君とボクの二度目の冒険 〜病弱だった僕は、二度目の命で幼なじみと世界を旅する〜 作:屠龍
第六話 僕は君を守りたい
診療所の前には誰の姿もなかった。
いつもなら夕方まで誰かしら出入りがあるはずなのに、その日は風が吹いているだけだった。
その光景の前で立ち尽くすミレーヌを見て、僕はこのまま一人にはできないと思った。
こんな悲しそうなミレーヌを見るのは初めてだったからだ。
「入ろうよ」
「う、うん」
自分の家なのに、ミレーヌは恐る恐る扉を開けた。
お邪魔します、と言って僕も中へ入る。
診察室では、ミレーヌのお父さんが帳簿を見ていた。
いつもなら患者に向けられているはずの手が、今日は机の上で静かに止まっている。
「おかえり、ミレーヌ」
僕たちに気づくと、いつものように穏やかに笑った。
「……お父さん。今日、患者さん来た?」
一瞬だけ、部屋の空気が止まった気がした。
けれどミレーヌのお父さんはすぐに笑みを戻した。
「少し減っただけだよ。気にしなくていい」
その言い方が、かえって痛々しかった。
ミレーヌも同じことを思ったのだろう。何か言いたそうに唇を動かしたけれど、結局何も言えずにうつむいた。
翌日には、町の空気がもっと露骨になっていた。
学校からの帰り道、大人たちのひそひそ話が風に乗って聞こえてくる。
みんなミレーヌを、腫れものみたいに見ていた。
「前の町で問題を起こした医者なんだって」
「やっぱり、よそから来た者は怖いねえ」
ミレーヌが足を止めた。
でも何も言わず、唇を噛んで歩き出す。
その時、通りの向こうから買い物帰りの女の人が二人やって来た。
僕たちに気づいた途端、片方が小さな子どもの肩を引き寄せる。
「だめよ、あまり近づいちゃ」
「でも、どうして?」
「……いいから、こっちに来なさい」
聞こえないふりをしているのに、声ははっきり耳に届いた。
ミレーヌの肩がびくりと揺れる。
僕は思わず拳を握りしめた。
そんな目で見るな。そんなふうに避けるな。そう叫びたかった。
さらに診療所の前まで来ると、扉の脇に置いてあった薬草の籠が倒されていた。
乾かしていた包帯も泥で汚れている。
誰かがわざとやったのは明らかだった。
「ひどい……」
ミレーヌが小さく呟く。
その声は、今にも壊れそうなくらいか細かった。
「お父さん、朝早くから準備してたのに……」
しゃがみこんで、泥のついた包帯を拾い上げる。
白い布に茶色い染みが広がっていく。
その手が震えていた。
僕は何か言わなきゃと思った。
でも、うまく言葉にならない。
今までずっと笑って受け流していたミレーヌが、初めて本当に傷ついているのがわかった。
「どうして、みんなお父さんのこと信用してくれないの」
声が震えていた。
「お父さん、ずっと頑張ってるのに。知らない人だってちゃんと診てるのに。悪いことなんてしてないのに」
そこでとうとう、涙があふれた。
「どうして、お父さんがこんな目にあうの!?」
僕は言葉を失った。
ミレーヌも、お父さんも悪くない。
そう言いたかった。
でも、それだけじゃ何も変わらないこともわかっていた。
「ミレーヌも、ミレーヌのお父さんも悪くないよ」
それでも、まずはそう言うしかなかった。
ミレーヌは泣きながら首を振る。
その姿を見ているだけで、自分の無力さが嫌になった。
このままだと、ミレーヌは本当にこの町にいられなくなるかもしれない。
リンへの怒りが湧いてくる。
あいつを殴って解決するなら、今すぐにでもやる。
でも、それで終わる話じゃない。
リンの家は金持ちで、この町では顔が利く。
子供の僕一人じゃ、どうにもできない。
それでも、泣き寝入りなんてできなかった。
僕は前世でお医者さんに助けてもらった。
病室で苦しんでいた僕を、最後まで諦めずに診てくれた人たちを覚えている。
だからこそ、こんなふうに人を救おうとしている医者が、根も葉もない噂で追い詰められるのを見過ごしたくなかった。
――それに、僕はミレーヌと別れたくなかった。
その時、ようやく自分の気持ちがはっきりした。
僕はミレーヌを守りたい。
子供同士のけんかの線なんて、とっくに越えている。
出来ることは少ない。
それでも、何もしないまま終わるなんて嫌だった。
子供のけんかに大人を頼るなんて恥ずかしい。
前ならそう思ったかもしれない。
でも今は違う。
恥ずかしくなんかない。
守りたいものがあるなら、使えるものは全部使うべきだ。
僕は泣いているミレーヌの肩に、そっと手を置いた。
「大丈夫。僕が何とかする」
強がりだったかもしれない。
でも、その時はそう言うしかなかった。
本当に何とかしたかったからだ。
ミレーヌは涙で濡れた目のまま、僕を見上げた。
緋色の瞳が揺れている。
いつもの強気な光は薄れていたけれど、それでも消えてはいなかった。
「……ユキナ」
「うん」
「ボク、もう少しだけ頑張る」
その声を聞いた瞬間、胸の奥が熱くなった。
この子はこんな時でも、まだ前を向こうとしている。
だったら僕も、逃げるわけにはいかない。
僕は大人を頼ることを決めた。