君とボクの二度目の冒険 〜転生した少年と幼馴染の勇者が、魔王の孤独を救うまで〜 作:屠龍
第六十二話 不愉快な街
僕たちがルクス侯爵領に来たのは、依頼を正式に受けるためだ。
今回は侯爵領に属する村からの依頼なので、報酬もルクス侯爵側から支払われることになっている。
城下にある役所へ向かい、冒険者ギルドから受け取った依頼受諾書を提出する。
役所は要塞都市らしく石造りの重厚な建物で、遠目には行政のための施設というより、小さな砦のようにも見えた。
正面階段の石は長年の往来で角が削れ、両脇には槍を持った衛兵が直立している。
大きな扉をくぐると、外の喧騒が一段遠のき、代わりに硬い靴音と低い話し声が高い天井へ反響した。
建物の中は広く、人の出入りも多い。
だが、その広さには開放感より先に、よそ者を小さく見せる冷たさがあった。
磨かれた石床の上を、商人たちが足早に行き交う。
帳簿を抱えた書記や、胸元まできっちり留めた服を着た役人たちは、僕たちのような旅装の一団を見るなり、会話の流れを切らないまま視線だけを向けてきた。
その目は声に出さない分だけ露骨で、まるで「場違いなよそ者が来た」と言っているみたいだった。
特に若い僕が先頭に立っているのが珍しいのだろう。
好奇と値踏みの混じった視線が、じろじろとこちらをなぞる。
そしてその目がクヌートとフェリシアへ移った瞬間、城門で見たのと同じ色に変わった。
あからさまな侮蔑までは隠している。
けれど、「信用できない」「近づきたくない」と思っているのがわかる目だった。
役所の中でも同じ不快さを覚えた僕は、さっさと手続きを済ませることにした。
窓口に立つと、口ひげを生やした不愛想な役人が書類を受け取って目を通した。
年季の入った木机の上には判とインク壺が整然と並び、役人の指先はそれを迷いなく扱う。
いかにも事務手続きに慣れた手際の良さで、長年同じ作業を繰り返してきたのだとわかる。
だが、その目線は冷たかった。
書類を見る視線は慣れていても、人を見る目は少しも柔らかくない。
「冒険者か。この依頼を引き受けるという事で良いのだな」
どこか尊大な口調だった。
僕が頷くと、役人は少しだけ眉を上げる。
若い僕が一行のリーダーだとわかり、驚いたのかもしれない。
その一瞬だけ、値踏みするような沈黙があった。
僕はその間、妙に背筋を伸ばしてしまう。
ここで気圧されたら駄目だと思ったからだ。
けれど、それ以上余計なことは言わず、役人は判を押して書類を返してきた。
あとは依頼主の村でオーガ退治完了の印を貰えば、報酬が支払われることになっている。
面倒ではあるが、冒険者相手ならこのくらいの確認が必要なのだろう。
……そう思いかけたところで、また嫌な視線が刺さった。
役所の職員たちも、クヌートとフェリシアには露骨な蔑みの目を向けていた。
兵士たちほどあからさまではない。
それでも、書類を運ぶ若い書記が二人のそばだけ少し遠回りをし、奥の机にいた年配の役人が露骨に顔をしかめる。
商人のひとりは、フェリシアの耳を一瞥すると、わざわざ自分の荷物を抱え直して距離を取った。
表立って追い払うことはしない。
だが、同じ空気を吸うのも嫌だとでも言いたげな、その半歩の距離がひどく生々しかった。
さっき門で見たのと同じものだった。
この街では、ハーフエルフはどこへ行ってもまず疑われる。
それが当たり前の空気として根付いている。
兵士も、役人も、たぶん街に暮らす普通の人々も、きっと同じなのだろう。
僕は奥歯を噛みしめた。
ここは豊かで、大きくて、強い街だ。
橋があり、城壁があり、交易があり、役所も整っている。
川の流れを利用し、水車を回し、物資を集め、税を取り、人を動かす。
そういう仕組みだけを見れば、この街はよく出来ているのだと思う。
けれど、その整った仕組みの中にいる人間たちが、こうして当然のように誰かを見下している。
豊かな街なのに、息苦しい。
強い街なのに、好きになれない。
「外面はいいのに内面が腐ってる」
思わず漏れた僕の低い声に、クヌートが一瞬だけ驚いたあと、静かに頷いた。
それは賛成なのか、呆れなのか、すぐにはわからなかった。
でも少なくとも、さっきまでみたいな突き放した無関心ではなかった。
「用は済んだな」
シグレさんが低く言った。
「はい」
僕はすぐに頷いた。
これ以上、この役所にいたくなかった。
書類の手続きは終わったのに、まだ何か汚れた空気が服の内側にまとわりついているみたいで気分が悪い。
この街にいるだけで、クヌートとフェリシアが何度も同じような目に晒されるのかと思うと、それだけで胸の奥がざらついた。
さっさと依頼を果たして、この不愉快な街を出よう。
心の中でそう決める。
ここは、長くいたい場所ではなかった。