君とボクの二度目の冒険 〜転生した少年と幼馴染の勇者が、魔王の孤独を救うまで〜   作:屠龍

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第六十六話 夜の闇を切り裂いて

第六十六話 夜の闇を切り裂いて

 

 セシルさんが闇の中へ消えていったあと、僕たちは草陰で息を潜めていた。

 夜目の魔法があっても、森の奥はどこか現実感が薄い。

 紙を持つ指先だけが妙に冷たく感じる。

 風が枝を揺らすたび、葉の擦れる音がやけに大きく聞こえた。

 闇の向こうに何が潜んでいるのかわからないまま、僕たちはただセシルさんの戻りを待つ。

 

 戦闘に備えて、僕たちは声を出さずに文字で作戦会議をすることにした。

 初のリーダーとしての決断に紙を持つ手が少し震えた。

 石墨が紙を擦る小さな音さえ、今はひどく気になる。

 誰も喋らないのに、皆が同じ緊張を抱えているのがわかった。

 

 僕が紙に

 『戦闘を行いますか?』

 と書くと、シグレさんが受け取り、すぐ下に書き足す。

 

 『やるなら今がいい。魔法と矢が届く』

 

 シグレさんは即断らしい。

 幸い黒猫の目で視界はいい。

 迷いのない字が、場数の違いを物語っていた。

 

 続けてミレーヌが書いた。

 

 『やり過ごすことはできないかな?』

 

 見つからずに済むなら、それが一番いい。

 ミレーヌはそう考えているのだろう。

 僕だって無駄な戦闘は避けたい。

 けれど、一匹でも逃がせば後で村に害が及ぶかもしれない。

 

 そしてクヌートが紙を取り、迷いなく記した。

 

 『音を立てずに倒すなら、眠りの魔法で眠らせ、沈黙で音を消してから仕留める』

 

 クヌートには自信があるようだ。

 さらにフェリシアが書き添える。

 

 『陽動としてこの子を使いましょう』

 

 そう書いて、黒猫の頭を撫でた。

 黒猫は喉を鳴らすように目を細め、まるで自分の役目を理解しているみたいに静かだった。

 

 やり過ごすより、確実に始末したほうがいい。

 僕はそう判断して書く。

 

 『ゴブリンを生かしておくと後々害になる。全滅させましょう』

 

 ミレーヌは少し考えたあと、静かに頷いてくれた。

 反対したい気持ちもあるのだろう。

 それでも、村のことを思えば見過ごせないと理解してくれたのだ。

 

 しばらくして、セシルさんが戻ってきた。

 まるで影に溶け込んだようだ。

 ゴブリンではきっと捉えられないだろう。

 息も乱れていない。

 さすがだと思う。

 落ち葉を一枚も鳴らさず戻ってくる姿は、夜の森そのものが人の形を取って現れたみたいだった。

 

 セシルさんは紙に、状況を手早く書きつけた。

 

 『ゴブリンは2匹ずつ3組、合計6匹。半円状に展開。奥に洞窟あり。おそらく住処。オーガは未確認』

 

 オーガがゴブリンを手下にすることは珍しくない。

 なら、洞窟の中にいるかもしれない。

 

 さらにセシルさんは続けて書く。

 

 『夜明け前で見張りが交代する。交代の瞬間を狙うのはどうだい?』

 

 なるほどと思う。

 今ならまだこちらに気づいていない。

 しかも見張り交代の瞬間なら、相手の警戒も緩みやすい。

 それにじきに夜が明けるころだ。

 黒猫の目があるとはいえ、明るいに越したことはない。

 

 僕は紙を受け取り、深く息を吸ってから書いた。

 

 『それで行きましょう。夜明けまで待って、見張り交代の瞬間を襲います』

 

 みんなが頷いてくれた。

 初心者同然のリーダーの判断を、こうしてちゃんと受け入れてくれる。

 そのことが、ありがたかった。

 

 夜明けまでのわずかな時間を使って、僕たちは森の中をさらに移動した。

 太陽を背にし、攻撃できる位置を探るためだ。

 セシルさんが風を確かめ、シグレさんが立ち位置を決め、クヌートとフェリシアが僕たちに匂いを消すコンシール・セルフの魔法をかける。

 

 これで音も匂いも抑えられる。

 姿まで消すと味方の位置がわからなくなるので、そこまではしない。

 十分だった。

 夜が明けるまでの時間、緊張で顔をこわばらせた僕にセシルさんが優しく微笑む。

 何かあったらフォローすると目で告げてくれた。

 シグレさんも頷き、ミレーヌは微笑みつつ手を胸の前に当て少し震えていた。

 クヌートもフェリシアも僕を見つめて頷いてくれる。

 僕とミレーヌは冒険者の先輩たちに恵まれた。

 白み始めた森は静かすぎて、かえって耳が痛いほどだった。

 夜明け前の冷え込みが一段強まり、吐く息が薄く白む。

 長く感じた待ち時間のあいだ、僕は何度も剣の柄を握り直した。

 

 やがて、夜明けが来た。

 

 森の奥がわずかに白み、見張りのゴブリンたちが交代を始める。

 セシルさんが僕の肩を優しく叩いてくれた。

 僕は手を前に振る。

 奇襲開始だ。

 クヌートが低く呟いた。

 

 「サイレンス、スロー、スリープ」

 

 ほとんど同時に三つの呪文が放たれる。

 交代したばかりのゴブリンたちは声を上げることもできず、身体の動きを鈍らせ、そのまま眠りへ落ちた。

 何が起こったのか理解できないまま瞼を閉じるその様子が、かえって不気味だった。

 

 「黒猫、お願い」

 

 フェリシアがそう囁くと、黒猫が音もなく草を滑るように走る。

 その目を通して見る他の配置は、まだ異変に気づいていない。

 

 次の瞬間、セシルさんの矢が飛んだ。

 戻ろうとしたゴブリンの喉を正確に射抜く。

 同時に、フェリシアの精霊魔法で鋭く尖った木の槍が地面から突き上がり、別の一匹を串刺しにした。

 土を割って伸びた木の槍は生き物みたいにしなり、朝靄の中で一瞬だけ冷たく光った。

 

 眠っているゴブリンには、僕とミレーヌとシグレさんがとどめを刺す。

 喉へ刃を入れる感触は慣れない。

 それでも、ためらうわけにはいかなかった。

 刃が沈むたび、これが本当の戦いなのだと嫌でも思い知らされる。

 

 次の組も、その次の組も、同じように処理していく。

 紙の作戦会議で決めた通り、音を立てず、確実に潰す。

 驚くほど綺麗に連携が決まった。

 

 ゴブリンたちは最後まで、何が起きているのか理解できなかっただろう。

 

 こうして、外の警戒網は崩れた。

 

 けれど僕の胸の中にある緊張は、少しも解けなかった。

 むしろ、ここからが本番だと思ったからだ。

 森が静かになったぶん、洞窟の奥に潜むものの気配だけが、逆にはっきりした気がする。

 

 オーガはまだ見つかっていない。

 洞窟の奥にいるかもしれない敵を思うと、喉の奥が乾いた。

 

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