君とボクの二度目の冒険 〜転生した少年と幼馴染の勇者が、魔王の孤独を救うまで〜   作:屠龍

152 / 152
第百五十二話 湖底の神殿

第百五十二話 湖底の神殿

 

 帝都の外れにある湖は、思っていたよりもずっと広かった。

 

 五千年前の大洪水で川の流れが変わり、水が溜まってできた湖だという。

 

 水面は静かだった。

 

 けれど、その静けさがかえって不気味だった。

 

 光を受けてきらきらと輝いているのに、底が見えない。

 深いところには、何が沈んでいてもおかしくないように思えた。

 

 「この湖の底に、フミン族の神殿が……」

 

 ミレーヌが水面を見つめながら呟く。

 

 ロッテは何も言わなかった。

 

 ただ、湖を見つめる目が少し震えていた。

 

 僕たちは湖の周りを歩き、遺跡の痕跡を探した。

 

 崩れた石柱。

 

 土に埋もれた石畳。

 

 文字らしきものが刻まれた石片。

 

 石柱には、かすかに蔦のような模様が残っていた。

 石畳の一部は湖へ向かって続いていて、まるで水の下へ消えた道のように見える。

 

 割れた石片には、僕たちの知らない文字が刻まれていた。

 

 ロッテはその石片の前でしゃがみ込み、指先でそっと泥を払った。

 

 読める文字なのかどうかは分からない。

 それでも、彼女はしばらく動かなかった。

 

 「ロッテ?」

 

 僕が声をかけると、ロッテは小さく首を振った。

 

 「すみません。読めない文字です。でも……」

 

 ロッテは、泥に汚れた石片を見つめる。

 

 「ここに、誰かがいたんですね。ちゃんと、何かを残そうとしていたんですね」

 

 その言葉に、僕は何も言えなかった。

 

 遺跡という言葉だけなら、ただ古い建物の跡に聞こえる。

 でも、そこには確かに人がいた。

 

 祈った人。

 働いた人。

 誰かを待った人。

 何かを守ろうとした人。

 

 そういう人たちの痕跡が、湖の周りに静かに沈んでいた。

 

 けれど、神殿そのものは見当たらなかった。

 

 しばらく歩いていると、岸辺に一人の老人が座っているのが見えた。

 

 痩せ細った身体。

 

 泥に汚れた服。

 

 今にも倒れそうな姿だった。

 

 「大丈夫ですか?」

 

 僕が声をかけようとすると、老人は悲しげな顔で首を振った。

 

 まるで、喋るなと言っているようだった。

 

 僕とミレーヌは顔を見合わせる。

 

 すると、ロッテが一歩前に出た。

 

 「私が話してみます」

 

 ロッテは老人の前に膝をつき、僕たちには分からない言葉で話しかけた。

 

 フミン族の言葉だ。

 

 老人は最初、警戒するようにロッテを見ていた。

 

 けれど、彼女の言葉を聞いた瞬間、濁った目を大きく見開いた。

 

 何かを確かめるように、ロッテの顔をじっと見つめる。

 

 ロッテもまた、息を呑んでいた。

 

 僕たちには、二人が何を話しているのか分からない。

 けれど、その声の震え方だけで、ただの道案内ではないことは分かった。

 

 やがて老人は、皺だらけの手を伸ばし、ロッテの手にそっと触れた。

 

 ロッテの目が、少しだけ潤む。

 

 「……お爺さん、私の言葉が分かるのが嬉しいって」

 

 ロッテは小さく訳した。

 

 「この街で、フミンの言葉を話す若い子に会うとは思わなかったそうです」

 

 老人は、何度も何度も頷いていた。

 

 その仕草は、喜んでいるようにも、泣いているようにも見えた。

 

 自分たちの言葉が、まだ消えていなかった。

 

 それだけで、老人にとっては大きな意味があったのかもしれない。

 

 ロッテは、老人の言葉に耳を傾け続けた。

 

 老人は時々、湖の方を見る。

 そして、胸の前で両手を合わせるような仕草をした。

 

 祈り。

 

 そう見えた。

 

 やがて老人は、震える指で湖を指さした。

 

 ロッテは何度か頷き、それから僕たちへ振り返る。

 

 「お爺さんは、この湖の底にフミン族の神殿があると言っています。そこへ巡礼に来たそうです」

 

 「巡礼……?」

 

 ミレーヌが驚いたように聞き返す。

 

 「フミン族の人たちは、他にもいるの?」

 

 「東の荒野に、細々と暮らしている集団があるそうです」

 

 ロッテの声は小さかった。

 

 けれど、その中にはどこか安堵も混じっていた。

 

 自分たちだけではない。

 

 どこかに、まだフミン族として暮らしている人たちがいる。

 

 その事実は、ロッテにとって大きかったのだと思う。

 

 僕は湖を見る。

 

 水面は広い。

 

 ただ泳いで探すには広すぎるし、深さも分からない。

 

 「神殿があるなら、何か宗教的な手がかりもあるかもしれませんね」

 

 フェリシアが言う。

 

 「マナジ教と直接関係があるかは分からない。でも、フミン族の古い信仰を知る手がかりにはなるはずです」

 

 「問題は、どうやって探すかだな」

 

 クヌートが湖を見ながら腕を組む。

 

 ミレーヌはすぐに袖をまくった。

 

 「ボク、泳ぐのは得意だよ」

 

 こんな状況でも、彼女は前に進む方法を探そうとする。

 

 その明るさに、張り詰めていた空気が少しだけ緩んだ。

 

 「でも、普通に潜るだけじゃ無理だよ。かなり深そうだ」

 

 「そこは任せろ」

 

 クヌートが言った。

 

 フェリシアも頷く。

 

 二人は湖の前に立ち、静かに呪文を唱え始めた。

 

 周囲の空気が変わる。

 

 水面がわずかに揺れ、透明な膜のようなものが僕たちの身体を包んだ。

 

 「水の精霊に頼んだ。これでしばらく水中でも呼吸できる」

 

 「視界もある程度は確保できます。ただし、時間には限りがあります」

 

 フェリシアが補足する。

 

 ロッテは不安そうに湖を見つめていた。

 

 けれど、その視線は逃げるものではなかった。

 

 「私も……行けるでしょうか」

 

 「無理はしなくていいよ」

 

 僕が言うと、ロッテは首を横に振った。

 

 「怖いです。でも、行きます」

 

 ロッテは胸元で手を握る。

 

 「これは、私の民の神殿ですから。知らないまま、地上で待っているだけにはしたくありません」

 

 その言葉に、誰も止められなかった。

 

 老人は、そんな僕たちを不思議そうに見ていた。

 

 ロッテが何かを説明すると、老人は湖に向かって深く頭を下げた。

 

 祈っているのだろう。

 

 その背中は小さく、弱々しかった。

 

 けれど、湖へ向かう姿勢だけは、どこか厳かだった。

 

 僕たちも、それぞれ静かに息を整えた。

 

 ただの探索ではない。

 

 ここから先は、ロッテたちの民が失った場所へ踏み込むことになる。

 

 僕はそのことを、忘れないようにしようと思った。

 

 「行こう」

 

 ミレーヌが言う。

 

 僕は頷いた。

 

 水の精霊魔法に包まれ、僕たちは湖へ飛び込んだ。

 

 冷たい水が身体を包む。

 

 けれど、息はできた。

 

 水面の向こうに広がっていたのは、光の届かない青黒い世界だった。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
点
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。