君とボクの二度目の冒険 〜転生した少年と幼馴染の勇者が、魔王の孤独を救うまで〜 作:屠龍
第百五十八話 平家とフミンの民
「ユキナ、この人とこの子は誰なの?」
ミレーヌが僕に聞いてくる。
徳子さんと安徳天皇。
そして、目の前にいる老人が平清盛。
そう説明すればいいだけなのに、僕はすぐには言葉が出なかった。
日本の歴史を知らないミレーヌたちに、平家や壇ノ浦の戦いをどう説明すればいいのか分からなかったからだ。
それに、僕が彼らのことを知っている理由を説明しようとすれば、僕がこの世界の人間ではないという話にも触れなければならない。
僕が言いづらそうにしていると、クヌートが横から助け舟を出してくれた。
「ここに住む貴族たちをユキナは知ってるんだろ? 今はそれ以上聞かない。ユキナはこの貴族たちがフミン族の関係者だと思うのか?」
「……うん。少なくとも、無関係ではないと思う」
僕はそう答えた。
クヌートのお陰で、僕が別の世界からフォーチュリアに転生してきたという、信じてもらえなさそうな説明をしなくて済んだ。
フェリシアも、ロッテも、それ以上は何も聞かなかった。
ただ、ロッテだけは清盛たちをじっと見つめていた。
その目には警戒と、どこか懐かしいものを探すような色が混じっていた。
平清盛は好々爺とした笑みを浮かべていた。
けれど、その瞳の奥には、とても悲しげな色がたたえられていた。
徳子さんが静かに頭を下げる。
安徳天皇は清盛の膝に近づいて、そっと裾を引っ張った。
「おお、主上。どうなされた」
清盛はそう言って、安徳天皇を優しくあやした。
その手つきは大きく、しわだらけで、老人のものだった。
けれど安徳天皇を見る眼差しだけは、どこにでもいる祖父のように柔らかかった。
安徳天皇は清盛の膝の近くに座り、徳子さんもその隣に腰を下ろす。
清盛は僕たちにも座るように手で促した。
屋敷の外では、青い水の光がゆらゆらと揺れている。
海の底にあるはずなのに、この屋敷の中には不思議と湿気も息苦しさもなかった。
障子の向こうを魚の影が横切り、そのたびに部屋の中の光がわずかに揺れる。
まるで、ここだけが時間から切り離された場所のようだった。
「どうせ転生するなら、若い時の姿で転生すればよかったのにのう」
清盛は自分の白い髭を撫でながら、苦笑した。
「じゃが、この身体は健康そのものじゃ。長年悩まされた病もない。息をするだけで胸が焼けることもない。手足も思うように動く。老人の姿ではあるが、あの頃よりずっと楽じゃよ」
その声には、少しだけ冗談めいた響きがあった。
けれど、僕には分かった。
それは本当に長い病と苦しみを知っている人の言葉だった。
前の人生で病弱だった僕には、その感覚が少しだけ分かる。
身体が当たり前に動く。
息をするのが苦しくない。
それだけで、世界は驚くほど広く見える。
「儂らは転生してすぐに、あの鳥居と外の世界を行き来できることに気が付いた」
清盛は静かに話し始めた。
「あの鳥居は、我らにとって門であり、逃げ道であり、そして二度目の命を与えられた証でもあった。海の底から外へ出れば、そこにはまったく知らぬ大地が広がっておった。山も、森も、川も、前世とは違う。空の色さえ違って見えた」
「その時に、フミンの民と出会ったのですか?」
僕が尋ねると、清盛はゆっくりとうなずいた。
「そうじゃ。彼らはまだ小さな民であった。大きな国を持たず、文字も持たず、鉄の扱いも十分ではなかった。森と川と海の恵みに頼り、部族ごとに寄り添って暮らしておった」
そこで清盛は少し目を細めた。
「じゃが、無知な民ではなかったぞ。彼らは風を読み、潮を読み、獣の足跡を読み、木々の変化で季節を知っておった。儂らが失っていたものを、彼らは持っていた」
「失っていたもの?」
ミレーヌが小さく聞き返す。
「欲に濁らぬ目じゃ」
清盛の声は静かだった。
「前世の儂らは、あまりにも多くを望みすぎた。武士でありながら公家の真似をし、権力を求め、富を求め、都を欲し、天下を欲した。気が付けば、我らは武士の心構えも、民を見る目も忘れておった」
その言葉を聞いて、徳子さんがわずかに目を伏せた。
安徳天皇はまだ幼い姿のまま、清盛の言葉の意味をどこまで分かっているのか、静かに座っている。
「最初はのう、儂らもフミンの民を従えようと思った」
清盛は自分の言葉を恥じるように笑った。
「この世界でもまた、我らの国を作ろうとな。儂は一度天下を掴みかけた男じゃ。そう考えること自体は、自然な流れだったのかもしれぬ」
「でも、そうはしなかったんですね」
僕が言うと、清盛は安徳天皇の頭をそっと撫でた。
「この御方の前で、同じ過ちを繰り返すわけにはいかぬと思ったのじゃ」
その一言に、部屋の空気が少しだけ重くなった。
安徳天皇。
幼くして帝となり、平家と共に壇ノ浦の海へ沈んだ子ども。
僕の知っている歴史では、平家一門の滅亡を象徴する存在だった。
だけど今、目の前にいる安徳天皇は、清盛の膝元で小さな手を握っている。
生きている。
少なくとも、この世界では。
「儂らは前世で欲望に走りすぎた。それが我ら平家を滅ぼした。ならば、この二度目の命では別のことをしようと思った」
清盛は僕たちを見渡した。
「支配するのではなく、教える。奪うのではなく、残す。我らが前世で得た知恵と技を、フミンの民に渡すことにしたのじゃ」
その言葉を聞いた時、僕は目の前の老人がただの亡霊ではないのだと感じた。
前世で滅びた平家は、この世界で何かを奪うためではなく、何かを残すために生き直そうとしていたのだ。