君とボクの二度目の冒険 〜転生した少年と幼馴染の勇者が、魔王の孤独を救うまで〜 作:屠龍
第四十一話 救出――絶望の底に残った命――
倉庫の中は酷い悪臭がしていた。
雑然としていて、足元をネズミや虫が這い回り、鹿や熊の獣肉を干したものと、近隣の村から奪ったのであろう食料が積み重なっている。
その奥に人間がいた。
汚れた衣服を身に着けた二十代から四十代くらいの男性が十五人。
皆ひどく殴られていて、そのうち二人は明らかに重傷だった。
そして少女から二十代くらいまでの女性が十人。
衣服は乱れ、身体にも暴行の痕が残っている。
誰の目にも、彼女たちがひどい仕打ちを受けたことは明らかだった。
「……もう大丈夫だ。助けに来た」
シグレさんがそう言っても、現実を見失った人たちは茫然としていた。
まずは治療をしないと。
僕が近づくと、女性たちが怯えたように身を縮めた。
「ひっ!!」
「お願い……もうやめて……」
僕もまた、自分たちを傷つけた相手と同じように見えたのだろう。
無理もない。
彼女たちの受けた仕打ちを思えば、男である僕に怯えるのは当然だった。
せめて清潔な布があればよかったのだけど、生憎そんなものは持っていない。
ミレーヌが水袋を取り出し、タオルを濡らして女性たちの身体や顔の汚れを拭っていく。
乱れた髪を整え、震える手を包み、落ち着かせるように静かに声をかけていく。
ミレーヌが寄り添っているうちに、彼女たちの表情は少しずつ和らいでいった。
ミレーヌには不思議な力がある。
誰かのために動く時、その相手は怒りを静め、理性を取り戻し、折れかけた心をつなぎ直していける。
誰にでも残っているはずの勇気や正気の欠片を、そっと拾い上げてくれるのだ。
身体を震わせている女性に、ミレーヌは優しく微笑み、そっと手を添えて落ち着かせていく。
ミレーヌの指先が触れるたび、怯えきっていた女性たちの呼吸が少しずつ整っていくのがわかった。
強ばっていた肩から、わずかに力が抜ける。
虚ろだった瞳に、ゆっくりと光が戻ってくる。
まるで深い水の底に沈んでいた心が、少しずつ水面へ浮かび上がってくるみたいだった。
不思議な光景だった。
子どもの頃から、ミレーヌのそばには澄んだ空気のようなものが漂っている気がしていた。
泣きたい時にそばにいるだけで少しだけ息がしやすくなるような、胸の奥で萎んでいた勇気が、ほんの少しだけふくらむような、そんな感覚だ。
今も同じだった。
ミレーヌは大きな声を出すわけでも、魔法で何かを変えるわけでもない。
ただ相手の目を見て、否定せず、見捨てず、そこにいてくれる。
それだけで、壊れかけた心が「まだ大丈夫かもしれない」と思い出していくようだった。
実際、最初は僕たちから顔を背けていた女性が、ミレーヌに手を拭われるうちに、かすかにその手を握り返した。
別の女性は、うわ言のように繰り返していた怯えの言葉を止め、ただミレーヌの顔を見つめていた。
ほんの少しずつでも、戻ってきている。
理性も、感情も、人間らしさも。
タオルで拭った程度で何もかも元に戻るわけではない。
それでも、何もしないよりはずっといい。
汚れた布は使い捨てるしかなかった。
「ユキナは男の人たちを頼む」
「こっちはボクたちに任せて」
セシルさんとミレーヌの言葉に頷き、僕は男性たちのほうへ向かった。
男性たちもまた、僕に怯えたような目を向けていた。
当然だろう。
目の前で女性たちが傷つけられていくのを、何もできずに見ているしかなかったのだ。
どれだけ悔しく、苦しかっただろうか。
男性の傷は見た目より深いようだった。
おそらく肩甲骨のあたりに矢を受けている。
出血は止まっているが、このままでは命に関わるかもしれない。
「豊穣なる大地の恵み。彼の者の傷を癒したまえ」
僕は男性の身体に矢じりが残っていないか確認してから、治療呪文を唱えて傷口を塞いだ。
肩を折られたらしい男性も、痛みは引いたようだが、折れた骨そのものは専門医に任せるしかない。
急ごしらえで周りに転がっている枝を使って肩を固定する。
「すまない……俺は……何もできなかった」
「いいんです。生きていてくれただけでいいんです」
重傷者の男性が呟くと、僕は落ち着かせるようにその肩を抱いた。
衣服は酷く汚れていたが、そんなことは気にならなかった。
僕が背中を撫でると、男性は堪えていたものが切れたように涙を流した。
やがて落ち着いた男性の治療を再開する。
重傷者は二人だけだったが、足は折られていなかった。
荷物運びに使うつもりだったのかもしれない。
女性たちも骨折こそしていないようだったが、念のためミレーヌが妊娠阻止の魔法を施す。
そうした処置が必要になるという事実そのものが、僕には重かった。
精神的に参っている人も多い。
女性の一人――ミレーヌより若い女の子が、うわ言のように謝罪の言葉を繰り返していた。
彼女はゴブリンに連れ去られてから、どれだけの時間をここで過ごしたのだろうか。
「ごめんなさい……私が悪いの……」
「違う。あなたは悪くないよ。悪いのはゴブリンだよ。だから泣かないで」
ミレーヌはそう言って、泣きじゃくる少女の頭を優しく撫で続けた。
すると、その子は涙でぐしゃぐしゃになった顔のまま、かすかに口元をゆるめた。
信じられない光景だった。
ミレーヌは絶望の淵にいた少女の心を、確かにつなぎとめたのだ。
その後、他の人たちの治療も終える。
幸いなことに、誰も死んではいないようだった。
あとは脱出して村まで送り届ければ終わる――そう思った時だった。