君とボクの二度目の冒険 〜転生した少年と幼馴染の勇者が、魔王の孤独を救うまで〜 作:屠龍
第三十七話 甘い朝――再出発――
翌朝、僕が先に目を覚ました。
窓の外はまだ薄明るいだけで、陽は完全には昇っていない。
朝の空気はひんやりとしていて、夜の余韻を少しずつ追い払っていく。
けれど、腕に感じるぬくもりだけは、昨日とは違う現実を教えてくれていた。
ミレーヌが僕の隣で眠っている。
長い緑髪が枕に広がり、静かな寝息が胸元でかすかに揺れている。
昨夜はただ怖くて、互いを確かめるように寄り添って、そのまま眠ってしまった。
それだけなのに、僕の胸はおかしいくらい落ち着かなかった。
起こさないように、そっと身体を離そうとした時だった。
僕の袖を、眠っていたはずのミレーヌがきゅっと掴む。
「……ん」
ゆっくりと瞼が開いて、まだ眠たげな赤い瞳が僕を映した。
「ごめん。起こしちゃった?」
僕がそう言うと、ミレーヌは小さく首を振った。
「ううん……ユキナがいなくなるかと思った」
その言葉に胸が強く鳴る。
昨日までの僕なら、こんな台詞だけで頭が真っ白になっていただろう。
でも今は、それが嬉しいより先に、愛おしいと思った。
「どこにも行かないよ。着替えようとしただけ」
「……そっか」
ミレーヌは少し安心したように笑って、絡めていた手の力を緩めた。
でも離しきるわけでもなく、指先だけは僕の服をつまんだままだった。
「昨日、ちゃんと眠れた?」
「うん。ユキナが隣にいてくれたから」
照れもなくそう言われて、僕のほうが先に視線を逸らしてしまう。
ミレーヌはそんな僕を見て、くすりと笑った。
「ユキナ、また顔赤い」
「そりゃ赤くもなるよ……」
「ふふ」
その笑い方があまりにやわらかくて、昨日の夜の涙が嘘みたいだった。
でも嘘じゃない。
怖くて、泣いて、それでも一緒にいたいと思った夜があったから、今この朝があるのだ。
「ユキナ」
「うん?」
「昨日、言ってくれて嬉しかったよ」
その言葉に、僕は一瞬息を止める。
「そ、そっか……よかった」
情けないくらい、それしか言えない。
するとミレーヌは身体を少し起こして、僕の顔を覗き込んできた。
「本当に不器用だね」
「自分でもそう思う」
「でも、そういうところ好きかも」
好き“かも”。
まだ答えじゃない。
でも、十分すぎるほど嬉しかった。
僕は照れ隠しのように咳払いして、ベッドの端に置いてあった服へ手を伸ばした。
「そろそろ着替えないと、出発に間に合わないよ」
「うー……もう少しくらいこのままでもいいのに」
「僕だってそうしたいけど」
思わず本音が漏れる。
ミレーヌは目を丸くしたあと、嬉しそうに笑った。
「じゃあ、その代わり」
「え?」
「いってきますのキス、して」
昨日の夜よりも少しだけいたずらっぽい笑みだった。
僕はまた顔が熱くなるのを感じながら頷く。
そっと顔を寄せて、唇を重ねる。
今度は昨日より少し長く、でもやっぱりぎこちない。
離れたあと、ミレーヌは耳まで赤くしながらも満足そうに笑った。
「……これで許してあげる」
「だから何を許すの」
「秘密♪」
その笑顔を見ていると、怖かった夜が少しずつ遠ざかっていく気がした。
でも、現実が消えたわけじゃない。
今日もまた危険な場所へ向かう。
だからこそ、この時間が余計に大切に思えた。
僕たちはそれぞれ服を着て、装備を整える。
シャツを着て、ブーツを履き、防具をつける。
武器の位置を確認し、荷物を背負う。
準備をしてしまえば、もう昨日までの甘い空気だけではいられない。
冒険者としての顔に戻らなければならなかった。
部屋を出ると、廊下でセシルさんとシグレさんが待っていた。
「まったく。これからゴブリン退治だというのに随分余裕だな」
そう言って僕とミレーヌを呆れた顔で見つめるシグレさん。
心なしか怒っている気がする。
たしかに、まだ陽が昇る前とはいえ、女の子と一緒の部屋から出てきたら言いたくもなるだろう。
「まあまあ、いいじゃない。二人とも少しは落ち着いた顔してるしさ」
セシルさんが楽しそうに笑う。
その視線に、ミレーヌがまた少し赤くなった。
「べ、別に変なことはしてないよ!」
ミレーヌが慌てて言うと、セシルさんはにやにやした。
「へえ? そこまで言うってことは、何かありましたって言ってるようなもんだけど?」
「セシルさん!」
「やめないか。からかいすぎだ」
シグレさんが呆れたように止める。
僕は恥ずかしくて視線を逸らしたけれど、不思議と嫌な気分ではなかった。
こうして茶化されるくらいには、僕たちはちゃんと前へ進めているのかもしれない。
「ほら、食事をすませてすぐに出発だ」
シグレさんに促され、僕たちは食堂へ向かった。
カク村の宿泊施設で用意してくれた食事は、パンとオムレツ、それから薄切りにした豚の燻製肉と玉ねぎの入った豆のスープだった。
温かい食事を前にすると、それだけで少し安心する。
旅先で温かいものが食べられるありがたさを、最近は本当によく思い知る。
みんなで食事をしながら、シグレさんが作戦を再確認してくれる。
「再確認しておくぞ。攫われた村人は付近の洞窟にいると思われる。彼らの救出を最優先にしつつ、ゴブリンと遭遇したら退治だ」
その方針に、僕は異論はなかった。
あくまで攫われた人を優先するのは当然だと思う。
「でもゴブリンはほとんど駆逐されたはずでしょ? 先にゴブリンを倒してからの方がよくない?」
セシルさんがスプーンを弄びながらそう言うと、シグレさんは頷いたが、すぐに言葉を続けた。
「駆逐したと想定するのは危険だ。奴らは賢い。洞窟すべてをしらみつぶしに掃討していく手間はかけたくない。それに危険だ」
この村の周囲には無数の洞窟がある。
それを四人で全部調べるなんて不可能だし、その間に攫われた人が殺されてしまうかもしれない。
洞窟は出口を抑えられたら甚だしく不利だ。
他の洞窟にもゴブリンがいたら、数で圧倒される可能性だってある。
いくらシグレさんとセシルさんが強くても、危険が大きすぎる。
だからまず攫われた人を助け、その後で必要なら掃討する。
それが一番現実的なのだろう。
朝食を食べ終えた僕たちは、村長さんに挨拶したあと、カク村から出発した。