君とボクの二度目の冒険 〜転生した少年と幼馴染の勇者が、魔王の孤独を救うまで〜 作:屠龍
第三十三話 血の代償――初めて人を殺した夜――
「畜生この糞ガキ!!」
山賊たちに合図した反っ歯男が僕に向かってくる。
ショートソードをラウンドシールドで受け止め、ロングソードを振るおうとしたが、人間を切るという行為に手が震えてロングソードを振るえない。
「ビビってんのかクソガキ」
僕の内心を見抜いた反っ歯男がショートソードを振り回しながら向かってくる。
剣術も何もあったものじゃない乱暴な攻撃をシールドで防ぐのは簡単だが、このまま防戦一方だといずれ斬られる。
「死ねやクソガキ!!」
反っ歯男が大振りでショートソードを振りかぶりながら向かってきた。
出鱈目な攻撃を盾で防ぎつつ後退する。
「くっ!!」
この世界の人間は人を殺めるのに抵抗がないのだろうか。
僕は前世、人間を殺す事はもちろん、鳥を絞めた事すらない。
ロングソードを一振りすればいい。
それだけでいいのに出来ない。
「オラオラオラ!! 死ね死ね死ね!!」
ラウンドシールドに傷が増えていく。
魔法付与されているとはいえ、まったく無抵抗では成すすべがない。
「死ね死ね死ね!! ぐがっ!!」
僕を攻撃していた反っ歯男の動きが止まり、血を吐いて倒れた。
反っ歯男から引き抜かれるエストック。
ミレーヌだった。
「……ユキナ大丈夫?」
ミレーヌの持つエストックが血に濡れている。
反っ歯男の血だ。
気丈に振舞っているが、ミレーヌの手は震えていた。
僕を助けるために、ミレーヌは人を殺した。
「ごめんミレーヌ……ごめんね」
「いいよ。いつか慣れるから」
この世界出身のミレーヌでも殺人は怖いのだ。
シグレさんもセシルさんも最初は怖かっただろう。
そう考えていた時、ミレーヌの後ろに大斧を持った筋骨隆々とした山賊の仲間の傭兵が立っていた。
「クソチビがああああ!!」
そのまま巨大なグレートアックスをミレーヌに振りかぶる。
背後の男の気配に気が付いたミレーヌの目が恐怖に見開かれた。
僕は必死になってミレーヌを横に突き飛ばし、グレートアックスを盾で受け止めるが、魔法付与されたラウンドシールドでも防ぎきれない。
ラウンドシールドごと吹き飛ばされた僕にグレートアックスが迫る。
(嫌だ、死にたくない!!)
そう思った瞬間、ロングソードを構えて傭兵の胸に飛び込んだ。
グレートアックスは僕のブレストアーマーに命中するが、魔法付与の高級品はその一撃に耐えきる。
直後、傭兵の胸に僕のロングソードが突き刺さる。
傭兵の着ていたレザーアーマーを切り裂き、傭兵の背中までロングソードの刃が貫通していた。
「ぐああああ!! クソガキィィィ!!」
傭兵は僕の首にめがけて腕を伸ばし、掴もうとする。
あんな手に掴まれたら、僕の首なんて一発で折られてしまうだろう。
「うあああああ!!」
僕は傭兵に刺さったままのロングソードから手を離し、腰に差していたショートソードを引き抜いて傭兵の腕に切りかかる。
ショートソードが傭兵の腕に食い込み、寸断した。
傭兵の腕が切り飛ばされる。
血が噴き出し、辺りを赤く染める。
胸に突き刺されたロングソードと腕を切り落とされた痛みに、傭兵が唸る。
「ぐぎゃああああ!!」
痛みで地面にのたうち回る傭兵の背中に、僕はショートソードを突き刺した。
肉を切り裂く感触。
骨に当たり、砕く手応え。
「ぐふあ!!」
傭兵が大量の血を口と傷口から吹き出し、動きを止める。
僕のブレストアーマーと服が血で真っ赤に染まる。
ショートソードを引き抜くと、ぬるりとした感触と共に傭兵の背中から刃が抜けた。
地面に広がる血だまりに、僕は尻もちをついてしまう。
「人……人を殺した」
ガチガチと歯が鳴り、手が震える。
妖魔であるゴブリンを殺す事に抵抗感が無かった訳ではない。
でもあの戦場でそんな事を考えていたら、今頃僕は死体になって地面に埋められていただろう。
でも今は違う。
殺人という、前世で絶対の禁忌を犯してしまった。
この時僕は、自分が前世とは全く違う世界に生きていると知った。
僕が震えている間に大勢は決していた。
こちらの損失は傭兵の軽傷者二人。
山賊側は十体ほどの死体を残して逃げ散った。
「ユキナ、よくやった」
そう言ってタオルを渡してくれるシグレさん。
シグレさんの身体も返り血で赤く染まっていた。
渡されたタオルで顔を拭くと、固まった血がぽろぽろと剥がれ落ちる。
僕は血のついたタオルを握りしめたまま、うまく息が出来なかった。
喉の奥が詰まって、何か言おうとしても声にならない。
隣ではミレーヌも震えていて、唇をきつく結んだまま僕の手を握っていた。
「……ユキナ」
やっと絞り出したみたいな小さな声だった。
僕は頷こうとしたけれど、うまく出来なかった。
「こわかったね……」
その一言で、張りつめていたものが切れた。
僕は堪えきれずに顔を歪め、声を上げて泣いた。
ミレーヌも僕の手を握る力を強めたまま、ぼろぼろと涙をこぼしていた。
「ごめん……ごめん……っ」
何に謝っているのか、自分でもわからなかった。
するとミレーヌは泣きながら首を横に振った。
「ちがうよ……ユキナが、生きててよかった……っ」
その言葉が胸の奥に突き刺さって、涙はますます止まらなくなった。
僕たちは互いの手を離せないまま、しばらく子どもみたいに泣き続けることしか出来なかった。