君とボクの二度目の冒険 〜転生した少年と幼馴染の勇者が、魔王の孤独を救うまで〜   作:屠龍

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第三十五話 告白前夜――カク村の夜――

 第三十五話 告白前夜――カク村の夜――

 

 村長の家に招かれ、僕らはお茶を出されていた。

 村長の家で出されたお茶を飲みながらシグレさんが尋ねる。

 この人達の暮らしぶりを見る限り、あまり豊かそうに見えない。

 この村の人口は百人もいなさそうだ。

 ゴブリンに襲われたという話だったけど怪我をしている人もいない。

 どういう事だろう?

 

 「ゴブリン達はどうなったんですか?」

 

 シグレさんがそう聞くと村長の顔が曇る。

 よく見れば顔や腕に魔法で治癒された傷跡があり、冒険者が来るまでゴブリンと戦っていたのだろう。

 

 「ゴブリンは全滅しました。冒険者の方たちがほぼ討伐を終えてくれたので村は落ち着いたのですが、あの時攫われた村人がまだ見つからないのです」

 

 ゴブリンは残酷なモンスターだ。

 男はなぶり殺し、女は犯す。

 家に火をつけ、盗み、奪う、災厄の代名詞のような存在。

 夜遅くまで遊んでいるとゴブリンに攫われるとは、子供の頃によく言われたものだ。

 

 ただ最近は人間国家が強固に警備を固めたので、ゴブリンの被害は大幅に減った。

 今回のゴブリン騒ぎは戦争で敗残兵化したゴブリン達だから、まだ土地に慣れていないので討伐も楽だけど、それだけに移動に慣れている。

 あまり言いたくはないけど、攫われた村の人は、多分移動の邪魔だから殺されただろう。

 

 「わかりました。このあたりの地図を貸してください」

 

 シグレさんがそう言うと村長がこの辺りの地図を見せてくれる。

 森の深い地域だし今は危険なのでキノコ採りも禁じているから詳細は不明だが、隠れているのは間違いない。

 すぐに助けに行きたいけど、もうすぐ日が暮れる。

 

 窓の外を見ると、村を囲む森の向こうへ陽が沈みかけていた。

 赤黒く染まった空の下で、畑仕事を切り上げた村人たちが慌ただしく家へ戻っていく。

 どの顔にも安堵より疲れが濃い。

 ゴブリンは討ち払われても、攫われた人たちが戻らない限り、この村の夜は終わっていないのだろう。

 

 「お部屋を用意しますから今夜はゆっくりと旅の疲れを癒してください」

 

 村長も攫われた村人の事が心配だと思うが、ゴブリンは夜行性だ。

 夜の森は彼らの狩場、死にに行くようなものだ。

 僕達はこの村で一夜を明かす事にした。

 

 村でお風呂を借りて旅の汚れを落とした。

 石鹸とタオルで身体を洗いながら、僕は少しだけ妙な気持ちになっていた。

 

 この世界に来て驚いたことの一つは、石鹸がちゃんとあることだ。

 僕のいた前世でも石鹸は古代からあったらしいから、別におかしな話ではない。

 それでも異世界といえば文化や化学が遅れているというイメージを勝手に持っていたので、自分の思い込みを少し恥ずかしく思う。

 

 前世の過去の人たちは、僕が思うよりずっと賢かった。

 道を拓き、川を整え、山を削り、橋を架ける。

 この世界だって同じだ。

 僕が知らないだけで、人はちゃんと工夫して生きてきた。

 

 「んん……良いお風呂だった」

 

 肩まで湯につかったせいか、ずっと強ばっていた背中の力がようやく抜けていた。

 けれど心の奥のざらつきまでは消えない。

 昼間に見た村人たちの顔も、山賊を斬った夜のことも、湯気の向こうにちらついて離れなかった。

 

 僕たちはそれぞれ個室を借りている。

 旅人が立ち寄ることもあるから、村々にはこういう宿泊施設が結構あるのだ。

 久しぶりのお風呂を堪能して、ゆったりとしたシャツとパンツ姿で廊下を歩いていると、僕の部屋の前にパジャマ姿のミレーヌが立って僕を待っていた。

 

 廊下の窓から差し込む月明かりに、濡れたばかりの長い緑髪が淡く光っている。

 いつもより少しだけ幼く見えるその姿に、僕の胸は不意に強く鳴った。

 

 「ユキナ。お部屋入っていいかな」

 

 「え、あ。うん」

 

 こんな時間に何だろう。

 そう思いながらも、胸がどきどきする。

 僕だって健康な男子だ。甘い空気を期待しないといえば嘘になる。

 でもまだ僕たちは恋人じゃない。

 勝手に期待するのは失礼だろう。

 

 ミレーヌを伴って僕が借りている部屋に入る。

 部屋の中は綺麗に掃除されていて、質素だけどベッドにはふかふかの布団が敷いてある。

 大きめのベッドと、小さな机。

 余計なものは何もない、旅人向けの部屋だ。

 窓の外では虫の鳴き声がかすかに響き、遠くで誰かが戸を閉める音がした。

 村は静かだったけれど、その静けさがかえって夜の深さを思わせた。

 

 ミレーヌがベッドに腰かけると、僕も隣に腰かけた。

 震えるミレーヌの手を、僕はそっと握る。

 温かな手だった。

 でも、震えは止まっていなかった。

 

 ミレーヌはしばらく俯いたまま黙っていた。

 何か言いたいのに、うまく言葉にならないようだった。

 僕も何を言えばいいのかわからなくて、ただその手を包むことしか出来ない。

 

 やがて、ミレーヌの唇がかすかに動いた。

 

 「ユキナ……」

 

 その声は、今にも泣き出しそうなくらい小さかった。

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