君とボクの二度目の冒険 〜転生した少年と幼馴染の勇者が、魔王の孤独を救うまで〜 作:屠龍
第百四十八話 知識を求めて
翌日から、僕たちは手分けしてマナジ教の情報を探ることになった。
シグレさんとセシルさんは盗賊ギルドへ向かう。裏の情報を集めるなら、僕たちより二人の方がずっと慣れている。
クヌートとフェリシアは、魔術師たちの間で怪しい魔道具の売買や譲渡がないかを調べることになった。
マナジ教が皇帝にまで食い込んでいるなら、魔術や魔道具の動きもあるはずだ。その方面は、僕よりクヌートとフェリシアの方が詳しい。
そして、僕とミレーヌ、通訳役のロッテは街中で聞き込みをすることになった。
とはいえ、街中で「マナジ教について知っていますか」などと聞けるはずもない。
相手が無関係なら怪しまれる。
もし関係者なら、こちらが探っていると教えるようなものだ。
だから僕たちは、まず街の様子を見て回ることにした。
アストラハンの街は、相変わらず人で溢れていた。
けれど、昨日までとは少し違って見える。
あちこちで兵士を見かけるが、皆一様に緊張した顔をしていた。彼らの多くも、この戦争にどんな意味があるのか分かっていないのかもしれない。
ただ、生きて帰れるかどうか。
そんな不安だけが、街の空気に混じっているように感じた。
緊迫した雰囲気の市場を歩いていると、先日フミンの少年たちを殺そうとした商店の前に出た。
店先には果物や干し肉、ソーセージが並べられている。
店主は、最初に出会った時と同じように、にこにこと人のよさそうな笑顔で客に声をかけていた。
とても、あの日ダガーを抜いた人と同じ人物には見えない。
店主は僕たちに気づくと、にこやかに笑顔を向けた。
けれど、その視線がロッテに移った瞬間、あからさまに表情が曇る。
「またフミン連れかい」
その声には、隠す気のない嫌悪が滲んでいた。
ロッテの肩が、わずかに震える。
「そりゃあフミンは臭くて汚いし、すぐ物を盗む。好きになるはずがないだろう? 最近は変な宗教もやり出したしな」
店主は、まるで世間話でもするような調子で言った。
変な宗教。
その言葉に、僕は一瞬反応しかけた。
けれど、それより先に、ロッテの俯いた顔が目に入る。
ロッテは唇を噛み、手をぎゅっと握っていた。必死に耐えているのが分かった。
「それは、言い過ぎではないですか」
僕は我慢できず、一歩前に出た。
街中で乱闘騒ぎを起こすなとオットーさんに言われていなければ、店主に掴みかかっていたかもしれない。
「ユキナ」
ミレーヌが、そっと僕の腕を押さえた。
その声で、僕はようやく自分が感情的になりすぎていることに気づく。
ロッテを見ると、目に涙が浮かんでいた。
それを見た店主は、少しだけばつの悪そうな顔をした。
けれど、すぐにフンと鼻を鳴らすと、僕たちを無視して店の奥へ引っ込んでしまう。
店主の姿が見えなくなってから、ミレーヌはロッテを抱きしめた。
「ロッテ、大丈夫?」
ロッテは答えなかった。
ただ、ミレーヌの胸元に顔を埋めて、小さく嗚咽を漏らす。
ミレーヌは、ロッテの背中と頭を優しく撫で続けた。
僕は何も言えなかった。
怒りはある。
でも、この場で怒鳴っても、ロッテがさらに傷つくだけかもしれない。
差別というものは、剣で斬れる敵よりもずっと厄介だ。
そんなことを思っていると、背後から声をかけられた。
「まあまあ。あの店主も、かなり苛立っているのさ。少し落ち着きなよ」
振り返ると、内務省の制服らしき服を着た男が立っていた。
軍服ほど武骨ではないが、腰には剣を帯びている。
立ち姿には兵士のような隙のなさがあった。
年齢は三十代後半くらいだろうか。
口調は穏やかだが、身なりは整っている。
