君とボクの二度目の冒険 〜転生した少年と幼馴染の勇者が、魔王の孤独を救うまで〜   作:屠龍

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第百五十五話 六波羅入道

 第百五十五話 六波羅入道

 

 強い光に、僕は思わず目を閉じた。

 

 水の中ではない。

 

 湖底でもない。

 

 けれど、ここが本当に地上なのかも分からない。

 

 白い光がまぶたの裏まで染み込んでくるようだった。

 

 やがて光が薄れ、僕は恐る恐る目を開ける。

 

 そこには、沢山の人々がいた。

 

 庭に人がいる。

 

 それも、ただの人ではない。

 

 男たちは烏帽子をかぶり、ゆったりとした衣をまとっている。

 女たちは幾重にも重なった鮮やかな衣を、床や庭に引きずるようにして歩いていた。

 

 前世の歴史ドラマで見た、平安貴族そのものの姿だった。

 

 彼らは楽しそうに語り合っている。

 

 庭を眺め、池のほとりで笑い、誰かの言葉に頷きながら、穏やかな時間を過ごしていた。

 

 けれど、その姿にはどこか現実感がない。

 

 輪郭がわずかに光を帯びていて、風に揺れる水面のように揺らいでいる。

 

 幻影。

 

 そう思った。

 

 ロッテは、僕たちの後ろでその光景を見つめていた。

 

 怯えているのかと思った。

 けれど、少し違った。

 

 彼女は不安そうに眉を寄せながらも、幻影の人々から目を離せずにいる。

 

 烏帽子も、幾重にも重なった衣も、ロッテが知っているフミン族の姿とはまるで違うはずだ。

 

 それなのに、彼女の表情には、どこか懐かしいものを見つけたような戸惑いがあった。

 

 「……知らない人たちなのに」

 

 ロッテが、小さく呟く。

 

 「どうしてでしょう。怖いのに、嫌じゃないんです」

 

 その言葉に、僕は胸の奥がざわついた。

 

 ここはフミン族の神殿だ。

 なら、この幻影もまた、ロッテたちの民の記憶と無関係ではないのかもしれない。

 

 「何、この人たち……」

 

 ミレーヌが剣の柄に手を伸ばす。

 

 僕は慌てて、その手を制した。

 

 「待って。敵じゃないと思う」

 

 「そんなの分からないよ」

 

 ミレーヌの言う通りだった。

 

 分かるはずがない。

 

 クヌートもフェリシアも、すでに臨戦態勢を取っている。

 

 それでも、僕には彼らが敵には見えなかった。

 

 懐かしかった。

 

 いや、懐かしいと思ってしまうのが怖かった。

 

 ここはフミン族の神殿だ。

 

 なのに、僕の前世の記憶にある平安時代の光景が、目の前で再現されている。

 

 僕たちが身構えていると、平安貴族たちの間を割るようにして、一人の老人が現れた。

 

 頭を丸め、僧のような衣をまとっている。

 

 けれど、ただ穏やかなだけの僧には見えなかった。

 

 眼光は鋭い。

 

 姿勢は老いてなお崩れず、そこに立つだけで周囲の空気が変わる。

 

 まるで、何百人、何千人もの人間を動かしてきた支配者のようだった。

 

 僕はフレーベルの国王を見たことがある。

 戦場で将軍の姿も見た。

 

 けれど、この老人から感じる圧は、そのどちらとも違っていた。

 

 人を従わせる者の圧。

 

 命令を下すことに慣れた者の目。

 

 老いた僧の姿をしているのに、そこには確かに権力者の気配があった。

 

 老人は僕の前まで来ると、ふっと微笑んだ。

 

 その瞬間、鋭さが少しだけ和らぐ。

 

 強面と柔和さが、同じ顔の中に同居している。

 

 こういう人を、カリスマというのだろうか。

 

 「この世界に来た者を見るのは、久しぶりじゃのう」

 

 老人は、僕を見てそう言った。

 

 僕は息を呑む。

 

 この世界に来た者。

 

 つまり、この人は僕が転生者だと知っている。

 

 オットーさんに言われた時のように、背中に冷たい汗が流れ落ちた。

 

 思わず後ずさりそうになる。

 

 その時、ミレーヌの手が僕の背中に触れた。

 

 強く押すわけではない。

 ただ、そこにいると伝えるように、そっと支えてくれていた。

 

 「ユキナ、大丈夫」

 

 小さな声だった。

 

 けれど、その声でようやく息ができた。

 

 目の前の老人は、僕の前世を知っている。

 僕の知らない日本の歴史を背負っている。

 

 その圧に呑まれそうになっていた。

 

 でも、今の僕は一人ではない。

 

 ミレーヌの手の温かさが、僕をこの世界につなぎ止めてくれていた。

 

 ミレーヌがいなかったら、踏みとどまれなかっただろう。

 

 いや、それだけではない。

 

 彼自身もまた、こちら側の人間なのだ。

 

 「そなた、名はなんと申す?」

 

 名前を問われ、僕は答えた。

 

 「ユキナです」

 

 老人は笑った。

 

 「違う違う。今の名ではない。前世の名じゃ」

 

 前世。

 

 その言葉で、確信した。

 

 この老人も、転生者だ。

 

 あるいは、転移者なのかもしれない。

 

 僕は少し迷ったが、嘘をついても意味がないと思った。

 

 この人は、たぶん僕のことを最初から見抜いている。

 

 「日景雪菜です」

 

 僕がそう答えると、老人は満足そうに頷いた。

 

 「素直なことは良いことじゃ。儂は六波羅入道という」

 

 六波羅入道。

 

 その名を聞いた瞬間、前世の日本史の知識が頭の中でつながった。

 

 「ユキナ?」

 

 ミレーヌが不安そうに僕を見る。

 

 当然だ。

 彼女には、六波羅入道という名の重さなど分からない。

 

 クヌートもフェリシアも、警戒を解いていなかった。

 ロッテも、目の前の老人が何者なのか分からず、僕の反応だけを見ている。

 

 この場で、その名の意味を知っているのは僕だけだった。

 

 「ユキナ、お前……本当に知っているのか?」

 

 クヌートの声には、珍しく驚きが混じっていた。

 

 いつもなら、分からないことがあっても皮肉を挟む。

 けれど今のクヌートは、僕の反応そのものに戸惑っているようだった。

 

 フェリシアも、僕と老人を見比べている。

 

 「ユキナさんの知っている方……なのですか?」

 

 その問いに、僕はすぐ答えられなかった。

 

 そうだ。

 

 この老人が本当に僕の知る平清盛なら、彼は僕と同じ世界にいた人間だ。

 

 けれど、その人がなぜ、フミン族の神殿にいるのか。

 

 その答えは、僕にも分からなかった。

 

 京都の六波羅。

 

 入道。

 

 平安末期。

 

 歴史の教科書に出てきた人物。

 

 武士でありながら貴族社会の頂点に上り詰め、平家の栄華を築いた男。

 

 その名に該当する人物を、僕は一人しか知らなかった。

 

 「……平清盛?」

 

 思わず、その名が口からこぼれた。

 

 老人は、楽しそうに笑った。

 

 日本史の教科書にいたはずの男が、異世界の湖底神殿で僕を見ていた。

 

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