君とボクの二度目の冒険 〜転生した少年と幼馴染の勇者が、魔王の孤独を救うまで〜 作:屠龍
第百六十四話 平重盛
僕、ミレーヌ、クヌート、フェリシア、ロッテの五人は、ヘブライ人の物語や聖書の記憶をもとに、フミン族を救う方法を考えていた。
けれど、簡単に結論は出なかった。
現時点では、移住案の実現性はかなり低い。
でも成功すれば、マナジ教も、フミンの民も、戦火から救えるかもしれない。
マナジ教がけしかけているアルスラン帝国の皇帝も、戦争を思いとどまる可能性がある。
もちろん、もっと乱暴な方法もある。
ミレーヌの勇者の力があれば、マナジ教を力ずくで潰すことも、皇帝を強制的に排除することもできるだろう。
強制的な排除の中には、皇帝の殺害も含まれる。
その後に、穏健派の皇族を帝位に据えるという方法も、考えるだけならできる。
でも、その方法は最悪の結果を伴う。
まず、勇者ミレーヌの名声は地に落ちる。
いくら勇者だといっても、一国の政治を力ずくで変更させれば、激しい反発を招くだろう。
アルスラン帝国の人々から見れば、戦争の恐怖から解放される一方で、自分たちの政治的安定が勇者一人の手に握られることになる。
そんなことを容認できるはずがない。
それでは、マナジ教より酷い。
いっそミレーヌを女帝にして、新帝国を作ると宣言する方がまだ筋が通っているくらいだ。
だから、勇者ミレーヌが皇帝を排除することはしない。
アルスラン帝国のことは、マナジ教の影響を取り除くところまでにとどめる。
あとは、穏健派が実権を掌握することを祈るしかない。
勇者だからといって、やっていいことと悪いことがあるんだ。
マナジ教が平清盛の仕組んだ組織だと分かった以上、平家一門を説得できれば、戦争を避ける道はあるかもしれない。
問題は、平家がアルスラン帝国への恨みを捨てられるかどうかだ。
そこで僕は、平家の面々を記憶から思い出そうとした。
平家が全員、抗戦派だとは思えない。
いや、思いたくなかった。
僕の記憶では、清盛の長男である平重盛は、穏健派に近い人物だったはずだ。
鹿ケ谷の陰謀。
当時の最高権力者である後白河法皇が、平家打倒を企てた事件。
その時、怒った清盛は後白河法皇も捕らえようとした。
けれど、それを押しとどめたのが重盛だったと伝えられている。
平家だけでなく、後白河法皇からも信頼されていた人物。
もし平家の中に、復讐以外の道を考えられる人がいるなら、平重盛しかいない。
「僕は、穏健派と話をしようと思う」
僕がそう言うと、みんなの視線が集まった。
「平家だって、全員が戦争を望んでいるとは思えない。思いたくない。もしその時は……」
言葉を途中で止める。
その時は、マナジ教の陰謀を阻止しなければならない。
それは、勇者ミレーヌが平家に敵対するということだ。
今回だけはそれで収まるかもしれない。
でも、クヌートが言うように、それでは第二、第三のマナジ教を生むだけだ。
時間稼ぎにしかならない。
「平家を立てれば戦争になり、アルスラン帝国を立てれば平家と戦うことになるか」
なら、両方を助けるしかない。
その鍵は、平重盛しかいない。
☆☆☆
僕は平重盛に事情を説明するため、彼の部屋を訪れた。
重盛は、温厚そうな顔立ちの人物だった。
僕を見ても驚いた様子はなく、静かに部屋へ招き入れてくれる。
清盛の部屋には、長い年月を経ても消えない怨念のようなものがあった。
けれど重盛の部屋には、同じ平家でありながら、張り詰めた静けさがあった。
衣服は清楚で、真面目で固い印象を与える。
顔立ちは穏やかで、第一印象から人を安心させる雰囲気があった。
けれど、ただ穏やかなだけの人ではない。
この人は、数々の戦いを経験した武士でもある。
部下に慕われ、清盛とも堂々と意見を言い合えた剛毅な人物。
もしかしたら、清盛より手ごわいかもしれない。
重盛は、僕の話を黙って聞いてくれた。
一度も遮らない。
けれど頷くたびに、こちらの言葉の弱い部分だけを静かに見抜かれているような気がした。
僕が話を終えると、重盛は静かに口を開いた。
「事情とお気持ちは分かりました。確かにこのままアルスラン帝国と戦えば、フミンの民にも多くの犠牲者が出るでしょう」
その声は穏やかだった。
けれど、情に流されているわけではない。
平家は武家でもあり、公家でもある。
宋との貿易で財力を蓄え、権力を手にした人々でもあった。
つまり、損得勘定で物事を見られる現実主義者だということだ。
本当なら、僕みたいな青二才の言うことなど聞いてもくれなかっただろう。
でも、勇者ミレーヌの言葉なら聞いてくれる。
ミレーヌは、自分の名前がこうして交渉に使われることを嫌がるかもしれない。
けれど、彼女は僕に協力すると言ってくれた。
「ボクの名前で脅すみたいになるのは、好きじゃないよ」
部屋に入る前、ミレーヌは小さくそう言った。
「でも、それで戦争を止められるなら……今は使って」
その言葉を思い出し、僕は胸の奥が少し痛くなった。
やっぱり、僕の恋人は最高の女性だと思う。
だからこそ、彼女の名を汚すような真似だけはしたくなかった。
「勇者ミレーヌは、この戦争を望みません」
僕は重盛を見る。
「あなたがた平家が、恨みを晴らしたい気持ちは分かりました。ですが、このままではお互いに損ではありませんか?」
「確かに、勇者ミレーヌと戦うのは損でしょうね」
重盛は静かにそう言った。
僕は口が上手い方じゃない。
だから損得勘定と、勇者ミレーヌがその気になれば平家一門とマナジ教を排除できるという脅しも込めた。
激情家の平清盛にこんな話をしたら、即開戦になりかねない。
だから、平家一門の良心と言われた重盛に話を持ってきた。
話し合いで解決できるなら、それに越したことはないはずだ。
重盛はしばらく僕を見ていた。
そして、静かに問いかけてきた。
「察するに、ユキナ殿は私たち平家と同じく、転生者ではありませんか?」