君とボクの二度目の冒険 〜転生した少年と幼馴染の勇者が、魔王の孤独を救うまで〜 作:屠龍
第五十三話 パーティ誕生
僕達が依頼板を眺めていると、シグレさんとセシルさんが現れた。
いつものボディシャツの上にジャケットを羽織ったロングパンツ姿で、腰に挿しているのは短剣だけだった。
街中で持ち歩く最低限の武器だけを身につけている、そんな落ち着いた装いだ。
ジャケットもシャツもきちんと洗われていて、二人とも酒場で見た時とは違って、今日は最初から真剣な顔をしていた。
酔いに任せて笑っている時の空気はどこにもなく、仕事の場に立つ冒険者の顔だ。
シグレさんの視線は真っ直ぐで、セシルさんも今日は軽口を控えている。
その姿を見た瞬間、僕は少しだけ背筋が伸びた。
これから本当に新しい仲間と組むのだと、改めて実感したからだ。
「またせたな。私はシグレという剣士だ。こちらの赤毛はセシルで、スカウトをしている。よろしく頼む」
そう言ってシグレさんが一礼し、クヌートとフェリシアに握手を求める。
ハーフエルフの兄妹は一瞬驚いたような顔をしたが、すぐにその手を取った。
露骨に警戒されたり、見下されることに慣れているのだろう。
礼を尽くされること自体が意外だったのかもしれない。
クヌートの目の鋭さがほんのわずかに和らいだのを、僕は見逃さなかった。
そのまま歓談と相談のために、近くの喫茶店へ入ることになった。
「驚いたな。ハーフエルフに礼を尽くす人間もいるのだな」
クヌートがそう言うと、フェリシアも小さく頷く。
僕とミレーヌは顔を見合わせた。
その言葉の重さが、すぐには飲み込めなかったからだ。
礼を尽くされることに驚く。
それがこの兄妹にとって、どれだけ当たり前ではない事なのかを思うと、胸の奥が少し冷えた。
「なに、私も可能なら末永くパーティを組みたいからな。礼も尽くすし、適切な報酬も払うぞ」
そう言って微笑むシグレさん。
打算もあるのだろうが、それだけではない落ち着いた誠実さがあった。
相手を利用するつもりなら、こんなふうに最初から礼を尽くしたりはしない。
損得を理解したうえで、それでも相手を軽んじない。
シグレさんのそういう所が、僕はやっぱり好きだと思った。
するとフェリシアが、静かな声で説明してくれた。
「私たちハーフエルフは、蔑まれ軽く見られる事が多いんです。ひどい人になると、報酬を値切る人間までいます。だから信用できないの」
「そうなのですか?」
「私とクヌート兄さまも、醜い心根の冒険者に何度も出会ってきました。だから、お金しか信じない。冒険一回ごとの更新だというのは、そういう事です」
フェリシアの声は穏やかだった。
けれど、その穏やかさがかえって胸に刺さる。
怒っているわけでも、泣いているわけでもない。
何度も同じ事を経験して、ようやくこういう口調で話せるようになったのだとわかるからだ。
クヌートが険しい顔をしているのに対して、フェリシアは諦めを含んだ静けさでそれを言う。
その違いが、兄妹それぞれの傷の形みたいに思えた。
「酷い話ですね」
僕がそう言うと、クヌートがわずかに満足そうな顔で頷いた。
どうやら第一印象は悪くなかったらしい。
「ユキナに告げたように、冒険一回ごとの契約だ。更新するかどうかはこちらが決めさせてもらう。報酬は頭割りでいい」
「それでいい。私もセシルもその件は合意済みだ」
クヌートの念押しに、シグレさんは迷いなく答えた。
僕達のテーブルをちらちらと見る冒険者たちの視線が気になる。
羨望もあれば、好奇や露骨な侮りも混じっていた。
それでも、この場にいる誰も気にした様子を見せない。
僕だけが少し落ち着かずにいたが、ミレーヌもシグレさんもセシルさんも、クヌートもフェリシアも、まるでそんな視線など最初から存在しないみたいに自然に座っていた。
それが少しだけ頼もしくて、僕も余計な事は考えないようにした。
「ボク達はこのクエストがいいと思っています」
そう言ってミレーヌが、オーガ討伐の依頼書の写しをシグレさんに手渡す。
シグレさんが目を通し、続いてセシルさんも覗き込んだ。
「んー、少し控えめだけど、初回としてはいいんじゃない?」
いやいやセシルさん。
僕とミレーヌだけなら絶対に手が出せないような依頼なんですけど。
そんな僕の顔を見て、シグレさんが説明してくれる。
「頭割りしても十分な報酬になるからな。鉄級のウィザードが二人もいるなら、むしろ控えめなくらいだ」
やっぱりウィザードってそれほどすごいのか。
しかも二人とも鉄級。
頼もしすぎる。
「それでは、この依頼で契約という事でいいかな?」
「異論はない。よろしく頼む」
そう言ってクヌートが自分から手を差し出し、まずセシルさんと握手を交わす。
思ったよりずっと早く、形だけでも仲間になれたことに僕は少しほっとした。
もちろん、これで全部うまくいくわけじゃない。
まだ信用しきってはいないし、向こうも僕達を見極めている最中だ。
それでも、さっきまで別々に依頼板を見ていた人たちが、同じ依頼を前にして頷き合う。
それだけで胸の内に小さな火が灯ったみたいだった。
「折角パーティを結成したのだし、前祝いに一杯どうだ?」
シグレさんがそう誘うと、クヌートは首を横に振った。
「悪いが遠慮しておく。人間と酒を飲むのは懲り懲りだ」
やっぱり、まだ信用しきってはいないのだ。
でもシグレさんは気分を害した様子もなく、当然のように頷いた。
その当然さが、かえって優しかった。
無理に距離を詰めようとしない。
相手が踏み込まれたくない場所を、ちゃんと見ているのだ。
「では私とセシルは、この依頼の手続きをしてくる。今日の会合はこれで終わりだ」
そうして、僕達の新しいパーティは正式に動き始めた。
まだ寄せ集めで、ぎこちなくて、どこか危うい。
けれどその不安定さごと、これから一緒に戦っていく仲間なのだと思うと、僕はほんの少しだけ高鳴る胸を押さえられなかった。