君とボクの二度目の冒険 〜転生した少年と幼馴染の勇者が、魔王の孤独を救うまで〜   作:屠龍

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第五十九話 暖かい部屋で

第五十九話 暖かい部屋で

 

 新しく借りた南向きの部屋は、先ほどの小部屋とは比べものにならないほどましだった。

 窓は大きく、夕暮れの名残の光がまだ薄く差し込んでいる。

 石壁は同じなのに、こちらは湿気が少なく、空気もよどんでいない。

 簡素なベッドが四つ並ぶだけの部屋ではあったけれど、少なくとも「嫌がらせのための部屋」ではなかった。

 

 扉が閉まると、ようやく四人とも小さく息をついた。

 

 「もう、腹立つ……」

 

 最初に声を上げたのはミレーヌだった。

 ベッドの端に腰を下ろし、まだ怒りが収まらないのか頬を膨らませている。

 

 「ボク、ああいうの本当に嫌い。見てるだけでイライラする」

 

 「まあまあ。ミレーヌ、さっき十分怒ってたじゃないか」

 

 セシルが肩をすくめる。

 けれど、その声にも笑いきれない棘があった。

 さっきのやり取りを面白がっていたわけではないのだろう。

 

 「怒るよ。だっておかしいもん」

 

 ミレーヌは即座に言い返した。

 

 「同じお金払って泊まるのに、フェリシアさんだけあんな部屋とか意味わかんない。しかも理由が理由だし」

 

 「そうだな」

 

 シグレが短く頷いた。

 窓辺に立って外を見ていたが、やがて振り返る。

 

 「ミレーヌが怒ったのは正しい。あれは誰が見ても理不尽だ」

 

 「ほらね」

 

 少しだけ得意そうに胸を張るミレーヌに、セシルが苦笑する。

 

 「でもさ、正しいだけじゃ通らない事もあるんだよ。だから金でねじ込んだんだ」

 

 「うん、それもわかるよ」

 

 ミレーヌは素直に頷いた。

 

 「シグレさんが言って、セシルさんがまとめてくれたから通ったんだもんね」

 

 「ま、あたいはああいうの慣れてるからね。面倒そうな相手には、面倒より得を見せたほうが早いのさ」

 

 「お前の場合、慣れているの方向性があまり褒められたものじゃないがな」

 

 シグレが淡々と突っ込む。

 セシルは「失礼だねえ」と笑ったが、その目の奥にはやはり怒りが残っていた。

 

 そのやり取りを、フェリシアは少し戸惑ったように見ていた。

 まだこの空気をどう受け取っていいのかわからないのだろう。

 けれど、先ほど廊下にいた時のような張りつめた固さは、少しだけ薄れている。

 

 「……ありがとうございます」

 

 フェリシアが、小さく頭を下げた。

 

 「でも、本当に気にしなくてよかったのです。私も兄さまも、こういうのには慣れていますから」

 

 「ボクは気にするよ」

 

 ミレーヌがすぐに言った。

 

 「慣れてるとかそういう問題じゃないもん。嫌なものは嫌でしょ」

 

 フェリシアは一瞬だけ言葉を失ったようだった。

 それから、どこか困ったように微笑む。

 

 「そう言ってくださる人は……あまりいません」

 

 「じゃあ今日から増えたね」

 

 セシルが軽く笑う。

 

 「一人どころか三人も。お得じゃないかい?」

 

 「セシル、それはどういう理屈だ」

 

 シグレが呆れたように言うと、部屋の中に小さな笑いが広がった。

 

 その笑いの中で、フェリシアの肩からも少しずつ力が抜けていくのがわかった。

 

 「兄さまが見たら、少し驚くかもしれません」

 

 フェリシアがぽつりと呟く。

 

 「何に?」

 

 ミレーヌが首を傾げた。

 

 「私が、こんなふうにすぐ笑うなんて思っていないと思うので」

 

 「クヌートさんって、フェリシアさんにはすごく甘いもんね」

 

 ミレーヌがくすっと笑う。

 

 「兄さまは不器用なんです。でも、私にはとても優しいんです」

 

 その言葉には、はっきりとした誇らしさがあった。

 フェリシアにとって、クヌートがどれほど大きな存在なのかが、その短い一言だけで伝わってくる。

 

 「いい兄妹だよね」

 

 ミレーヌが素直にそう言う。

 

 「ボク、そういうの好き」

 

 「……ありがとうございます」

 

 フェリシアは少し照れたように目を伏せた。

 その反応が可愛らしくて、セシルが面白そうに笑う。

 

 「こりゃ今夜は男子部屋のほうが地味だろうねえ。ユキナは気にして顔に出すし、クヌートはクヌートで黙ってるだろうし」

 

 「うん。ユキナ、多分すごく怒ってると思う」

 

 ミレーヌが即答する。

 

 「でも、真正面から怒るだけじゃ余計にこじれそうだから、どうしていいかわからなくなってそう」

 

 「ありそうだな」

 

 シグレも頷いた。

 

 「ユキナは真っ直ぐだからこそ、ああいう露骨な悪意に慣れていない。クヌートの方が、かえって落ち着いて見えるだろう」

 

 「慣れてるって嫌だよね」

 

 ミレーヌの声が少しだけ沈む。

 

 「怒るより先に諦めちゃってるみたいで、見ててつらい」

 

 その言葉に、フェリシアは静かに視線を下げた。

 否定しないのは、心当たりがあるからなのだろう。

 

 「兄さまは、怒っていないわけではないんです」

 

 フェリシアがぽつりと言う。

 

 「ただ……怒っても変わらない事の方が多いから、表に出さなくなっただけで」

 

 部屋の中が少し静かになる。

 ミレーヌも、シグレも、セシルも、すぐには言葉を返さなかった。

 

 それでも、その沈黙は重たいものではなかった。

 軽々しい慰めを差し込まず、きちんと聞こうとする静けさだった。

 

 「じゃあさ」

 

 最初に口を開いたのはセシルだった。

 

 「せめて仲間の前では、諦めなくてもいいようにしとこうか」

 

 フェリシアが顔を上げる。

 

 セシルは肩をすくめて続けた。

 

 「世の中全部が急に優しくなるわけじゃない。でも、同じ部屋にいる相手くらいは選べるだろ。あたい達といる時まで、そんな顔しなくていいってことさ」

 

 シグレが小さく頷く。

 

 「少なくとも、お前がここで遠慮する必要はない」

 

 「うん」

 

 ミレーヌも身を乗り出した。

 

 「今夜はここにいる人だけ信じてればいいよ」

 

 その言葉に、フェリシアはしばらく黙っていた。

 緑がかった金髪が肩の上で揺れ、長い睫毛の影が頬に落ちる。

 やがて彼女は、小さく、けれどはっきりと頷いた。

 

 「……はい」

 

 その返事は短かった。

 けれど、先ほどまでの「慣れています」という言葉より、ずっと柔らかかった。

 

 ミレーヌはようやく少しだけ安心して、ベッドの上で足をぶらぶらさせる。

 シグレは窓をきっちり閉め、夜気が入りすぎないように留め金を下ろした。

 セシルは「さて、寝る前に何か温かい飲み物でも持ってこようかね」と立ち上がる。

 

 差別も偏見も、今すぐ世界から消えるわけではない。

 明日になればまた、同じような視線を向けられるかもしれない。

 それでも、せめて仲間の前にいる時くらいは、そんなものに怯えなくていい。

 

 そんな夜が、一つくらいあってもいいはずだった。

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