君とボクの二度目の冒険 〜転生した少年と幼馴染の勇者が、魔王の孤独を救うまで〜 作:屠龍
第三十六話 告白前夜――告白――
「ユキナ……ボク怖いよ」
「うん」
僕とミレーヌはゴブリンなら殺したことがある。
でも人間を殺したことはなかった。
自分が死ぬ覚悟はある。そう思っていた。
けれど本当は違った。
人を殺した時、僕ははっきり思ったのだ。
自分も同じように死ぬかもしれない、と。
あの時感じた、剣が肉に入る嫌な感触。
相手の体温。
自分の身体に飛び散った血のぬるさ。
多分、一生忘れない。
「ボク、いままで冒険者ってもっと夢のある生き方だと思ってたんだ。ドラゴンと戦ったり、雲の王国を見つけたり、誰も行ったことのない海の果てを見たりするものだと思ってた」
「僕もそう思ってた。怖いけど楽しい世界が待ってるって思ってたよ」
「でも本当は、ゴブリンや……人間と殺しあうなんてことになるなんて。ボクだってゴブリンやオークと戦うって思ってたよ。でもね、人間と殺しあうなんて思わなかった。ボクたちがいた世界はすごく平和だったんだって思い知ったよ」
「その人たちの幸せを守るのも大切な仕事だよ。ミレーヌはそれが嫌なの?」
「嫌じゃないよ。すごく大切なことだってわかってる。でも怖い、怖いの。明日ボクはあの人たちみたいにゴブリンに殺されるかもしれない。そう考えると怖くて眠れないの」
僕だって怖い。
自分が死ぬのも怖い。
でもそれ以上に、目の前にいる女の子を失うことのほうがずっと怖かった。
ミレーヌが無残に傷つけられるなんて、想像したくもない。
「ねえ、ユキナは怖くないの?」
「僕も怖いよ。自分が死ぬのも怖いけど、ミレーヌを失うのが何より怖い」
「ユキナ?」
「ミレーヌ。僕はミレーヌが好きだ。初めて君に出会った時から、ずっと好きだ」
本当はもっとロマンチックなシチュエーションで言うべきだったろう。
大きな冒険を成功させたあと、星空の下で。
そういう時に告白するものだと思う。
でも今、言わないと永遠に言えなくなる気がした。
明日死ぬのが怖いから。
そんな情けない理由でも、言わないまま後悔するよりずっとましだ。
「……ボクと初めて会った時のこと、覚えてる?」
「覚えてるよ。ヤオとミンとシンジとスグハと僕が湖で遊んでいた時だよ」
「覚えててくれたんだ」
「一目ぼれだったからね。そのあと一緒の学校に行ったり、みんなで遊んだりした」
「ごめんね。ボクは一目ぼれじゃなかったよ」
そう言われて僕は苦笑する。
僕は男らしくなかったし、身体だって大きくなかった。
自分が何をしたいのかもわかっていなかった。
「でも、みんなと一緒に遊んで学んでる時から、ユキナのこと、いいなって思ってたの」
「今でも、いいなって思ってくれてる?」
「思ってなかったら、一緒に冒険者になってコンビを組もうなんて思わないよ。ボクに告白してくれてありがとう。でも、もう少しムードがあった方がよかったかな」
「うん、急すぎた。ごめん。でも言わないまま死にたくなかったから」
もっとゆっくり時間をかけて、信頼を育てていくべきだった。
そう後悔したけど、言えずに死ぬよりはよかったと思うしかない。
「ユキナが告白してくれて、凄く嬉しい。でも答えは保留にさせて」
「うん。そうだよね」
答えをくれるだけでもありがたい。
僕はその気遣いに感謝して立ち上がろうとした。
すると、ミレーヌが僕の手を掴んだ。
その手は少し震えていた。
「今はまだ、ユキナと恋人になれるかわからない。だから……ボクをユキナに惚れさせて」
「え?」
