君とボクの二度目の冒険 〜転生した少年と幼馴染の勇者が、魔王の孤独を救うまで〜 作:屠龍
第六十一話 ルクス侯爵領――要塞都市の門――
第六十一話 ルクス侯爵領――要塞都市の門――
翌日、僕たちは昨夜の仮宿である修道院を後にした。
馬車に乗り込む時に神官たちが向けてきた蔑むような眼差しは、当分忘れられそうにない。
季節は収穫の秋を迎えようとしていた。
街道の両脇には、そろそろ刈り入れを待つ畑が広がっている。
風が吹くたび、麦に似た穂が波のように揺れ、その向こうに水車の並ぶ大きな街が見え始めた。
川面は午後の光を受けて白くきらめき、その水を引いた水路が畑の間を縫うように走っている。
荷馬車の列は途切れることなく街へ吸い込まれていき、水車の羽根は絶えず軋みながら回り続けていた。
豊かな土地なのだと、見ただけでわかる。
けれど、その豊かさはどこか冷たく整いすぎていて、僕の胸はなぜか素直に浮き立たなかった。
「あれがルクス侯爵領か……」
僕は思わず窓の外に目を凝らした。
ルクス侯爵領は、フレーベル国でも有数の豊かな土地だ。
水の便もよく土地も肥えている。
川沿いには荷馬車が列をなし、水車小屋の周囲では穀物を運ぶ人々が忙しく動いている。
交易の要衝らしい活気が、遠目にも伝わってきた。
けれど、近づくにつれて目を奪われたのは、その豊かさ以上に防御の厳重さだった。
高い城壁。
城壁にはいくつもの射撃穴があき、クロスボウを構えた兵士がこちらを見ている。
その手前を巡る水堀も広くて深い。
橋をいくつも渡らなければ辿り着けない城門。
首都フレーベルの城壁も大きいが、こちらはもっと露骨に「守るための街」という印象が強い。
豊かな穀倉地帯と交易路を抱えているからこそ、守りもまた容赦がないのだろう。
「うわあ……フレーベルより強そう」
思わず口に出すと、向かいのシグレさんが窓の外を見たまま答えた。
「実際、防御は相当高いだろうな。交易の要衝でもあるから、守りを固める意味が大きい」
たしかに、街に入るまでに渡った橋の数だけでも、この街が外敵をどれほど警戒しているかがわかる。
経済の街であると同時に、戦いを前提にした街でもあるのだろう。
やがて僕たちの乗った馬車は、ようやくルクス侯爵領の門前へと辿り着いた。
首都フレーベルの門番たちより、明らかに目つきが鋭い。
門の上の見張り台からこちらを見下ろす兵士たちは欠伸ひとつしておらず、馬車が止まるとすぐに数人が近づいてきた。
革鎧の上から金具を打ちつけた装備はよく手入れされていて、腰の剣も、肩から下げたクロスボウも飾りではないとひと目でわかる。
その足音は石畳の上で短く硬く響き、門の空気だけが別の街みたいに張りつめていた。
「全員降りろ。持ち物と身分証を確認する」
有無を言わせぬ口調だった。
僕たちは順に馬車を降り、荷物を開け、ギルドの許可証を見せる。
女性陣も容赦なく確認され、ミレーヌのような年若い女の子相手でも兵士たちの手つきは事務的で厳しかった。
袋の口を乱暴に広げ、衣服の間まで覗き込み、革紐で留めた小物入れまで逐一確かめる。
ただの確認だと言われればそれまでだが、こちらを最初から信用していないことだけは嫌というほど伝わってきた。
それだけでも居心地が悪いのに、クヌートとフェリシアの番になった途端、その空気はさらに悪くなった。
兵士たちは、あからさまに侮蔑と好奇の入り混じった目を向ける。
まるで珍しい見世物でも見るような、それでいて最初から信用していない視線だった。
クヌートの荷物を探る手つきだけが妙に雑で、フェリシアの外套を改める兵士の目には、職務以上の嫌な色が混じっている。
見張り台の上からも別の兵士たちが面白がるように見下ろしていて、その何人かは口元さえ隠さなかった。
僕の手に、思わず力がこもる。
この世界の人々は、ハーフエルフを犯罪者予備軍のように見ることが多い。
それが理不尽だとわかっていても、公然と口に出さずに済ませているだけだ。
そして今、侯爵家の兵士たちはそれを隠そうともしない。
ミレーヌも険しい顔で兵士を睨んでいる。
シグレさんとセシルさんは平静を装っていたが、内心で腹を立てているのはわかった。
フェリシアに容赦ない手が伸ばされると、僕は思わず兵士の手を振り払おうとした。
そんな僕の手を、フェリシアがそっと握る。
細い指先だった。
けれど、その力は驚くほどしっかりしていた。
そして、諦めたように小さく首を振った。
――やめて。
そう言っているみたいだった。
その表情は静かだった。
静かすぎて、余計につらい。
怒ることも、抗議することも、きっとこの子にとってはもう珍しいことではないのだ。
だからこそ、僕の方が息苦しくなる。
「犯罪歴は無いようだな。街で騒ぎを起こすなよ」
兵士がそう念を押すと、御者が卑屈な笑いを浮かべた。
兵士は鼻を鳴らし、当然のように顎をしゃくる。
僕たちは再び馬車へ戻り、ようやく城門をくぐった。
分厚い木門の陰に入った瞬間、さっきまでの視線は遮られたはずなのに、胸の奥のざらつきは消えなかった。
車輪が石畳を軋ませ、御者が小さく馬を促す。
誰もすぐには口を開かなかった。
卑屈に笑った御者の顔と、兵士の見下した目だけが、妙に頭に残っていた。
「あれが支配する側とされる側の顔だ」
シグレさんが静かに言った。
「お前たちは、あんな顔になるなよ」
僕は無言で頷いた。
侯爵家の兵士だというだけで尊大に振る舞う者。
その門を通るために卑屈な笑いを浮かべる御者。
クヌートとフェリシアのことを何も知らないくせに、最初から見下している兵士たち。
僕がどんなに偉くなったとしても、ああはなりたくない。
そう、心の底から思った。