君とボクの二度目の冒険 〜転生した少年と幼馴染の勇者が、魔王の孤独を救うまで〜   作:屠龍

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第十八話 戦争の気配――日常は、静かに遠ざかる――

 第十八話 戦争の気配――日常は、静かに遠ざかる――

 

 薬草採集を終え、ギルドに併設された工房で薬の調合をしていると、不穏な噂が耳に入ってきた。

 

 国境沿いで戦争が始まったらしい。

 しかも人間同士の争いではない。

 相手は魔王軍だという。

 

 その噂が本当だと思わせるほどに、工房の中は慌ただしかった。

 

 薬草を選り分け、乾かした葉を臼で挽く。煮出した液から神聖魔法で不純物を取り除き、出来上がった薬液を瓶へ詰めていく。

 いつもより明らかに人が多く、僕より上の年かさの職人たちだけでなく、もっと上級のポーションを作る高位の聖職者まで集まっていた。

 

 僕と同じくらいの年の子が急いで空瓶を並べ、別の誰かが木箱を運び込む。指示を飛ばす声も絶えない。

 

 僕とミレーヌは、出来上がったポーションを樽に詰めながら顔を見合わせた。

 このポーションも、きっと戦場へ送られるのだろう。

 割れないように藁で包み、一本ずつ丁寧に樽へ納めていく。

 

 「マリアさん。ポーションの引き渡し、終わりました」

 

 「ありがとう。これが報酬よ」

 

 そう言ってマリアさんが差し出した革袋は、思っていたより重かった。中には銀貨が入っている。

 報酬が多いのは、それだけ量が求められているからだろう。

 

 外へ目を向けると、馬車がずらりと並び、樽が次々と積み込まれていた。

 あの馬車は何往復もするのかもしれない。

 

 「マリアさん」

 

 「どうしたの、ユキナ君」

 

 「戦争って……本当なんですか?」

 

 僕が尋ねると、隣のミレーヌも不安そうに唇を引き結んだ。

 マリアさんは少しだけ間を置いてから、静かにうなずいた。

 

 その答えを聞いた瞬間、ギルドのざわめきが急に遠くなった気がした。

 

 実際には、ホールの喧騒は少しも止んでいない。依頼書の前では冒険者たちがひっきりなしに出入りし、受付では職員たちが絶えず声を交わしている。けれど、その空気はいつもとは明らかに違っていた。

 

 酒場を併設した広いホールのあちこちに、重い武具を身につけた冒険者たちが集まり、小声で地図を広げている。普段なら仕事終わりの笑い声や軽口が混じる時間なのに、今日は妙に声が低い。

 誰もが落ち着いているふりをしているのに、視線だけは何度も依頼掲示板の高額報酬の札や、国境方面の地名へ吸い寄せられていた。

 

 「本当よ。ギルドにも前線絡みの依頼が来てるわ。傭兵として出る依頼もあるけど、それは高ランク向けね。あなたたちには関係ないわ」

 

 そう言われてみると、依頼掲示板の前では高ランク冒険者たちが難しい顔で話し込んでいた。

 報酬額を見て眉をひそめる者、腕を組んだまま動かない者、仲間と短く言葉を交わして去っていく者――そのどれもが、ただの仕事選びには見えなかった。

 

 

 

 「でも、相手は魔王軍なんですよね」

 

 人間相手なら、まだ停戦や交渉もある。

 けれど魔王軍は違う。追い払ってもまた攻めてくる存在だと聞いている。

 

 報酬が見合うかどうか、そんな話では済まない。

 負ければ多くのものを失うのだ。

 

 「ボクたちに出来ることはないんですか?」

 

 ミレーヌがそう言うと、マリアさんは少し考えてから、一枚の依頼書を取り出した。

 そこには、物資輸送の護衛と書かれていた。

 

 「さっき作ったポーションを補給拠点まで運ぶ仕事よ。兵は前線に回されていて、人手が足りないの。帰りは負傷者を乗せた馬車の護衛もお願いされると思うわ」

 

 「……これ、僕たちで受けられるんですか?」

 

 「本来なら、もう少し上のランク向けよ。でも今は非常時だもの。それに、あなたたちはさっきの依頼をきちんとこなした。無茶をしないし、言われたことも守れる。そういう子の方が、こういう仕事には向いてるのよ」

 

 ミレーヌがちらりと僕を見る。

 その目がかすかに揺れていた。

 

 本当は戦争なんて嫌だし、ミレーヌを危険に晒したくない。

 けれど、何もしないまま負けるかもしれない未来を待つ方が、僕にはもっと怖かった。

 

 「ボクたちで行けるなら……受けた方がいいんじゃないかな。怖いけど」

 

 「怖いなら断っていいのよ」

 

 マリアさんの声は静かだったが、そこには逃げ道を残した上で選ばせる強さがあった。

 新人を行かせたくはない。けれど、一人でも多く必要なのだろう。

 

 「行くかどうかは、自分で決めなさい」

 

 僕は短く息を吐いた。

 

 怖くないわけじゃない。

 でも、ここで何もしないまま噂だけ聞いているのも違う気がした。

 

 前世では、何も出来ないまま終わった。

 ずっとベッドの上で、死ぬのを待つしかなかった。

 けれど今は違う。健康な体があって、自分の足で立てる。

 

 今度こそ、目の前で困っている誰かの役に立ちたい。

 

 それに前線へ出るわけじゃない。

 物資を運び、護衛する仕事だ。危険がないとは言えなくても、まだ僕たちに出来る範囲のことではある。

 マリアさんだって、本当に危険なら僕たち新人にこんな依頼は回さないはずだ。

 

 ――ミレーヌに危険が少ないなら。

 

 「行きます。僕たちで出来ることなら」

 

 「ボクも!」

 

 マリアさんは小さくうなずき、地図と依頼の詳細を卓上に広げた。

 

 「北西の補給拠点までは十日の行程。途中で二か所、休息地点を通るわ。日没前に必ずそこへ入ること。街道沿いとはいえ、魔物も出るから油断しないで」

 

 「はい」

 

 僕とミレーヌは契約書にサインし、冒険者登録証でもある銅印を押した。

 

 こうして僕たちの次の依頼は、戦争の気配が色濃く漂う道へとつながっていった。

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