君とボクの二度目の冒険 〜転生した少年と幼馴染の勇者が、魔王の孤独を救うまで〜 作:屠龍
第五十五話 シグレとセシルの日常
※この話はシグレ視点です。
私とセシルは、何故か気が合う。
この日は雨だった。
セシルが珍しく一日中宿にいる日でもある。
先ほど一階の酒場で一緒に飲んだあと、私たちは宿の部屋で暇を持て余していた。
「ん……シグレ、何か思いつめてる顔してどうしたの?」
「いや、これまでの事を思い出していた」
隣のベッドで寝返りを打つセシルを見る。
天気が良ければ外をほっつき歩き、酒場で飲み、賭場に通い、その日その日を楽しむように生きる女だ。
だがそれは、好き勝手に生きてきたからではない。
セシルは貧民街で拾われ、幼い頃から盗みや身売りで生き延びてきた。
どうやってそこから抜け出したのか、私は詳しく聞かない。
聞かないが血なまぐさい事があっただろうとは思っている。
どうせいつ死ぬかわからないのなら、生きている今を楽しもうという考え方は、その生活の中で身についたのだろう。
私たちが組んだのは、冒険者ギルドで登録を済ませた直後だった。
「そこのお姉さ~ん。あたしと組まない?」
軽い調子でそう声をかけられたのを覚えている。
私は剣士で、腕には自信があった。
だが一人で動くには限度があったし、腕のいいスカウトも必要だった。
それから私たちは銅から青銅、そして鉄にまで冒険者としての等級を上げてきた。
その途中で、人に誇れない仕事も、人の血を見る仕事も引き受けてきた。
だからこそ、ユキナとミレーヌは眩しい。
正道を歩こうとする二人を見ていると、微笑ましくもあり、少し痛くもある。
私には故郷で決められた縁談があった。
二十も年上の男に嫁がされるはずだった。
家のために結婚し、子を産む。
それが貴族の娘として当然だと教えられてきた。
だが弟が戦死し、私は家督を継ぐ立場にされた。
その時ようやく、自分がその土地と家に何一つ未練を持っていないのだと知った。
だから夜逃げ同然に故郷を飛び出し、長い旅の果てに冒険者になった。
「ユキナとミレーヌは不思議な子だ」
「そだね。ハーフエルフと打ち解けられる子も珍しいし、信頼されてるかもね」
「あの二人には生き残って大成してほしいものだ」
「特にユキナ君は、でしょ?」
「ああ……あの子は死んだ弟によく似ている」
外見だけではない。
正義感の強いところまで、よく似ている。
弟は私よりずっと素直で、真っ直ぐで、誰かが困っているのを見ると放っておけない子だった。
姉である私が言うのも何だが、本当に可愛い弟だった。
幼い頃はよく私の後ろをついて回って、剣の稽古をする私を目を輝かせて見ていたし、私が本を読んでいれば隣に座って黙って同じ頁を覗き込んでくるような子でもあった。
あの子が笑っているだけで、家の息苦しさも少しだけ薄れる気がしていた。
そのせいかもしれない。
私は今でも、あの子のように真っ直ぐな者を見ると、放っておけなくなる。
そのせいで弟は死んだ。
逃げ遅れた味方を救いに戻って戦死した。
だから私は、ユキナにも同じような死に方をしてほしくないのだろう。
「セシルが羨ましい」
「いきなり何言ってるのさ」
着替えをまとめている背中に向かって、そんな言葉が出た。
地位や家に縛られず生きてきたセシルの方が、自由だったのではないか。
そんな身勝手な考えだった。
「あたいから見れば、食べる物も寝る場所にも困らなかったシグレの方が羨ましいね」
振り返りもせず、セシルはそう言った。
その通りだ。
人生を選べなかったという点では同じでも、過酷さはきっと向こうの方が上だろう。
「さて。明日の出発まで間があるし、今夜の男でも見繕おうかね」
「この雨でか? 男を連れ込むのは勘弁してくれよ」
そう言って私たちは笑い合った。
「冗談だよ。シグレは本当に甘えん坊なんだからさ」
なぜかセシルは私を妹扱いする。
そのくせ、時々こうしてひどく寂しそうな顔をする。
隣に座ったセシルが、肩にもたれるように身を寄せてきた。
酒場で笑っている時とは違う、弱い顔だった。
「シグレ……好きよ。愛してる」
それが本気かどうかはわからない。
私は何度目かわからないその告白に、笑みを返すだけだった。
それでいい。
私はただ、セシルの背を撫でる。
乱れた赤毛を指で梳き、落ち着かせるように肩を抱いた。
こうして誰かの体温を確かめていないと、自分が空っぽになったように感じるのだと、以前セシルは言っていた。
「シグレ……今はあたいだけを見て」
懇願するような小さな声に、私は何も言わず額へ口づけた。
セシルは安心したように目を閉じ、私の肩に額を押しつける。
こういう時のセシルは、酒場で男を手玉に取っている女とは別人のようだ。
もし生まれが違っていたなら。
もっと穏やかな場所で生きてこられたなら。
誰かに真っ直ぐ愛され、誰かを真っ直ぐ愛して生きていけたのかもしれない。
「シグレ……あたいの事好き?」
「好きだ、セシル。だから安心して私に身を任せろ」
私はセシルを恋人として愛しているわけではない。
だが見捨てることもできない。
相棒として、家族のように、あるいは傷を知る者同士として、私はこの女を放っておけないのだ。
雨の音が窓の外で続いている。
まるでセシルの心の奥に溜まった涙を流すような雨だ。
今日はこのまま、セシルのそばにいよう。
私の相棒の傷が少しでも和らぐなら、それでいい。
そしていつか、こんなセシルを受け入れて、セシルだけを愛してくれる誰かと巡り合い、穏やかな幸せを得られる未来が来ることを、私はひそかに願っている。