君とボクの二度目の冒険 〜転生した少年と幼馴染の勇者が、魔王の孤独を救うまで〜 作:屠龍
第百六十二話 第三の道
だから僕は、綺麗ごとを言うことにした。
正直に言うと怖い。
ロッテに嫌われるかもしれない。
クヌートには怒鳴られ、フェリシアには憐れまれるかもしれない。
でも、このままじゃいけない。
アルスラン帝国の人々。
そしてフミン族。
憎しみに囚われた平家。
このまま進めば、誰も救われない。
確かに復讐が成功したあとは、甘美な果実の味がするだろう。
でもその後に残るのは、深い悲しみだ。
アルスラン帝国の人々は、フミン族を永遠に許さないだろう。
だから、嫌われようが貶されようが、止める。
「このままだと、アルスラン帝国だけじゃなく、無実のフミン族の人たちも殺されてしまう。みんなは、それが正しいと思うの?」
僕の言葉に、クヌートが静かに目を伏せた。
「それは仕方がないことじゃないか?」
「クヌート」
ミレーヌが名前を呼ぶ。
けれど、クヌートは目をそらさなかった。
「俺たちは所詮、余所者だ。博愛主義を唱える宗教家でも思想家でもない。マナジ教徒を滅ぼしたところで、第二、第三のマナジ教ができるだろう。俺たちには魔王を倒すという目的がある。些末なことに構っている暇はない」
クヌートの言葉は冷たい。
けれど、それは現実的でもあった。
魔王を倒し、世界を平和にするのが勇者の務めなら、アルスラン帝国の内情に口を出す暇はない。
そう考えるのは、間違いではないのかもしれない。
ここまでは想定内だった。
「じゃあ、魔王を倒せば全部終わりなの?」
僕はクヌートを見る。
「違うよね。目の前にいる人たちを見殺しにしていい理由にはならないよ」
自分でも分かっている。
勇者だからといって、すべてを背負うことなどできない。
分かっているんだ。
でも、ここでこの争いを見過ごすことが、勇者のすることだとは思えなかった。
少なくとも、僕はミレーヌにそんな選択をしてほしくなかった。
クヌートはしばらく黙っていた。
やがて、小さく息を吐く。
「ユキナとミレーヌがどうしてもアルスラン帝国とマナジ教を助けたいというなら、俺たちは協力する」
その言葉に、僕は少しだけ安堵した。
けれど、次の言葉で胸が重くなる。
「だが、具体的にどうするんだ? ユキナに代案はあるのか?」
クヌートの疑問は正しい。
ただ反対するだけでは何も変わらない。
復讐は駄目だ。
戦争は駄目だ。
無実の人を巻き込むのは駄目だ。
それだけでは、何も救えない。
僕は庭園の池に目を落とした。
復讐を止めろと言うだけなら、誰にでもできる。
でも、フミン族がこれからもアルスラン帝国の中で蔑まれ続けるのなら、同じ恨みはまた生まれる。
必要なのは、憎むなという言葉ではない。
憎まなくても生きていける場所なのではないか。
だから僕は、代案を示すことにした。
僕の前世の知識が導いた答え。
それは、ヘブライ人がモーゼに導かれてエジプトから出た物語だった。
アルスラン帝国の迫害から逃れ、相争わせないために。
フミン族が自分たちの尊厳を保てる方法。
戦わせない。
憎ませない。
アルスラン帝国も、フミン族も、平家も傷つかない方法。
「生き残ったフミンの民を移住させよう」
僕は言った。
「そこで、フミンの民の国を作るんだ」
「ユキナ、正気か!?」
クヌートが思わず声を上げた。
驚くのも無理はない。
自分でも、かなり無茶苦茶なことを言っている自覚はあった。
けれど、このままフミンの民がアルスラン帝国にいれば、戦争に巻き込まれる。
マナジ教が戦争をけしかけるのを止めることもできない。
幸い、平家には行政能力に優れた官僚や政治家、軍人たちが揃っている。
平清盛を納得させられれば、不可能ではないはずだ。
いや。
かなり無茶苦茶だ。
けれど、平家は一度フミンの民に文字を教え、町を作らせ、船を造らせた人たちだ。
復讐のために使っている力を、今度は逃がすために使えれば。
そう考えると、完全な夢物語ではないように思えた。
でも、これが最善だと思った。
「アルスラン帝国にいるフミンの民を、全て引き連れて、あてもない旅に出るって言うのか?」
クヌートは畳みかけるように言った。
「水と食料だけじゃない。寝る場所も、休む場所も必要だ。病人だって出る。老人や子供には馬車も必要だ。そんな金と余裕がどこにある?」
「でも、このままじゃアルスラン帝国は最悪の戦争に突入するよ」
僕は感情に訴えた。
けれど、自分でも説得力に欠けることは分かっていた。
それでも諦めたくなかった。
前世の物語のように、フミンの民が生き延びる道がどこかにあると信じたかった。
「クヌート兄さま。ユキナの言うことも、一理あると思います」
フェリシアが口を開いた。
「フェリシア、どういうことだ?」
「このまま何もしなかったら、アルスラン帝国はシリカ国に攻め入ります。ですが、今のアルスラン帝国にシリカ国を攻略する力はありません。長期戦になるでしょう。シリカ国も、そんな戦争は望まないはずです」
フェリシアは、ただ希望を口にしているわけではなかった。
彼女はクヌートと同じように、現実を見ていた。
だからこそ、無謀な移住案の中に、わずかに実現できる筋を探してくれている。
「シリカ国にとっても、アルスラン帝国との全面戦争は避けたいはずです。ならば、フミン族の移住を支援することは、戦争を避けるための取引材料になります」
フェリシアはそう言って、僕を見て頷いた。
その瞬間、僕はフェリシアの言いたいことに気が付いた。
そうだ。
お金を出してくれて、馬車どころか船だって用意できる国がある。
シリカ国なら、事情を説明すれば助けてくれるかもしれない。
幸いなことに、僕たちにはフミン族のロッテがいる。
しかもロッテはシリカ語も話せる。
それなら、交渉できるかもしれない。
無謀な夢物語だと思っていた案に、ほんのわずかだが道が見えた気がした。
けれど、問題は山積みだった。