君とボクの二度目の冒険 〜転生した少年と幼馴染の勇者が、魔王の孤独を救うまで〜 作:屠龍
第百五十話 暗殺者集団の影
僕たちはしばらく、『フミン族の歴史』の前で言葉を失っていた。
ロッテは泣いてはいなかった。
けれど、目は赤い。
ミレーヌはそっとロッテの手を握り、僕は何を言えばいいのか分からないまま、古びた本のページを見つめていた。
けれど、ここで止まるわけにはいかない。
僕たちはフミン族の歴史を知るためだけに、大図書館へ来たわけではない。
マナジ教。
魔王を崇拝し、アルスラン帝国を内側から壊そうとしているかもしれない邪教。
その手がかりを探さなければならなかった。
「もう少し、関連する本を探そう」
僕が言うと、ロッテは小さく頷いた。
「はい。私も、知りたいです」
その声はまだ震えていた。
でも、逃げようとする声ではなかった。
僕たちはそれから、関連する本を何冊も開いた。
古代史。
宗教史。
反乱記録。
アルスラン帝国建国史。
フミン族に関する記述は、多くの場合、短く冷たかった。
反乱。
盗賊化。
鎮圧。
掃討。
そういう言葉ばかりが並んでいる。
そこには、彼らが何を奪われたのか、どんな思いで抵抗したのかはほとんど書かれていなかった。
「勝った側が書いた歴史、ということなのかな」
僕が呟くと、ミレーヌは悔しそうに唇を噛んだ。
「でも、それじゃあロッテたちの気持ちはどこにも残らないよ」
「だから、こうして少しずつ探すしかないんだと思う」
僕はそう答えた。
やがて、フミン族の虐殺について書かれた別の本に、気になる記述を見つけた。
虐殺を逃れたフミン族の一部が、復讐のために暗殺者集団を作ったという。
その集団は、アルスラン帝国の要人を何人も暗殺した。
さらに後の時代になると、その一部が魔王信仰と結びついたという噂がある、と書かれていた。
「これ……」
僕はページに目を落とす。
マナジ教という名前はない。
けれど、魔王信仰。
暗殺者集団。
アルスラン帝国への復讐。
断定はできない。
でも、どこかでマナジ教につながっている可能性はある。
「フミン族の人たちが、魔王を信じるようになったってこと?」
ミレーヌが苦しそうに尋ねる。
ロッテの表情が強張った。
僕は慌てて首を横に振る。
「そうとは限らないよ。少なくとも、この本には一部としか書かれていない。フミン族全体がそうだったわけじゃないはずだ」
「でも……」
ロッテが小さく呟いた。
「全部を奪われて、誰も助けてくれなかったら……魔王でも何でもいいから、力が欲しいと思う人はいたのかもしれません」
その言葉は重かった。
僕は何も言えなかった。
魔王信仰など、許されるものではない。
僕は魔王信仰を許せない。
それは変わらない。
魔王に縋れば、きっとまた誰かが傷つく。復讐のために別の誰かを殺せば、奪われた側だった人間が、今度は奪う側に回ってしまう。
そんなものを認めてはいけない。
でも。
もし僕がフミン族として生まれていたら。
病気で寝たきりだった前世の僕のように、ただ奪われていくのを見ていることしかできなかったら。
もし、目の前で家族を殺されて、ミレーヌまで奪われて、それでも誰も助けてくれなかったら。
その時の僕は、本当に「正しく」いられただろうか。
助けてくれる神もいない。
訴えを聞いてくれる国もない。
剣を取る力もない。
ただ、憎むことしか残されていない。
そんな時に、闇の中から手を差し出されたら。
たとえそれが魔王の手でも、僕は振り払えただろうか。
そう考えた瞬間、背筋が冷えた。
魔王信仰は間違っている。
けれど、そこに落ちた人たちを、最初から邪悪だったと切り捨てることはできない。
僕も一歩間違えれば、そちら側にいたかもしれないのだから。
「この本を書いた人か、研究を引き継いだ人に話を聞ければいいんだけど……」
僕が呟くと、ロッテは奥付を確かめた。
「かなり古い本です。著者はもう亡くなっていると思います。でも、同じ系統の研究書はあるかもしれません」
「じゃあ、それも探そう」
僕たちはさらに本を探した。
けれど、これ以上はっきりした手がかりは見つからなかった。
分かったのは、フミン族の歴史が人間族によって深く傷つけられていること。
そして、その傷の中から、復讐と魔王信仰が生まれる余地があったということ。
マナジ教を追うには、ただ邪教を探せばいいわけではない。
この国が積み重ねてきた罪と、そこから生まれた憎しみも見なければならないのだ。
図書館を出た時、外は少し夕方に近づいていた。
白い建物の影が長く伸び、丘の下に広がる街には、相変わらず人と荷馬車が行き交っている。
遠くでは、兵士たちが整列して東の城門へ向かっていた。
開戦前夜。
その言葉が頭に浮かぶ。
彼らを戦場へ送ろうとしている皇帝。
その影で糸を引いているかもしれないマナジ教。
そして、歴史の底に沈められてきたフミン族の怨み。
全部が、少しずつ一つの線でつながり始めている気がした。
「ユキナさん」
ロッテが小さく言った。
「私、もっと知りたいです。フミン族のことも、マナジ教のことも」
僕は頷く。
「うん。調べよう。ちゃんと知ろう」
ミレーヌもロッテの手を握った。
「ボクも一緒に知るよ。知らないまま、誰かを助けるなんて言えないから」
その言葉に、ロッテは少しだけ泣きそうな顔で笑った。
僕たちは図書館をあとにした。
次は、シグレさんやセシルさんたちと情報を合わせる必要がある。
暗殺者集団。
魔王信仰。
そして、マナジ教。
まだ何も断定はできない。
けれど、手がかりは確かに掴んだ。
無意味な戦争を止めるためにも、僕たちは早くマナジ教へ辿り着かなければならない。