位のある人物なのは間違いなさそうだった。
彼は流暢なフレーベル語で話していた。
僕は警戒しながら男を見る。
敵意は感じない。
けれど、どこかで見たような気がした。
男は僕の視線に気づいたのか、苦笑しながら頭をかく。
「あ、あなたはこの間の……」
「やっと思い出してくれたか。久しぶりだな」
そうだ。
この人は、僕たちがロッテと出会った時に、関わるなと忠告してくれた男だった。
悪い人ではなさそうだが、外国人相手にも慣れている。
油断していい相手ではない。
もしかしたら、この人からマナジ教について何か聞けるかもしれない。
でも、直接聞くのはまずい。
「あの時は、お世話になりました」
「いやいや。俺は職務を果たしただけさ」
「よろしければ、お名前を聞いてもいいですか? 僕はユキナで、彼女はミレーヌ。この子はロッテと言います」
「アルスラン帝国内務省のエバンスだ。よろしくな」
内務省。
前世の知識で言えば、国内の治安や行政を扱う巨大な役所だ。
警察や検閲、場合によっては国内の監視網にも関わる組織だろう。
つまり、目の前のエバンスさんは、ただの兵士ではない。
あえて所属を名乗ったのも、親切だけではないかもしれない。
余計な騒ぎを起こすなという、遠回しな警告にも聞こえた。
「それで、君たちは先ほどから何をしているんだい?」
エバンスさんは穏やかに尋ねた。
僕は少し迷った。
マナジ教を探っているとは言えない。
でも、全部嘘をつけば、かえって怪しまれる。
「どうしてフミン族がこんなに嫌われているのか、知りたくて聞いていました」
これは本当だ。
マナジ教の調査とは別に、僕はロッテがなぜここまで不当な差別を受けるのか知りたかった。
エバンスさんは困ったように頬をかく。
「まあ、聞き方が悪いと騒動になるぞ。特に今は、街全体が戦争前でぴりぴりしている」
「……すみません」
「謝ることはないさ。ただ、知りたいなら市場で聞き回るより、もっといい場所がある」
そう言って、エバンスさんは懐から紙片を取り出した。
そこに何かを書きつける。
フレーベル語の文字と、いくつかの数字だった。
「これは?」
「国営大図書館への立ち入りを許可する認識番号だ。この数字を見せれば、外国人でも閲覧させてもらえる」
「どうして僕たちに?」
エバンスさんは、少しだけ肩をすくめた。
「街中でさっきみたいなやりとりをされるより、図書館で調べてくれた方が助かる。それに、あそこにはフミン族の歴史に関する書籍もある」
つまり、自分で調べろということだ。
外国人である僕たちが国営の図書館に入れるだけでも、破格の扱いなのだろう。
それだけ治安維持に敏感なのか。
あるいは、僕たちに多少の好意を持ってくれているのか。
多分、その両方だ。
「このお礼は、いつかお返しします」
「いいってことさ」
エバンスさんは笑って、僕たちを順番に見た。
最後に、ロッテへ視線を向ける。
「君も行くなら、静かにしているんだぞ。あそこは本を読む場所だからな」
ロッテは涙を拭いながら、小さく頷いた。
「……はい」
エバンスさんはそれを見て、少しだけ表情を和らげた。
「くれぐれも本を汚すんじゃないぞ」
そう言い残して、エバンスさんは人混みの中へ歩いていった。
僕は手の中の紙片を見る。
国営大図書館。
フミン族の歴史。
そして、店主が口にした「変な宗教」という言葉。
マナジ教に近づくためには、まずこの国が隠してきたものを知らなければならないのかもしれない。
「行こう、ミレーヌ。ロッテ」
「うん」
ミレーヌはロッテの手を取った。
ロッテはまだ少し目を赤くしていたけれど、小さく頷く。
僕たちはエバンスさんから渡された認識番号を手に、国営大図書館へ向かうことにした。