君とボクの二度目の冒険 〜転生した少年と幼馴染の勇者が、魔王の孤独を救うまで〜 作:屠龍
第十七話 スグハの教え――離れても続く絆――
細い茎に小さな淡緑の葉。探していた治癒草が、まだ誰にも摘まれず、朝露の名残をその葉に宿していた。
「本当にあった……」
ミレーヌが小さく声を上げる。
「やっぱり」
僕は地面に膝をつき、葉を傷めないように茎の下をつまんで丁寧に摘み取った。似た草は多い。その違いをスグハは教えてくれた。
「すごいね、ユキナ。こんなところ、ボクなら絶対見逃してた」
「僕が見つけるから、ミレーヌは周りを見ててくれると助かる」
「うん、任せて」
ミレーヌはすぐに立ち上がり、周囲へ視線を配った。足場の悪い場所や、草むらの動きまでしっかり見ている。
僕は草の流れを追うように移動した。
一つ見つければ、その近くの条件も似ている。少し湿った土。背丈の低い雑草。風通しのいい場所。そうした特徴をたどっていくと、点だった発見が線になっていった。
『見つけた一株で終わるなよ』
また、スグハの声がよみがえる。
『一つあったってことは、その周りにも生える条件がそろってるってことだ。森でも獲物でも同じだよ。見つけた後に、何を見るかだ』
――そうか。
離れてしまったからといって、教わったことまで失うわけではないのだ。
「ユキナ、こっち少し足元悪いよ」
「ありがとう」
ミレーヌに支えられながら、小さな窪地へ降りる。そこには清花草がまとまって残っていた。白く小さな花をつけるその薬草は、踏み荒らされやすい場所ではすぐ傷む。だからこそ、見つける場所が大事だった。
「すごい……まだこんなに残ってるんだね」
「みんな、探しやすいところから見てるんだと思う」
「じゃあユキナは、探しにくいところをちゃんと見てるってことだ」
まっすぐに言われて、僕は少し照れくさくなる。
「僕一人じゃ足元まで気が回らないよ。ミレーヌがいてくれるから探せるんだ」
「……そういうの、ずるいよね」
「何が?」
「褒め返すのが自然すぎるところ」
頬をわずかに赤くしてそっぽを向くミレーヌに、僕はつられて笑った。
採集は順調だった。
他の新人たちが何度も場所を変えて探している間に、僕たちは無駄なく必要数を集めていく。急いで摘まず、使える部分を傷つけないよう丁寧に採るので、状態もいい。
十分な量を採り終えてから、僕たちは王都へ戻った。
黄金の獅子亭へ入ると、昼前の時間帯らしく朝とはまた違った忙しさがあった。依頼帰りの冒険者たちが成果を持ち込み、受付では報告が続いている。
二人が窓口へ向かうと、マリアがすぐに気づいた。
「おかえりなさい。ずいぶん早かったわね」
「はい。採ってきました」
布袋を差し出すと、マリアは中身を確認し、その手を少し止めた。
「……これは」
治癒草も清花草も、量だけでなく状態が良い。葉の傷みが少なく、茎も必要以上に潰れていない。雑に引き抜いたものではなく、ちゃんと使うことを考えて採られているのが一目でわかった。
「二人で集めたの?」
「主に見つけたのはユキナです。私はその手伝いをしただけ」
「手伝いじゃないよ。ミレーヌがいてくれたから効率よく回れたんだ」
マリアは二人のやり取りを聞きながら、小さく笑った。
「息は悪くなさそうね」
それから改めて薬草を見る。
「新人にしては、かなり上出来よ。数だけじゃなくて、状態もいい。誰かに教わったの?」
僕は一瞬だけ手元を見てから答えた。
「昔、猟師のスグハに教わりました。薬草そのものじゃなくて、どういう場所に生えるかを見ろって」
「なるほどね」
マリアは納得したようにうなずいた。
「知識だけじゃなくて、ちゃんと身についてるわ。こういうのは、聞いただけではなかなかできないもの」
その言葉に、胸の奥で何かが静かにほどけた気がした。
スグハはもうここにはいない。けれど、教わったことはちゃんと残っている。今こうして、自分の力になっている。
「それに、この状態ならポーション用にも向いてるわ。加工もする?」
「はい、やります」
「いい返事ね」
マリアは調合室の札を取り出した。
「初仕事としては十分すぎるくらいよ。ロイドが聞いたら、少しくらいは褒めるかもしれないわね」
「少しなんですね……」
ミレーヌが思わず漏らすと、マリアはくすっと笑う。
「あの人だもの。たぶん“当然だ”って顔をした後で、少しだけ機嫌がよくなる程度よ」
二人もつられて笑った。
受付を離れた後、ミレーヌが隣でそっと言った。
「よかったね、ユキナ」
「うん」
「スグハに教わったこと、ちゃんと残ってた」
その言葉に、僕は少しだけ目を伏せた。
山で過ごした時間。草の匂い。弓を持って先を歩く背中。何気ない会話の中に混じっていた、たくさんの知恵。
離れてしまえば、それで終わりだと思っていたわけではない。けれど今日、こうして形になってみると、思った以上に嬉しかった。
「……うん。離れてても、なくならないんだな」
「そうだよ」
ミレーヌはやさしく笑った。
「会えなくなっても、教えてもらったこととか、一緒にいた時間って、ちゃんと残るんだよ。ユキナを見てたらわかる」
僕はしばらく答えられなかった。胸の奥が、静かにあたたかくなる。
「ありがとう、ミレーヌ」
「どういたしまして」
少し照れたように笑いながら、ミレーヌは先に歩き出した。
「さ、次はポーション作りでしょ? 今度はユキナの本領だね」
「本領ってほどじゃないけど」
「またそうやって控えめなこと言う」
そう言いながら振り返るその顔は、どこか楽しそうだった。
僕も小さく笑う。
冒険者としての最初の仕事は、派手な戦いではなかった。けれど悪くないと思えた。
昔にもらったものが、今の自分を支えている。
そして今は、その隣にミレーヌがいる。
それだけで、次の一歩もきっと踏み出せる気がした。