君とボクの二度目の冒険 〜転生した少年と幼馴染の勇者が、魔王の孤独を救うまで〜 作:屠龍
第二十二話 戦いのあと――生き延びた夜の片隅で――
村を襲っていたゴブリンたちが、一斉に退却を始めた。
それと入れ替わるように、味方の兵士たちが追撃へ走っていく。
僕とミレーヌは、兵士と入れ替わるように後ろへ下がった。
まだ手の震えが止まらない。
もしロイド教官に槍の使い方を教わっていなければ、僕はあの場で死んでいたかもしれない。
「ユキナ、大丈夫? 顔真っ青だよ」
「ミレーヌだって」
そう言って二人で力なく笑う。
僕はずっと、人の役に立ちたかった。
けれど今は、それ以上に生き残れた喜びのほうが大きかった。
きっと、それは矛盾しない。
生き延びなければ、人の役には立てないのだから。
村に降る雨は、さっきよりもさらに激しさを増していた。
空を覆う雲は黒く重く、昼だというのに辺りは薄暗い。
闇は魔物の時間だ。
まだ安心できる状況ではない。
だが、休んでいる暇もなかった。
村の家々は、土間も馬小屋も、負傷者と疲れ切った人々でいっぱいだった。
広場には急ごしらえの天幕が張られ、せめて雨露だけでもしのごうと人々が身を寄せ合っている。
僕もミレーヌも疲れきっていたが、自分たちだけ休むわけにはいかなかった。
怪我人が集められていたのは、藁ぶき屋根の大きな家だった。
普段は家畜と一緒に暮らす造りらしく、広い土間には藁が敷かれ、その上に何人もの負傷者が寝かされている。
神聖魔法を使える者が少ないと知って、僕とミレーヌは自分から手伝いを申し出たのだ。
僕が傷口を神聖魔法で浄化し、傷を塞ぐ。
ミレーヌがその上から傷薬を塗り、清潔な包帯を巻いていく。
村に残っているのは応急手当ができる者ばかりで、重傷者をしっかり診られるような医師はいないらしかった。
だから、僕みたいな半人前でもありがたいのだろう。
口々に感謝されて、ようやく自分がどれほど疲れていたかを思い出したのは、最後の一人の治療を終えたときだった。
「すまないな、助かったよ」
礼を言ってくれた兵士の声に、僕は小さく頭を下げる。
それだけで、どっと力が抜けそうになった。
治療を終えたあと、僕とミレーヌは広場の端に移された焚火のそばに座り込んだ。
雨をしのぐための布が張られていたが、吹き込む風までは防げない。
濡れた服と冷えた身体が、じわじわと体力を奪っていく。
そこへ、年配の兵士がパンとチーズ、それに茹でたソーセージを持ってきてくれた。
「ほら、食っておけ」
けれど、さっきまで見ていた光景が頭から離れず、肉の匂いだけで胃が重くなる。
僕が思わず口元を押さえると、兵士は苦笑しながら自分でソーセージをかじった。
「今のうちに食っておけ。食える時に食う、寝れる時に寝る。それが生き残る秘訣だ」
そう言って兵士は麻布を地面に敷くと、そのまま横になり、あっという間に寝息を立て始めた。
すぐに眠れるというのも、兵士や冒険者にとっては大事な才能なのだろう。
僕には、とても意識が途切れるまで眠れそうになかった。
隣では、ミレーヌがチーズを小さくかじっては、無理やり飲み込んでいた。
僕もソーセージを一口だけかじってみる。
塩気はあるはずなのに、ほとんど味がしなかった。
「ユキナ……ボク、怖かった」
かすれた声で、ミレーヌが言う。
「僕も怖かった」
それしか言えなかった。
肉の感触が口の中に残り、さっきの恐怖を思い出させる。
きっとミレーヌも同じなのだろう。
僕はそっと、マント越しにミレーヌの肩を抱いた。
焚火の熱だけでは、この寒さも震えも抑えきれそうになかった。
「生きて帰ろう」
僕の言葉に、ミレーヌは力なく頷く。
焚火はもう燃え尽きかけていた。
炭のように黒く縮んだ薪が、ぱちぱちと乾いた音を立てて崩れていく。
僕は自分に配られた毛布を肩から外し、そっとミレーヌにかけた。
マントだけでは防ぎきれなかった雨と夜風が、すっかり身体を冷やしていたのだ。
「……ありがとう」
ミレーヌが小さく呟く。
その目はまだどこか遠くを見ていた。
僕は焚火に枝を足してみたが、湿った木はうまく燃えず、火はすぐに弱まってしまう。
雨音は少しずつ強くなり、ぬかるんだ地面を叩きながら、夜をいっそう重たくしていった。
兵士たちも、村人たちも、それぞれの場所でようやく身を横たえている。
敵が完全に引いたとは言い切れない。
それでも、もう心も身体も限界だった。
僕とミレーヌは、焚火の残り火のそばで身を寄せ合ったまま、いつの間にか深い眠りへ落ちていた。