君とボクの二度目の冒険 〜転生した少年と幼馴染の勇者が、魔王の孤独を救うまで〜 作:屠龍
第四十話 ゴブリン退治――眠る敵を越えて――
シグレさんが手で僕たちに合図すると、腰のポーチから眠りの雫の入った小瓶を取り出した。
そのまま音を立てないように居住区へ入っていく。
奥には、眠りから覚めたばかりのゴブリンたちがいた。
ぼんやりと身を起こしかけている者もいる。
ゴブリンが騒ぐ前に、シグレさんは入り口で眠りの雫を振りまいた。
青い液体が霧のように広がると、起きかけていたゴブリンたちは再びその場に崩れ落ちる。
拍子抜けするくらい一瞬だった。
いびきを立てるゴブリンを見て、僕は思わず目を閉じた。
彼らを永遠に眠らせなくてはならない。
霧が晴れたあとの居住区は、不気味なほど静かだった。
さっきまで起きかけていた気配だけが消えて、息の詰まるような無音が残る。
うまくいったはずなのに、胸の奥は少しも軽くならなかった。
「丁度寝起きだからよく効いたな」
そう言ってシグレさんがショートソードを抜いた。
そして、眠っているゴブリンの喉元へためらいなく剣先を沈める。
まったく迷いなく、一匹の命を奪った。
ゴブリンは声もなく動かなくなった。
シグレさんは視線で僕とミレーヌを促す。
──ユキナ。ミレーヌ。やるんだ。
戦場で敵対するゴブリンを殺した事はある。
でも、抵抗できない相手を殺すのは違う。
あの時は生き残るのに必死だった。
けれど今から行うのは、逃がさないための処理だ。
でもやるしかない。
僕はショートソードを抜き、眠っているゴブリンの喉元に剣先を当てた。
一瞬だけ手が止まる。
指が震え、呼吸が乱れた。
剣先がぶれる。
喉の奥がひどく乾いて、唾を飲み込む音さえ大きく聞こえた。
隣ではミレーヌも息を止めたまま固まっている。
僕たちが迷っている間も、シグレさんは何も言わなかった。
急かしも慰めもしない。ただやるべきだと知っている人の目で、静かに僕たちを見ていた。
それでも、目を逸らさず体重を乗せて突き刺した。
鈍い感触が手に返ってくる。
飛び散った緑色の血が手元を汚した。
隣を見ると、ミレーヌの顔は青ざめていた。
ミレーヌの唇が震え、今にも泣きそうだ。
僕は小さく目で問いかける。
――嫌なら、僕が代わろうか。
ミレーヌは震えながらも、首を横に振った。
そして意を決したようにショートソードを抜き、眠るゴブリンへ剣を突き立てる。
ゴブリンに剣を突き立てたミレーヌは、少しの間だけ動かなかった。
動けなかったのだ。
剣を握る手がかすかに震え、その肩も小さく揺れていた。
それでもミレーヌは声を上げなかった。
僕たちは四人で、眠るゴブリンを一匹ずつ殺していった。
叫び声も戦いもない。
セシルさんはいつもの軽口を叩かなかった。
シグレさんもセシルさんも、ただ淡々と手を動かしていた。
僕も何も考えないように、次の一匹へ視線を向ける。
あるのは、剣を沈める感触と、倒れたまま動かなくなる身体だけだ。
洞窟の奥では水滴の落ちる音がしていた。
その小さな音が妙に耳につく。
静かすぎるせいで、自分の荒い呼吸や、鎧のわずかな擦れる音まで響いてしまいそうだった。
機械のように手を動かしながら、僕は自分がどんな顔をしているのか考えていた。
きっと恐ろしい顔をしているのだろう。
ミレーヌも同じかもしれない。
それでも、今は互いの顔を見ることができなかった。
「……二十五匹。そのうち子供は五匹か」
シグレさんが静かに数える。
僕とミレーヌには酷だと思ったのだろう。
ゴブリンの子供は、シグレさんとセシルさんが始末してくれていた。
僕もミレーヌも、無言で頷く。
感傷に浸っている暇はない。
早く怪我人を助けに行かなければならない。
けれど、足は少しだけ重かった。
靴裏に張りつく湿った感触が気になって、思わず足元を見そうになる。
倒れたゴブリンたちを振り返れば、もう進めなくなる気がしたからだ。
僕たちは死体に背を向け、そのまま倉庫のある通路へ向かった。
洞窟の奥はまだ暗く、ひどく静かだった。
その静けさが、さっきまで自分たちがしていたことを、かえってはっきり思い知らせてくるようだった。