君とボクの二度目の冒険 〜転生した少年と幼馴染の勇者が、魔王の孤独を救うまで〜 作:屠龍
第十六話 初めての依頼――森へ続く道の先で――
翌朝、ユキナとミレーヌは再び黄金の獅子亭を訪れていた。
朝のギルドは前日よりもさらに慌ただしかった。依頼書の前には冒険者たちが集まり、受付にはすでに列ができている。
その中を歩きながら、ミレーヌが小さく息を吐く。
「昨日は登録だけで精一杯だったけど、今日はボク達、ちゃんと冒険者って感じがするね」
「うん。そう思うと、ちょっと緊張する」
そう言いながらも、ミレーヌの足取りは軽い。ユキナはそんな横顔を見て、少し笑った。
「昨日も似たようなこと言ってたね」
「昨日は“ちょっと”じゃなかったもの」
「今日は違うの?」
「今日はユキナが一緒だし」
さらりと言われて、僕は少し言葉に詰まる。
昔からそうだ。ミレーヌは時々、こちらが構える前に自然に踏み込んでくる。そして、その言葉に嘘がないから困る。
「……僕だって、ミレーヌがいるから助かってるよ」
「ありがとう」
少し得意そうに笑うミレーヌを見ているうちに、張っていた気持ちがいくらかほどけていった。
受付へ向かうと、昨日と同じ窓口に立つマリアが二人に気づいた。
「おはよう。来たわね」
「おはようございます」
「おはようございます、マリアさん」
マリアは二人の顔を見比べ、やわらかくうなずいた。
「顔つきは悪くないわね。ちゃんと眠れたみたい」
「そんなところまでわかるんですか?」
ミレーヌが目を丸くすると、マリアは少し笑う。
「新人さんはね、初依頼の前になると顔に出やすいのよ」
「ボクたちは大丈夫そうですか?」
「ええ。少なくとも無茶をしそうな顔ではないわ」
彼女は依頼票の束を手に取り、その中から一枚を抜き出した。
「昨日も少し話したけれど、二人の最初の依頼はこれがいいと思うわ」
差し出された紙には、こう記されていた。
薬草採集・初級者向け
王都南東の採集地にて、治癒草および清花草を規定数採取。
状態が良好であれば買取額を上乗せ。加工希望者には簡易調合室の使用許可あり。
ミレーヌが依頼票をのぞき込み、ユキナを見る。
「やっぱりこれだね」
「うん。僕たち向きだと思う」
マリアも納得したようにうなずいた。
「ユキナさんは神聖魔法が使えるし、薬草の扱いも知っていると聞いてるわ。ミレーヌさんも足が使えて、周囲を見ながら動けるでしょう。二人で受ける最初の依頼としてはちょうどいいと思う」
「受けます」
「ボクも」
「決まりね」
マリアは依頼票に印を押した。
「採集地は王都の南東。街道をしばらく進んで、林の手前を中心に探すといいわ。ただし最近、この手の依頼は人気が高いの。目につく場所はすでに採り尽くされていることも多いから、そのつもりでね」
「薬草の依頼って、そんなに多いんですか?」
ユキナが尋ねると、マリアは一瞬だけ視線を落とした。
「少しね。この頃は治療薬の消費が早いのよ。理由はいろいろあるけれど、今はあまり気にしなくていいわ。あなたたちはまず、自分たちの仕事をきちんとこなしてきなさい」
穏やかな口調だったが、その奥には何かを濁したような気配があった。
「わかりました」
マリアは採集用の布袋と保存紙を二人に渡す。
「無理はしないこと。深追いしないこと。あとは……ちゃんと帰ってくること。それが一番大事よ」
「はい」
「行ってきます」
二人は揃って頭を下げ、黄金の獅子亭を後にした。
王都を出て南東へ向かう街道は、朝の光を受けて明るくひらけていた。荷車を引く商人や、畑へ向かう農夫の姿が行き交い、遠くにはまだ朝靄の名残がうっすらと漂っている。
王都の石畳を離れ、土の道へ出ると、空気の匂いが少し変わった。草と土、湿った木々の香りが鼻をかすめる。
「なんだか落ち着くね」
ミレーヌがそう言って大きく息を吸い込む。
「王都の中より、こういう場所の方が性に合ってる?」
「どうだろ。でも、じっとしてるよりは好きかも。ミレーヌは?」
「ボクも。こういう方が気が楽」
やがて街道から少し外れた採集地へ着くと、すでに何組かの新人冒険者が来ていた。しゃがみ込んで草を探している者、慣れない手つきで束にしている者、どれが目当てかわからず戸惑っている者もいる。
「思ったより多いね」
「マリアさんが言ってた通りだね」
ミレーヌは周囲を見回しながら、少し声をひそめた。
「ユキナ、大丈夫? あんまり残ってなかったりしない?」
「……いや」
ユキナは地面へ目を落とし、周囲の草の生え方を見た。
確かに、目につきやすい場所はかなり摘まれている。けれど、草の流れや地面の湿り気を見る限り、まだ残っていないはずがない。
ふと、昔の声が耳の奥によみがえった。
『薬草は形だけ覚えても駄目だぞ、ユキナ』
山道を歩きながら、スグハが笑っていた。
『草そのものを見るんじゃない。どういう場所に生えるかを覚えろ。日当たり、土、水気、他の草との混じり方……そういうのを見れば、次にどこを探せばいいかわかる』
あの時は、ただ猟師らしい知恵だと思って聞いていた。けれど今、その教えはちゃんと体の中に残っていた。
「ミレーヌ、こっち」
「え?」
「林の手前じゃなくて、少し外れた斜面の方だ。あっちは踏まれてない」
二人は人の少ない方へ足を向けた。日当たりはいいが、少しだけ地面に湿り気が残り、背の低い草がまばらに混じっている。
しゃがみ込んだユキナは、草の葉をそっと指先で分けた。
――あった。
細い茎に小さな淡緑の葉。探していた治癒草が、まだ誰にも摘まれず、朝露の名残をその葉に宿していた。