
「当然じゃ」
オットーさんは頷く。
「仲間を置き去りにする勇者など、ろくなことにならん」
その言葉に、ミレーヌも強く頷いた。
オットーさんは、僕たちに向かって深く頭を下げた。
「ありがとう、ユキナ。ミレーヌ。儂らが魔王を倒せなかったせいで、お主らには迷惑をかける」
「そんな言い方しないでください」
ミレーヌがすぐに言った。
「オットーさんたちが戦ってくれたから、今ボクたちがここにいるんでしょう?」
オットーさんは一瞬だけ目を細めた。
それは、笑っているようにも、泣きそうなのを堪えているようにも見えた。
「……よい娘じゃな。マリータによく似ておる」
小さくそう呟いてから、オットーさんはいつもの調子に戻る。
「報酬は弾むぞ。命がけの仕事じゃからな」
「報酬の話は、セシルさんが喜びそうですね」
僕がそう言うと、ミレーヌが少しだけ笑った。
重くなっていた空気が、ほんの少しだけ緩む。
けれど、僕たちが引き受けた仕事の重さは変わらない。
マナジ教。
魔王を崇拝し、帝国を内側から壊そうとする邪教。
その影がどこまで広がっているのか、まだ分からない。
それでも、僕とミレーヌの気持ちは決まっていた。
まずは仲間たちに話そう。
その上で、僕たちはマナジ教を調べる。
戦争を止めるために。
そして、魔王の暗躍を暴くために。