君とボクの二度目の冒険 〜転生した少年と幼馴染の勇者が、魔王の孤独を救うまで〜 作:屠龍
第二十話 守るための剣――少年たちは剣を取る――
村は柵に覆われていた。
前線からは離れていたはずなのに。
けれど、そんなことを考えている余裕はない。
僕は腰のブロードソードを抜き、ミレーヌはレイピアを構えた。
ゴブリンたちはショートソードを手に、破れた柵を押し広げながら次々と這い上がってくる。濡れた毛皮が雨に張りつき、その小さな目だけがぎらぎらと光っていた。
「ミレーヌ!」
「ユキナ!」
僕たちは死角を作らないよう背中合わせになる。
周囲を囲むゴブリンを睨みつけながら、ぬかるんだ地面を踏みしめた。
背中越しに伝わるミレーヌの震えに、僕もまた喉の奥が強張るのを感じる。
怖い。
それでも、ここで退くわけにはいかなかった。
「出来るだけ引きつけるよ」
「うん、わかった」
村の異変に気づけば、兵士たちもすぐ駆けつけるはずだ。
それまで持ちこたえる。
最悪でも、村人や避難民が逃げる時間だけは稼がないといけない。
雨でぬかるんだ地面のせいで、ゴブリンの動きは普段より鈍い。
それでも数は多い。
剣先で間合いを測りながら、僕は一秒でも長く立ち続けることだけを考えた。
次の瞬間、ゴブリンたちが甲高い声を上げ、一斉に飛びかかってくる。
――来た!
先頭の一匹を、僕は踏み込みと同時に斬り払った。
軽い体が勢いのまま横へ弾かれ、泥の上を転がる。
すぐさま二匹目が飛び込んでくる。ロイド教官との訓練に比べれば、動きは単調だった。剣を返して打ち込み、その小さな体勢を大きく崩す。
よろめいたところへ三匹目が迫るが、間合いに入る前に剣で牽制し、無理に踏み込ませない。
雨粒が額を伝い、視界の端を揺らす。
足を滑らせれば終わりだ。
僕は深く息を吐き、足元に意識を集中させた。
横目で見ると、ミレーヌも必死に戦っていた。
レイピアの細い切っ先が雨の中で鋭く閃き、飛び込んできたゴブリンを正確に止める。
力では押し負けても、無駄のない突きで近づかせない。
怖がっているはずなのに、ミレーヌは一歩も退いていなかった。
「右から来る!」
「うん!」
背中合わせのまま声を掛け合い、互いの死角を埋める。
一匹を払えば、また一匹。
ぬかるみに足を取られたゴブリンが転び、別の一匹がその上からもつれる。
数に押されれば危うい。
けれど、この足場の悪さは向こうにとっても同じだった。
僕は剣を握り直した。
持ちこたえろ。
兵士が来るまで、あと少し――。
そのときだった。
少し離れた場所から、鋭い悲鳴が雨音を突き破った。
それも一つではない。
どうやら侵入していたのは、ここだけではなかったらしい。
僕は息を呑み、ミレーヌと目を合わせる。
幸い、目の前の数匹を倒したことで、残っていたゴブリンたちはわずかに怯んでいた。
「ミレーヌ……このままじゃ」
「うん。みんなを守らなきゃ」
言葉を交わすなり、僕とミレーヌは残るゴブリンを素早く打ち払うと、悲鳴のした方へ全力で駆け出した。
水たまりを蹴り、泥に足を取られながらも、止まるわけにはいかない。
雨に濡れたブーツは重く、呼吸も苦しかったが、それでも足を前へ出し続けた。
たどり着いた先にいたのは、さっきの親子だった。
母親が小さな女の子をかばうように倒れ込み、その前に立ったゴブリンがショートソードを振り上げている。
「やめろおおっ!」
叫ぶと同時に地面を蹴る。
一気に間合いを詰め、僕はブロードソードを大きく振り下ろした。
気づいたゴブリンが振り向くより早く、剣はその体を捉え、勢いよく弾き飛ばす。
泥を跳ね上げて転がったゴブリンは、短い悲鳴を上げて動きを止めた。
だが、ほっとする暇はない。
すぐに周囲のゴブリンたちがこちらへ向き直る。
「ユキナ、こっちは任せて!」
ミレーヌが鋭く踏み込み、レイピアで一匹を牽制する。
細い剣先が雨の中で閃き、ゴブリンたちは簡単には近づけない。
その隙に、僕は親子のもとへ駆け寄った。
母親の服は雨と泥で汚れ、息も荒い。
腕のあたりに深めの傷があり、そこから血が滲んでいた。
「大丈夫……すぐ治します」
僕は震える手を押さえ込みながら、神聖魔法を発動する。
まずは傷口を浄化し、それから治癒の魔力を流し込んだ。
光がじんわりと広がり、荒れていた傷が少しずつ落ち着いていく。
応急手当に過ぎない。失った血までは戻せない。
それでも、この場をしのぐには十分なはずだった。
「お兄ちゃん……」
か細い声で女の子が僕を見上げた。
今にも泣き出しそうな顔をしている。
「大丈夫。よく頑張ったね」
できるだけ優しく声をかけると、女の子は小さく頷いた。
母親の顔色はまだ悪い。けれど、ひとまず命に関わる状態ではなさそうだった。
間に合った。
胸の奥で、張りつめていたものがわずかに緩む。
――そのときだった。
ズシン。
ズシン。
ぬかるんだ地面を揺らすような重い足音が響く。
僕とミレーヌは同時に顔を上げた。
雨の向こうから現れたのは、これまでのゴブリンよりひと回りもふた回りも大きな魔物だった。
筋肉に膨れた体に荒い毛皮をまとい、手には大きな斧を握っている。
濁った目がこちらを見下ろしただけで、空気が変わったのがわかった。
ホブゴブリン――。
初めて目にするその姿に、僕もミレーヌも言葉を失う。
あれはまずい。
冷静に考えるまでもなく、僕たちだけで勝てる相手じゃない。
けれど、背後には傷ついた母親と怯える女の子がいる。
ここで退けば、この親子がどうなるかはわかりきっていた。
僕は剣を握る手に力を込める。
喉がからからに乾いているのに、なぜか足だけは逃げようとしなかった。
「ミレーヌ……」
「うん」
短い返事が返ってくる。
それだけで十分だった。
僕たちは親子をかばうように並び、迫ってくるホブゴブリンを見据えた。