君とボクの二度目の冒険 〜転生した少年と幼馴染の勇者が、魔王の孤独を救うまで〜 作:屠龍
第六十話 クヌートの本音
女子部屋の騒ぎが片付いたあと、今度は男子部屋の割り振りが行われた。
僕とクヌートは、北向きの湿っぽい部屋に回された。
ハーフエルフと同じ部屋を嫌がる客が多かったせいだろう。
部屋に入った瞬間、かび臭い湿気と、近くの厠から漂う嫌な臭いが鼻をついた。
壁際には余計な調度品もなく、蝋燭立てのような小物まで片づけられている。
盗まれるとでも思われているのだと、すぐにわかった。
それが余計に腹立たしかった。
特に、人に教えを説くはずの神官が一番あからさまにクヌートたちを見下していたのが我慢ならない。
気づけば僕は、その神官を思いきり睨みつけていた。
その結果がこの部屋なのだろう。
当のクヌートは、そんな扱いに慣れているのか、どこ吹く風といった様子だった。
それがかえって僕にはつらかった。
怒ることさえ、もう意味がないと諦めているみたいで。
「ユキナは変な奴だ」
荷物を置き終えた頃、クヌートがぽつりと言った。
「そうかな?」
「そうだ。ハーフエルフのために怒る人間は、私とフェリシアの師匠以外で初めて見た」
その声は皮肉でも嫌味でもなく、ただ事実を述べているようだった。
僕は何と返していいかわからず、しばらく黙り込む。
窓の外では風が木立を揺らし、遠くで馬が鼻を鳴らした。
薄暗い部屋の中では、そういう音ばかりが妙に大きく聞こえる。
「怒りの精霊は思考力を奪う。気を付ける事だ」
精霊が見えるクヌートらしい窘め方だった。
「そう簡単に抑えられるなら苦労はしないよ」
僕がそう返すと、クヌートは少しだけ目を細めた。
「それならわかる」
短い返事だったが、最初に会った時よりずっと棘が少ない。
それだけでも、僕には少し嬉しかった。
「俺に対する蔑視は慣れた。だが、フェリシアに向けられる蔑視は我慢ならない」
その一言で、クヌートの中にある怒りの形がわかった気がした。
自分のことは諦めていても、妹だけは別なのだ。
僕たちはそれぞれのベッドに腰を下ろした。
湿っぽい敷布が少し冷たく、寝心地は悪そうだ。
それでも、さっきの空気の中に立っているよりはまだましだった。
「女子部屋の方、今ごろ大丈夫かな」
僕が何となく呟くと、クヌートは鼻で笑った。
「フェリシアはお前たちの女連中に囲まれているのだろう。むしろ私といるより安全だ」
「それはそうかも」
ミレーヌが怒り、シグレさんが抗議し、セシルさんが交渉していた姿を思い出す。
あの三人が一緒なら、たぶん部屋の空気まで変えてしまうだろう。
「ミレーヌは優しいからね」
「見ていればわかる」
クヌートが淡々と言う。
「お前もそうだが、あの女は特に感情を隠さない。だから見ていてわかりやすい」
「それ、褒めてる?」
「さあな」
少しだけ口元が緩んだように見えた。
気のせいかもしれないが、最初の頃ならこんな返し方はしなかった気がする。
僕は一度深呼吸してから、思い切って聞いてみる。
「クヌートはどうして旅をしているの?」
こういうことは、聞かない方がいいのかもしれない。
けれど、仲間として知っておきたかった。
僕もミレーヌも、本当はクヌートとフェリシアにこのままずっと一緒にいてほしいと思っている。
少し怖いけれど、クヌートはフェリシアが言うように不器用なだけなのかもしれない。
「フェリシアを守るには金が要るからな」
クヌートはあっさり言った。
「それに冒険者は実力が全てだ。ハーフエルフのウィザードを、正面から厄介者扱いする者は少ない」
その言葉は、希望というより諦めに近かった。
結局、認められるのは人柄でも善意でもなく、力と金だと言っているように聞こえたからだ。
「それじゃ、当分旅を続けるの?」
「ああ。どこかに定住するつもりはない。一生旅暮らしさ」
淡々とした口調だった。
でも、その淡々さがかえって重い。
「疲れないの?」
自分でも、少し子供っぽい問いだと思った。
でも聞かずにはいられなかった。
クヌートは少し考えてから、低い声で言った。
「疲れるさ。だが、他にましな道が無い」
その言い方があまりにも自然で、僕は言葉を失った。
この人にとっては、それが特別な嘆きでも何でもなく、ただ生きるための前提なのだ。
「ユキナは不思議な奴だ。どうしてそこまで関わりたがる」
「自分でもわからないよ」
それは本音だった。
この世界と違う世界の記憶がある僕には、ハーフエルフに対する偏見はない。
でも、そんな説明をしたところで変人扱いされるだけだろう。
「ただ……」
僕は少しだけ言葉を探した。
「仲間だからかな。クヌートとフェリシアが一緒にいてくれたら心強いし、もっとちゃんと仲良くなれたらいいなって思ってる」
言ってから、少し気恥ずかしくなる。
こういうことを面と向かって言うのは、やっぱり慣れない。
けれどクヌートは笑わなかった。
黙って僕の顔を見て、それからふっと息を吐く。
「……変な奴だな」
「またそれ?」
「褒めているつもりはない」
「じゃあ悪口?」
「さあな」
その返しに、今度は僕の方が少し笑ってしまった。
クヌートもほんの僅かに口元を緩める。
それはほんの一瞬で、見落としそうなくらい小さな変化だったけれど、確かに最初より柔らかかった。
親友と呼ぶにはまだ遠い。
気安く肩を組めるような相手でもない。
けれど、最初に会った時のような壁の高さは、もう少しだけ低くなっている気がした。
薄暗い天井を見上げながら、僕は思う。
いつかこの人とも、もっと自然に話せるようになるだろうか。
クヌートが警戒ではなく、本当の意味で僕たちを仲間だと思ってくれる日が来るだろうか。
そうなればいい。
そう思いながら、僕は静かに目を閉じた。