「ユキナがボクを好きなら、ちゃんとそう思えるようにして。怖い夜に言われたから、とかじゃなくて……ちゃんと、ユキナを好きだって思いたいの」
僕は返す言葉を失った。
でもそれは拒絶じゃない。
むしろ、真剣に考えてくれているということだ。
「うん。待つよ」
そう答えると、ミレーヌは少しだけ泣きそうな顔で笑った。
「……ありがとう」
その笑顔があまりにも愛しくて、僕はたまらなくなった。
そっとミレーヌの肩を抱き寄せる。
ミレーヌも抵抗せず、静かに僕の胸に額を預けてきた。
「少しだけ、このままでいてもいい?」
「うん」
僕たちはしばらく何も言わずに寄り添っていた。
怖かったこと。
泣いたこと。
明日が怖いこと。
そういうものが少しずつ、互いの体温で溶けていくようだった。
やがてミレーヌが顔を上げる。
少し潤んだ瞳が、まっすぐ僕を見ていた。
「ユキナ」
「なに?」
「……キス、してもいい?」
その言葉に胸が大きく跳ねた。
僕は何も言えず、ただ頷く。
ミレーヌは少しだけ目を閉じて、ぎこちなく僕に唇を重ねた。
短くて、震えるようなキスだった。
離れたあと、二人とも顔が熱くてたまらなかった。
「ご、ごめん。変だった?」
「ううん。すごく嬉しかった」
そう答えると、ミレーヌはほっとしたように笑う。
そのあと、僕たちは子どもの頃の話をした。
湖で泳いだこと。
木登りをして怒られたこと。
誰が一番足が速かったか。
そんな他愛もない話を、夜が更けるまで。
「ユキナは、子どもの頃のこと覚えてる?」
「うん。みんなで湖でよく泳いだこととか、今でも思い出すよ。初めて見た時、ミレーヌって男の子みたいだった」
僕がそう言うと、ミレーヌが笑いながら言った。
「あはは。ボクもあの頃は自分が女の子とかってあんまり意識してなかったよ。身体もちんちくりんだったし、まだそういうのよくわかってなかったんだよ」
ミレーヌはそう言って楽しそうに笑う。
その笑顔を見ていると、さっきまでの恐怖が少し遠ざかる気がした。
「ボクはね。最初、ユキナのこと女の子だと思ったんだよ」
「え、何で?」
「だってユキナって肌白いし、あの頃は身体も細かったからね。男の子に混ざって遊んでる女の子だと思って声をかけたんだ」
言われてみれば、あの頃の僕はまだ小さくて細かった気がする。
女の子に見えなくもなかったのかもしれない。
「でも年々、男の子の身体になっていくユキナを見てて、ボクは悔しいって思ったんだよ」
「悔しいってなんで?」
「だって背丈も伸びて、腕とか胸とかに筋肉ついて。それまでボクのほうが得意だった水泳も木登りも駆けっこも、ユキナに勝てなくなっていったから」
そういうものなのかな。
自分では当たり前だと思っていたから、全然気がつかなかった。
「ユキナは、ボクのことどう思ってたの?」
「うんと……嫌わないなら言うけど」
「ボクのこと、女の子として見てた?」
そう言って笑いながら僕の頬に指を当てるミレーヌ。
その通りなので、何も言えない。
「……ごめんね」
「あはは。それってボクの魅力にやられてたってことでしょ? それだったら許してあげる♪」
昔の僕に、こんな未来を教えたらきっと信じないだろう。
そう思いながら、僕たちは他愛もない話を続けた。
やがて眠気が勝ってきて、僕たちは同じベッドに並んで横になった。
ミレーヌは少しためらったあと、そっと僕の腕に自分の手を絡めてきた。
「……おやすみ、ユキナ」
「おやすみ、ミレーヌ」
僕の胸元で、静かな寝息が聞こえる。
愛しい女の子のぬくもりを感じながら、僕は強く思った。
ミレーヌは絶対に死なせない。
僕はそう誓った。