君とボクの二度目の冒険 〜転生した少年と幼馴染の勇者が、魔王の孤独を救うまで〜 作:屠龍
第六十三話 ホレ村の不穏
ルクス城の比較的新しい外壁の内側にある街区の宿で一泊したあと、僕たちはオーガが目撃されたホレ村へ向けて出発した。
村までは、ニーノという小麦に似た穀物を受け取りに行く行商人の荷馬車に便乗させてもらうことになった。
帰りの荷台は収穫したニーノで埋まるので、僕たちは歩きになる。
だからこそ、行きだけでも乗せてもらえるのはありがたかった。
護衛代わりに報酬を払う形にはなったけれど、重い鎧を着て長く歩かずに済むのは本当に助かる。
街道の両脇には、収穫を待つニーノ畑が広がっていた。
淡い金色の穂が秋の風に揺れ、ところどころに荷馬車や農夫の姿が見える。
穏やかで、豊かな景色だった。
「最近までこのあたりも物騒だったんだがな」
御者台の商人が、手綱を握ったままそう言った。
「ゴブリンどもが出ていたせいで、しばらく街道は静かだった。だが今は違う。侯爵家の兵士がきっちり掃討してくれたからな」
「やっぱりルクス侯爵領の兵士は強いんですね」
「交易路を守るのも仕事のうちさ。ここは荷が止まればすぐ損になる土地だからな」
なるほどと思う。
ルクス侯爵領の兵士たちは嫌な感じだったけれど、守るべきものがはっきりしている分、ゴブリン退治にも本腰を入れるのだろう。
そうして馬車に揺られ、夕方近くになってようやくホレ村へ辿り着いた。
豊かに実ったニーノが畑を埋めている。
風景だけを見れば、収穫を前にした穏やかな農村にしか見えなかった。
けれど、村の中へ歩いて入ろうとした時、クヌートが手を上げて僕たちを制した。
「どうしたんですか?」
「おかしいと思わないか?」
「何がですか?」
クヌートは畑の方を顎で示した。
「収穫の季節だというのに、刈り取りの指揮者がいない」
言われて、僕もはっとした。
確かに村人たちは畑に出ている。
けれど、活気がない。
刈り入れの歌声も聞こえないし、人の数も少ない。
収穫期の村なら、もっと賑やかで、もっと慌ただしくてもいいはずだった。
僕は刈り入れをしている四十代くらいの男へ声をかけた。
服は何度も継ぎ接ぎされた仕事着で、泥にまみれた革靴もかなりくたびれている。
畑の端では五歳くらいの女の子が遊んでいたが、その子も大人のお下がりらしい大きなシャツを着ていた。
村全体が、見ただけで決して豊かではないとわかる。
「どうして刈り入れの歌を歌っていないんですか?」
「村長や皆が流行り病で寝込んじまってな。それはいいが、あんたらは誰だい?」
「僕達はオーガ退治に来た冒険者です」
「おお、待っておったよ。わしが依頼したシムという者じゃ。オーガの発見と同じころに流行り病が出てな。何人も死んで、皆おびえておる」
流行り病。
村の様子に活気がないのは、そのせいか。
「安心してください。僕達がオーガを退治して、不安を取り除きます」
「それは頼もしい。村長の病がうつるといけないから、わしが代わりに説明しよう。こっちにきなされ」
そう言ってシムさんは、村の広場へ僕たちを案内した。
広場といっても、ただ少し開けた場所に家が集まっているだけだ。
そこにある掲示板へ簡単な地図が貼ってあり、シムさんはそこを指差した。
「ここがホレ村じゃ。オーガを見たのは、この森の奥じゃな。村外れの小道を十分ほど進むと沢がある。そこには獣道があって、その先を四時間ほど歩いた場所で見た」
「随分近いんですね」
「だから皆おびえておる。人の足で四時間でも、森の妖魔ならもっと早い。いつ襲ってくるかわからんでな」
僕は思わず地図を見つめた。
想像していたよりずっと近い。
しかも村では流行り病が出ていて、まともに動ける人間も少ない。
もし今夜オーガが村へ来たら、逃げ遅れる人が出てもおかしくない。
秋の夕暮れは早い。
空はまだ明るいのに、森の縁にはもう夜の色が滲み始めていた。
早く不安を取り除きたい。
でも、もうすぐ日が暮れる。
いつもなら一晩泊まって朝に動く。
けれど今回は、その「いつも」でいいのか迷った。
村の中を吹き抜ける風は冷たく、刈り入れの止まった畑はひどく静かだった。
その静けさが、かえって「何かが起こる前触れ」のように思えてならない。
「ユキナ、どうしたの?」
いつの間にか隣に来ていたミレーヌが、僕の顔を覗き込んだ。
僕は地図から目を離せないまま、小さく息を吐く。
「……うまく言えないけど、今すごく危険な気がするんだ」
「危険って、オーガが来るってこと?」
「うん。それだけじゃない。村が弱ってる今だからこそ、何か仕掛けてくる気がして……嫌な感じがする」
ミレーヌは少しだけ表情を引き締め、僕と同じように森の方を見た。
僕がオーガなら、まず狩り入れを終えたニーノを狙う。
収穫前後の村は食べ物が集まるし、人間も気が緩みやすい。
しかも今のホレ村は流行り病で弱っている。働ける人間は少ないし、いざ襲われてもすぐには逃げられない。
それに、このタイミングで疫病が広がっているのも引っかかった。
都市のように人が密集した場所ならともかく、こんな小さな村で短期間に一気に広がるのは少し出来すぎている気がする。
出発前に、オーガは人間並みの知能を持つと聞いた。
ただの力任せの魔物だと思っていたら危ない。
もし相手が村の弱り目を見て動いているのだとしたら――。
ふと見上げると、月は満ちかけていた。
満月が近ければ、夜道も森の中も普段よりは見通しがきく。
夜襲にはもってこいだ。
これはまったくの勘だ。
でも前世でそういう戦の話をよく知っていた僕には、今夜来るかもしれないという考えが、妙に現実味を持って迫ってきた。