君とボクの二度目の冒険 〜転生した少年と幼馴染の勇者が、魔王の孤独を救うまで〜 作:屠龍
第六十八話 オーガの罠
外に出て自分の身体を見ると酷い惨状だった。
魔法で戦っていたクヌートとフェリシア以外はゴブリンの緑色の返り血を浴びていた。
無駄な動きが無かったシグレさんとセシルさん、そして前衛でなかったミレーヌはそれほどでもないが、僕の身体は返り血で所々緑色になっていた。
無我夢中で剣を振るったから無駄な動きが多かったのだろう。
手足やブレストプレートにこびり付いた緑色の血は、先ほどの子供ゴブリンの事を思い出させる。
成長したら被害が拡大するとわかっていても、やりたくない事だ。
でも背負うと決めた。
そして隣には一緒に背負ってくれるミレーヌがいる。
きっと乗り越えられる。
洞窟の外は、夜明けの光が薄く森を照らし始めていた。
白んだ空気はひどく冷たく、火照った頬や返り血のこびりついた手足に触れるたび、ぞくりと肌が粟立つ。
湿った土と朝露の匂いが、洞窟の中に満ちていた血と腐臭を少しだけ薄めてくれる。
それでも、鎧や手袋にこびり付いた緑色だけは現実みたいにはっきり残っていた。
森は静かだった。
静かなのに、僕の中だけがまだ洞窟の奥に取り残されている気がする。
「黒猫が言うには近くにゴブリンの巣穴は無いようです」
黒猫を抱いて頭を撫でているフェリシアはそう言って報告してくれる。
近くにオーガもいないという事はどういう事だろう。
僕が頭を捻っていると、クヌートが低く言った。
「ゴブリンの身体を見ると血色も良く、孕み袋の女性を食う程飢えてはいない。つまり食料が豊富だったという事だ」
嫌な話だが、食料になる人間には事欠かなかったということだ。
僕は思わず洞窟の奥を振り返る。
あそこには、食い残しのような女の死体すらなかった。
つまり、必要なだけ使い、食って、それでもなお不足しないだけの“供給”があったということになる。
この近くで人間を調達できる場所なんて、僕たちがいたホレ村しかない。
ホレ村では流行り病で何人も死んだと言っていた。
しかも、オーガが発見されてから流行り病が広がったとも。
そこまで考えた時、ばらばらだった点が一つに繋がる気がした。
もし、ただ村の死人を拾って食べていただけなら、ここまで都合よくゴブリンの数は増えない。
それに、ゴブリンだけにこんな真似ができるとは思えなかった。
だが、オーガなら。
人に化けられて、人間並みの知能があるオーガなら、村の中に入り込み、病を広げ、死人を“食料”として回収し続けることも不可能じゃない。
――まさか。
胸の奥が冷たくなる。
ここから導き出されるのは、一つしかなかった。
「すぐにホレ村に戻りましょう」
「ユキナ、どういう事? ボクにわかるように説明してよ」
どう説明すればいいだろう。
僕は一つずつ順番に言葉を選んだ。
「ここにいたゴブリンは、食料に困ってなかった」
「うん。そこまではボクもわかるよ」
「でも、ゴブリンがホレ村を襲った形跡はない。略奪したなら、もっと村は荒れていたはずだ。じゃあ何を食べていたと思う?」
そこまで言った瞬間、ミレーヌははっと息をのんで顔をこわばらせた。
想像したくない事に気づいたのだろう。
「……流行り病で死んだ村人の遺体を、回収してここで食べていたってこと?」
「たぶん。でも、それだけじゃない気がする」
僕は自分の中で繋がりかけた考えを、慎重に言葉にする。
「ホレ村では、オーガが見つかってから流行り病が広がったって言ってた。ゴブリンにそこまでの知恵はなくても、オーガなら話は別だ。人に化けられて、人間並みの知能があるなら、村に入り込んで病を広げることもできるかもしれない」
ミレーヌが小さく首を振る。
「つまり、オーガが村の中にいるかもしれないってこと……?」
僕は頷いた。
「僕の仮説が正しければ、オーガはホレ村を食料源にしてる。病で人を弱らせて、死者をゴブリンに食わせながら数を増やして、最後に村ごと襲うつもりだったのかもしれない」
僕の発言に、クヌートがすぐに頷いた。
「ありうるな。そう考えれば、ゴブリンが飢えていなかった事も説明がつく。となれば、村人の中にオーガが潜んでいると考えるべきだろう」
「僕もそう思う。これ以上の犠牲者が出る前に戻らないと」
「そういう事なら便利な魔法がある。フェリシア、フライだ」
クヌートが即座に印を結ぶ。
フェリシアも迷わずそれに続き、次の瞬間、僕たちの身体はふっと宙へ浮いた。
足元の土が離れ、景色が一気に沈む。
初めて空を飛んだのに感動が湧かなかったのは、気が急いていたからだろう。
「飛行魔法だ。森の上を飛べば一時間もかからん」
「そんな魔法があるなら最初から使えば――」
「消耗が大きい。戦闘前には切れん。それに空から近づけば見つかっていた」
それだけ言えば十分だった。
今は説明より、一刻も早く戻る方が大事だ。
「みんな急ごう」
僕がそう言うと、僕たちは木々の上まで一気に浮かび上がり、そのままホレ村へ向けて加速した。
冷たい風が顔を打ち、朝の森が足元を流れるように後ろへ飛んでいく。
間に合ってくれ。
その願いだけを胸に、僕は前を見つめていた。