君とボクの二度目の冒険 〜病弱だった僕は、二度目の命で幼なじみと世界を旅する〜 作:屠龍
第七話 君を守る夜
ミレーヌを送り届けたあと、僕は決意を新たにした。
もうあんな顔を見たくない。
夕暮れの町を、僕は走った。
向かう先はヤオの家だ。
西の空はもう赤く染まりはじめていて、家々の屋根の向こうに長い影が伸びていた。
昼間は賑やかな通りも、店じまいの支度を始めた大人たちの声がちらほら聞こえるばかりで、どこか急かされるような静けさがあった。
足を止めている場合じゃない。
陽が落ちきる前に、どうしてもヤオたちに話さなければならなかった。
ヤオの家は町でも顔の利く乾物屋だった。
「ヤオはいますか?」
店番をしていた人に聞くと、シンジの家まで遊びに行ったらしい。
「ありがとうございます」
そろそろ日も落ちる。急がないといけない。
シンジの家は町の門の近くにある。
「ヤオー! シンジーっ!!」
家の前には見張りの兵士が何人か立っていた。
ちょうどヤオを送り届けるところだったらしい。
僕は息を切らしながら二人のところへ駆け寄った。
「どうしたんだ、こんな時間に?」
「遊ぶなら明日にしようぜ」
「明日じゃ間に合わないんだよ」
僕の顔を見て、ヤオとシンジの表情が変わった。
ただ事じゃないと察したのだろう。
見送りの兵士を少し待たせて、僕たちは三人で話をした。
「ミレーヌのお父さんの話、聞いてるよね」
「そりゃ町中の噂になってるからな」
ヤオの家は商売人だから、噂はすぐ耳に入る。
僕は泥で汚れた包帯を取り出して二人に見せた。
「これ、ミレーヌの家にあったんだ。嫌がらせで汚されてた。みんな、ミレーヌのお父さんが人を死なせたとか、金持ちだけを治療してるとか、勝手な噂を流してる。このままだと、ミレーヌのお父さんは町で暮らせなくなるよ」
ヤオは包帯を見つめたまま、落ち着かなさそうに目を動かした。
「でもさ、俺たちじゃどうしようもないよ」
そう言ったヤオに、シンジがきっぱり言う。
「そんな事言ってる場合かよ。ミレーヌがいなくなるんだぜ、それでもいいのかよ」
「よくはないけどさ……」
二人の顔を見て、僕は言った。
「もう出来ることは何でもしよう。お父さんたちを頼るんだ」
「……それって格好悪くないか? 子供の喧嘩に親巻き込むのかよ」
「格好がいいとか悪いとか、そんなのどうでもいいよ! 僕はミレーヌを助けたい!」
言い切った瞬間、自分でも胸の奥が熱くなった。
ヤオとシンジは一瞬きょとんとしたあと、揃ってにやにやし始める。
「そうだよな。ミレーヌがいなくなったら困るもんな」
「特にユキナにとってはな」
二人にそう言われて、ようやく自分が何を口走ったのか気づいた。
顔が熱くなる。
でも、否定はできなかった。
その夜、ヤオの家で僕たち三人の父親が顔を揃えた。
乾物屋の奥の座敷には、昼間の魚の匂いとは違う、炭火と茶の匂いが薄く残っている。
外はもうすっかり暗くなり、格子窓の向こうには蝋燭の明かりがぽつぽつと揺れていた。
僕たちは隣の部屋で、息をひそめるようにしてその話を聞いていた。
「うちの店で怪我人が出たとき、見事な腕で縫ってくれてな。しかも膿みもしなかった。あの腕は惜しい」
低い声でそう言ったのはヤオのお父さんだった。
包丁を扱う仕事だから、店の者が怪我をすることもあるのだろう。
「だが、町の薬師どもは快く思っておらん。腹を切り開いて治すなど、人の道に外れた異端の術だと本気で言う者までいる」
今度は僕のお父さんが渋い声で言った。
酒屋は薬屋とも付き合いが深い。
だからこそ、反発の強さもよくわかっているのだろう。
「異端などとんでもない」
シンジのお父さんが短く言い切った。
「あの医者殿は、兵舎の若い者も救ってくださった。命を助ける技を持つ者を、くだらん噂で潰してよいはずがない。うちの町に来てくださったのは、むしろ幸運だ」
部屋の向こうで、しばらく沈黙が落ちた。
木の柱が夜気でわずかに鳴る音まで聞こえる気がして、僕は膝の上で手を握りしめた。
もしここで話がまとまらなかったら。
もし大人たちまで様子見を選んだら。
そう考えると、胸の奥がひどく冷たくなった。
やがて、ヤオのお父さんが重く息を吐く。
「……なら、もう決まりだな」
「悠長に構えている暇はない」
僕のお父さんが言う。
「今夜のうちに人を集めよう」
その言葉で、空気が決まった。
大人たちは本気で動いてくれる。
そのことがわかった瞬間、胸の奥に張りつめていたものが少しだけ緩んだ。
けれど、話し合いはそこで終わらなかった。
誰に声をかけるか、どこまで事を大きくするか、薬師たちがどんな理屈で反発してくるか。
低い声が夜更けまで続き、隣の部屋で聞いているだけの僕たちには、その一つ一つが果てしなく重く感じられた。
外では虫の声が高く鳴き、蝋燭の明かりも少しずつ減っていく。
それでも大人たちの声は止まらなかった。
本気でミレーヌを救おうとしてくれている。
その事実だけが、暗い夜の中で小さな灯みたいに思えた。