君とボクの二度目の冒険 〜転生した少年と幼馴染の勇者が、魔王の孤独を救うまで〜 作:屠龍
第六十七話 強襲
見張りのゴブリンを素早く倒した僕達は、洞窟へと走った。
ちょうど見張りを交代したばかりのゴブリンが二匹、入り口に立っている。
夜行性のゴブリンにとって、夜明け前はもっとも気が緩みやすい時間だ。
セシルさんの矢が飛ぶ。
一匹の喉に正確に突き刺さり、もう一匹が声を上げようとした瞬間、
「エネルギーボルト」
クヌートとフェリシアが同時に放った魔法が胸を穿ち、ゴブリンはその場に崩れ落ちた。
「みんな行くよ」
今の物音に気づいて、奥から飛び出してくる気配はない。
黒猫が偵察した限り、出入り口はここだけだ。
ゴブリンはオーガに率いられていない限り統率が脆い。
今なら押し切れる。
「ゴブリンの動きが鈍いですね。オーガはいないのでしょうか?」
僕が走りながら問うと、隣のシグレさんが短く答えた。
「おそらくな。オーガがいるなら、もう少し締まっている」
それなら今のうちに片をつけるべきだ。
洞窟に抜け道はない。
夜明けの奇襲で、ゴブリンの頭が冴える前に決着をつける。
スカウトのセシルさんを先頭に、僕、ミレーヌ、クヌート、フェリシア、シグレさんの順で洞窟へ入る。
後ろをシグレさんが押さえてくれているので、安心して前へ進めた。
湿った空気と獣臭が鼻をつき、足元の土はぬかるんでいる。
狭い洞窟では、取り回しのいいショートソードが役立った。
「ライト。ウィルオーウィプス。サイレンス」
クヌートとフェリシアが魔法を重ねる。
目の前で灯る光にゴブリンがひるみ、その間に僕達が切り伏せる。
戦闘音は沈黙の魔法に飲み込まれ、怪我をすれば精霊の光がすぐに癒やしてくれる。
連携は驚くほど滑らかだった。
ゴブリン達は武器を取る間もなく倒れていく。
洞窟の奥へ進み、寝床にいた連中も眠りの魔法で無力化して、一匹ずつ確実に仕留めた。
そして、一番奥にたどり着いた時。
そこは子供ゴブリンの部屋だった。
狭い空間の奥に、小さな影がいくつも固まっている。
湿った土の匂いに混じって、獣臭と血の生臭さがこびりついていた。
壁際には汚れた布切れや骨の欠片が散らばり、ここが巣のいちばん奥なのだと嫌でもわかる。
子供のゴブリン達は、洞窟の隅へ身を寄せ合うようにして僕達を見上げていた。
全身に緑色の返り血を浴びた僕達は、きっと怪物みたいに見えるだろう。
「……ユキナ、ミレーヌ。私がやろうか?」
シグレさんが静かに言ってくれた。
その気遣いがありがたくて、一瞬だけ甘えそうになる。
でも、僕は首を振った。
いつまでも、誰かに背負ってもらうわけにはいかない。
ゴブリンは村人を攫い、食い、増える。
ここで見逃せば、また誰かが犠牲になる。
頭ではわかっているのに、目の前の小さな影を前にすると、剣を握る手がひどく重かった。
怯えた目で見上げてくる。
言葉は通じない。
通じないはずなのに、許しを乞われているような気がしてしまう。
喉の奥が詰まり、胸のあたりが冷たく縮んだ。
憎くないといえば嘘になる。
攫われ、汚され、使い潰された女たちのことを思えば怒りはある。
けれど、その怒りだけではこの小さな相手に剣を振り下ろせなかった。
だから、背負うしかなかった。
ここで目を逸らせば、きっとこの先も逃げることになる。
「許してとは言わない。恨んで」
自分でも驚くほどかすれた声でそう言って、僕はショートソードを振り下ろした。
小さな身体が斬り裂かれ、壁際へ転がる。
その軽さが、かえってつらかった。
次へ行かなければならない。
わかっているのに、足がほんの少しだけ止まった。
その時、ミレーヌが僕の隣に立った。
「ユキナが全部背負うこと無い。ボクにも背負わせて」
その声は優しかった。
優しいのに、逃がしてはくれなかった。
僕一人を綺麗なままにしてくれる言葉ではなく、一緒に汚れると決めた声だった。
ミレーヌは迷いを飲み込むように小さく息を吸い、ショートソードを握り直す。
そして、怯えて後ずさろうとした子供ゴブリンへ、静かに刃を突き立てた。
小さな身体がびくりと跳ねて、やがて動かなくなる。
胸が痛んだ。
でも同時に、少しだけ救われた気もした。
一人で背負うと思っていたものに、黙って隣へ並んでくれる人がいる。
それがどれほど救いになるのか、今の僕は痛いほどわかっていた。
綺麗なだけの女の子なら、この世界にいくらでもいるのかもしれない。
けれど、血に濡れた僕の隣に立って、同じ罪を背負うと決めてくれる子がどれだけいるだろう。
この手だけは、絶対に離したくない。
何があっても、僕はミレーヌを守る。
そして、生涯をかけてこの子を愛そう。
そう、胸の奥で強く誓った。
僕とミレーヌが子供ゴブリンを殺している間、他のみんなは逃げた個体がいないか確認していた。
クヌートとフェリシアが隠れたゴブリンの位置を暴き、シグレさんが逃がさず仕留める。
巣穴へ突入してから二時間ほどで、僕達はすべてのゴブリンを殺し尽くした。
その後、洞窟をくまなく探したが、生き残った人間は一人も見つからなかった。
「子供も入れて三十匹だな。子供がいたという事は、孕み袋にされた女がいたはずだが見当たらない。つまり、もう食われた後だ」
そう言ってシグレさんが血で汚れた剣を布で拭い、鞘に納める。
さらに奥を探ると、ボロボロになった農民の衣服と骨が見つかった。
女物が三人分、男物が二人分。
五人分だ。
犠牲者は五人。
もっと早く来れば防げたかもしれないと後悔する。
だが、自分が早く動けば必ず誰かを救えると思うのは危険だ。
シグレさんに釘をさされた事だ。
「どういう事でしょう?」
思わずそう漏らした時、ミレーヌが低く言った。
「ユキナ、相談は洞窟の外でしない? ボク、ここにもういたくない」
その声に、僕もようやく自分の肺が浅くしか呼吸していないことに気づいた。
湿った血の匂いと、洞窟の奥にこびりついた腐臭が、今さらみたいにまとわりついてくる。
「……うん、外に出よう」
全員が頷き、僕達は洞窟をあとにした。