君とボクの二度目の冒険 〜転生した少年と幼馴染の勇者が、魔王の孤独を救うまで〜 作:屠龍
第三十九話 ゴブリン退治――洞窟への道――
洞窟から出てきたゴブリンの群れは十匹。
弓を持っていたということは、森へ狩りに出ていたのだろう。
ゴブリンは農業を行わず、狩りや略奪で食糧を得る。
村を襲えなくなった今、他の獲物を求めて移動する前に叩いておく必要があった。
「狩りに出かけている十匹を除けば、洞窟にいるのは多くて二十匹だろう。うまくいけば大半のゴブリンを眠らせる事が出来る」
シグレさんがそう言うと、セシルさんが再び偵察に走った。
軽々と枝に飛び乗り、あっという間に木々の向こうへ消えていく。
一時間ほどたった頃だろうか。
セシルさんが枝から音もなくすっと降りてきた。
息ひとつ乱れていない。
僕が驚いていると、セシルさんは得意げに笑った。
「驚いたかい?」
「驚きました」
「ユキナもミレーヌも、いずれ慣れるよ」
そういってセシルさんがミレーヌにウインクする。
ミレーヌは瞳をきらきらさせて何度も頷いた。
僕たちの様子をシグレさんが優しい笑みで見つめてくれる。
一見厳しそうだけど、二人とも優しい。
これから戦いだというのに、二人に焦りは見えない。
油断ではなく、修羅場に慣れているのだろう。
「洞窟からかなり離れた場所まで狩りに出かけたよ。近場の獲物は狩りつくしたみたいだね」
洞窟から離れた森の奥まで入っていったなら、僕たちが洞窟を襲撃してもすぐには戻れないはずだ。
陽も傾いてきている。
狩りに出たゴブリンたちは、今夜はそのまま森で過ごすかもしれない。
洞窟に着いた頃には、陽はかなり傾いていた。
入り口には二匹のゴブリンが立っていたが、どちらも大きく欠伸をしている。
ゴブリンは夜行性だ。
夕方はちょうど寝起きになる。
「まずはあの二匹を仕留めよう」
「それじゃあたしの出番だね」
そう言ってセシルさんがショートボウを取り出した。
手には矢が二本。
見張りのゴブリンが欠伸をした瞬間、一本目をつがえ、放つ。
そのまま腕を下ろさず二本目をつがえ、続けて放った。
二本の矢はそれぞれゴブリンの喉を貫き、見張りは声も上げられず崩れ落ちた。
「お見事です」
僕が感嘆すると、セシルさんは軽く親指を立てた。
それから僕たちに匂いを消す魔法をかける。
汗や土の匂いがふっと薄れた気がした。
隠密行動をする者には必須の魔法で、六時間ほど効果が続くらしい。
そのままセシルさんを先頭に洞窟へ入っていく。
中はひんやりとして薄暗く、松明がなければすぐ迷ってしまいそうだった。
セシルさんは灯りを小さく掲げ、床や壁を確かめながら慎重に進む。
灯りが足元を照らす。
何かをひきずった跡と沢山の足跡。
僕とミレーヌは鎧の音が鳴らないように慎重に歩く。
洞窟内は音が思ったより響き、緊張が高まった。
湿気と血の匂い。
狩った鹿か何か、獣の生臭い匂いが混じっている。
ひどい臭気に、思わず吐き気をもよおした。
シグレさんに教わった通り、鼻ではなく口で呼吸する。
ゴブリンたちはこの洞窟に長居するつもりは無かったようで、仕掛けは簡単なものしかなかった。
鳴子と、足を引っかける程度の段差。
急ごしらえのねぐらだとわかる。
やがて左右の分かれ道に出た。
「どちらが倉庫でしょう?」
僕が小声で尋ねる。
こういう時は足跡の多いほうが居住区だと教わった。
けれど、この洞窟は仮の宿らしく、目立つ跡は見えない。
「わかるか、セシル?」
シグレさんに言われ、セシルさんはしゃがみ込んで地面に触れた。
指先を確かめるように見つめたあと、小さく舌打ちして左を指さす。
「あっちが居住区だね」
「どうしてわかるんですか?」
僕にはまるで見分けがつかない。
そう思っていると、セシルさんが皮手袋についた赤黒い染みを見せてくれた。
「血だよ。右に続いてる。人間を引きずった時についたものだね。重傷者がいるみたいだ」
「ボク、そんなの許せない」
ミレーヌが静かに呟く。
冷静でいようとしているけれど、怒りで手が震えているのがわかった。
「救出を優先する予定だったが、重傷者を連れて洞窟を出るのは難しいな」
シグレさんが低く言った。
軽傷者なら歩ける。
けれど重傷者は担いで運ぶしかない。
その状態でゴブリンに追われれば、逃げ切れないだろう。
つまり――。
「ゴブリンを一匹残らず殺すしかない、という事ですか」
僕の言葉に、シグレさんは無言で頷いた。
ミレーヌが小さく息を呑む気配がした。
重傷者を助けるためには、眠っていようが子供だろうが、洞窟の中のゴブリンを残さず殺さなくてはならない。
それは理屈ではわかる。
わかるのに、僕もミレーヌもすぐには頷けなかった。
ミレーヌの握る剣の柄がかすかに鳴る。
怒りだけじゃない。怖いのだ。
僕だって同じだった。
正しいとわかっているのに、これから自分たちがする事を思うと、足が地面に縫いつけられたみたいに重かった。
戦場で敵対するゴブリンを殺したことはある。
けれど、今から行うのはそれとは違う。
逃がさず、残さず、始末する。
そうしなければ、攫われた人を助けられない。
僕もミレーヌも、敵を皆殺しにするのは初めてだった。
覚悟はしてきたつもりだった。
それでも怖いものは怖い。
だけど、立ち止まっている暇はない。
セシルさんに続いて、シグレさん、ミレーヌ、僕の順でさらに奥へ進む。
洞窟の奥からは、湿った獣のような臭いと、かすかな寝息のような音が流れてきていた。