君とボクの二度目の冒険 〜転生した少年と幼馴染の勇者が、魔王の孤独を救うまで〜   作:屠龍

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第二十一話 泥濘の勝利――守り抜いた雨の村――

 第二十一話 泥濘の勝利――守り抜いた雨の村――

 

 鈍く重い足音を響かせて、巨体のホブゴブリンが迫る。

 固い柵をやすやすと引き裂き、ばらばらにした。

 その周りをゴブリンが取り巻いている。

 ホブゴブリンは低く唸ると、片手では扱えないような大斧を軽々と持ち上げた。

 その姿を見ただけでわかる。

 普通のゴブリンとはまるで違う。力も、重さも、何もかもが別格だった。

 

 「ミレーヌ、下がりすぎないで。親子の前には行かせない」

 

 「うん……!」

 

 ホブゴブリンがぬかるみを蹴り、一気に間合いを詰めてくる。

 速い。

 

 「グオォォォ!!」

 

 僕は咄嗟に剣を構え、振り下ろされる大斧をかわしながら横へ回り込んだ。

 すれ違いざまにブロードソードを叩き込む。

 けれど、浅い。

 刃は分厚い筋肉に阻まれ、ホブゴブリンは顔をしかめただけで止まらなかった。

 

 「そんな……っ」

 

 次の一撃が来る。

 受け流そうとした瞬間、腕に重い衝撃が走った。

 剣ごと弾かれ、足元の泥に滑って地面へ膝をつく。

 

 まずい――!

 

 大斧が頭上に振り上げられる。

 避けないと死ぬ。

 転がるように横へ逃れた直後、さっきまで僕がいた場所に大斧が叩きつけられ、泥水が大きく跳ねた。

 

 「ユキナ!」

 

 ミレーヌのレイピアが雨の中で閃き、ホブゴブリンの腕をかすめる。

 ほんの一瞬だが、その視線がミレーヌへ向いた。

 

 僕は荒い息を吐きながら立ち上がろうとして、泥の中に半ば埋もれた長槍を見つけた。

 折れてはいない。

 どこかの兵士が落としたものだろう。

 

 その瞬間、脳裏にロイド教官の怒鳴り声が蘇る。

 

 ――戦場で綺麗に勝とうとするな。

 ――使えるものは何でも使え。泥にまみれてでも生き延びろ。

 

 ……そうだ。

 剣にこだわっている場合じゃない。

 

 僕はブロードソードを握り直しかけた手を止め、代わりに長槍を掴んだ。

 泥で滑りそうになる柄を、力いっぱい握りしめる。

 

 「ミレーヌ! 一瞬でいい、動きを止めて!」

 

 「やってみる!」

 

 ミレーヌが正面から踏み込み、レイピアでホブゴブリンの顔の前を鋭く払う。

 牽制に過ぎない。けれど無視はできない。

 ホブゴブリンが苛立ったように大斧を振り上げた、その瞬間――

 

 「はあああっ!」

 

 僕は泥を蹴って踏み込み、長槍を全身の力で突き出した。

 狙うのは胸じゃない。

 踏み込んだ前足、その付け根。

 

 穂先が深く食い込み、ホブゴブリンの巨体がぐらりと傾く。

 ぬかるんだ地面が、その体勢の崩れを支えきれない。

 

 「グォォッ!!」

 

 大斧が鈍い音を立てて地面を叩いた。

 体勢を崩した今だ。

 

 「ユキナ!」

 

 ミレーヌの声に背を押されるように、僕はすぐさまブロードソードを拾い上げる。

 泥に足を取られながらも、倒れかけたホブゴブリンへ一気に踏み込んだ。

 

 立ち上がらせたら終わる。

 ここで決めるしかない。

 

 「うおおおおっ!!」

 

 全身の力を振り絞り、僕は渾身の一撃を振り下ろした。

 刃はホブゴブリンの肩口へ深く食い込み、その巨体を大きく揺らす。

 ホブゴブリンは苦鳴を上げ、なおも起き上がろうとする。

 けれど、足は泥に取られ、体勢は崩れたままだ。

 

 まだだ。

 まだ終わっていない。

 

 僕は歯を食いしばり、もう一歩踏み込む。

 ミレーヌのレイピアが横から伸び、ホブゴブリンの腕を打って大斧を弾いた。

 

 今だ。

 

 「これで……終わりだ!」

 

 最後の力を込めて、僕は再びブロードソードを叩き込んだ。

 ホブゴブリンの巨体が大きくのけぞり、そのまま泥の中へ崩れ落ちる。

 地面が重く震え、雨音の中に鈍い音が響いた。

 

 しばらく動かないのを見て、ようやく僕は息を吐く。

 腕も足も震えていた。

 剣を握る手から、力が抜けそうになる。

 

 「……勝った?」

 

 ミレーヌの声も震えていた。

 

 「たぶん……」

 

 答えた自分の声も、ひどく掠れている。

 それでも、親子を振り返る余裕はあった。

 女の子は母親にしがみついたまま、こちらを見ている。

 

 守れた。

 その事実だけが、雨に冷えた身体の奥に、かすかな熱を灯していた。

 

 周りにいたゴブリンたちが、ホブゴブリンの巨体が泥の中に崩れ落ちたのを見て、じりじりと後ずさりを始める。

 けれど、まだ安心はできなかった。

 今ここで一斉に襲いかかられたら、僕もミレーヌもひとたまりもない。

 

 僕は倒れたホブゴブリンのそばへ踏み出し、その手からこぼれ落ちた大斧を両手で掴んだ。

 ずしりと重い。腕が悲鳴を上げそうになる。

 それでも歯を食いしばって持ち上げ、ぬかるんだ地面に突き立てた。

 ばしゃりと泥が跳ね、大斧の刃を伝う雨粒が鈍く光る。

 

 「お前たちのボスは死んだぞ!」

 

 声を張り上げる。

 虚勢だ。

 本当は今にも膝から崩れ落ちそうだった。

 それでも、何もしなければ押し寄せてくる。

 

 僕はもう一方の手でブロードソードを掲げた。

 息は荒く、腕も震えている。

 けれど、それを悟られないように、まるでまだ余裕があるかのようにゴブリンたちを睨みつける。

 

 ホブゴブリンを失った動揺か、あるいは目の前の勢いに呑まれたのか、ゴブリンたちはすぐには飛び込んでこなかった。

 そのわずかな逡巡の間に、村の奥から怒号が響く。

 

 「いたぞ! こっちだ!」

 「逃がすな!」

 

 ようやく兵士たちが駆けつけてきたのだ。

 

 それを見た途端、ゴブリンたちはいっせいに背を向け、雨の向こうへ散るように逃げていく。

 その後ろ姿が見えなくなったところで、ようやく僕は張りつめていた息を吐いた。

 

 「……生きてる」

 

 隣でミレーヌが、信じられないものを見るように呟く。

 

 「うん……なんとか」

 

 僕たちは顔を見合わせ、泥と雨にまみれたまま、そっと手を合わせた。

 冷えきった指先が触れた瞬間、ようやく本当に生き残ったのだと実感が湧いてくる。

 雨音の向こうでまだ怒号は続いていたけれど、その小さなぬくもりだけは、確かにそこにあった。

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