君とボクの二度目の冒険 〜転生した少年と幼馴染の勇者が、魔王の孤独を救うまで〜 作:屠龍
第七十一話 クヌートとの衝突
ホレ村の井戸水に毒が混じっていること、飲み水は必ず煮沸することを病身の村長に伝えたあと、僕達はルクス城へと向かった。
ルクス城は、この辺りの交易と防衛の拠点だ。
河や沼地を天然の濠にした守りの固い城塞都市で、屈強な兵士達もいる。
簡単に落ちるはずがない。
そう思っているのに、オーガの最期の言葉が胸に引っかかっていた。
――我はあの方の策略の一翼にすぎん。
――貴様らは全員、我らの糧となるのだ。
嫌な予感が消えない。
シムさんが用意してくれた荷馬車は、乗り心地が良いものではなかった。
元々乗り物に弱い僕は、オーガと戦った疲労もあって身体がひどく重い。
昨日の夕方から今まで、ほとんど一睡もしていない。
夜の森を歩き、ゴブリンと戦い、オーガとも戦った。
いつも弱音を吐かないミレーヌの寝顔も、今はひどく疲れて見える。
その横顔を見ていると胸が痛んだ。
僕はミレーヌの呼吸の音を聞きながら、重い瞼を閉じた。
◆◆◆
その日の夕方、馬を休ませるため川辺で野営することになった。
シムさんは汗だくになった馬の身体を拭き、僕達は焚火を囲んで身体を温めた。
焼いたチーズとパン、ソーセージを口にする。
今の僕達にできる仕事は、少しでも身体を休めることだった。
ようやく目を覚ましたクヌートとフェリシアも焚火のそばに座る。
そこで、今後の話し合いを始めることになった。
「一番重要な事だが。依頼もされず、金にもならないのに、何故俺たちがルクス城の救援に行かなくてはならないのだ?」
クヌートの言葉に、僕は唖然とした。
助けを求めている人がいるなら助ける。
それは当たり前のことだと思っていた。
「苦しんでいる人がいれば助けるのは当たり前じゃないか!!」
思わず立ち上がって、クヌートに声を荒げる。
ミレーヌが僕の手を引いたが、僕はクヌートを睨みつけたままだった。
クヌートは、冷静な顔で僕を見返す。
「人間が苦しんでいるから助ける。それが当たり前だと、ユキナは本気で思っているんだろうな」
クヌートの声は冷たかった。
けれど、そこには怒りだけでなく、諦めのような響きも混じっていた。
「だが俺には、その当たり前がよくわからない。俺とフェリシアの母は、人間の男に深く傷つけられ、その結果として俺たちを産んだ。望まれた命ではなかった。ハーフエルフというだけで、人間にもエルフにも距離を置かれた」
フェリシアが小さく俯いた。
クヌートは焚火を見つめたまま続ける。
「そんな俺たちに、報酬もなく人間を助けろと言われても、すぐに頷くことはできない。種族が違う。国が違う。属する集団が違う。ただそれだけで殺し合うのが人間だろう。なら、その人間の正義を、俺たちにまで当然のように求めないでくれ」
返す言葉が詰まった。
クヌートの言葉は、やっぱり冷たい。
だけど、その冷たさは誰かを傷つけるためだけのものではなかった。
自分とフェリシアを守るために、ずっと身につけてきた鎧なのだと思った。
「クヌートは、自分と同じハーフエルフが目の前で飢えて死にそうでも見捨てるのか?」
「見捨てたいわけじゃない」
少しだけ、クヌートの声が低くなる。
「だが、俺たちは今日の食事も自分でどうにかしなければ死ぬ場所で生きてきた。同じハーフエルフだから必ず助ける、なんて綺麗事を言える余裕はなかった」
「……本気で言っているのか?」
「本気だ。俺はまずフェリシアを守る。それだけは譲れない。ユキナたちと組むのも、報酬を分け合うための契約だ。そこを曖昧にしたまま命を賭けることはできない」
胸の奥が熱くなる。
僕はクヌートを仲間だと思っていた。
クヌートも、少しは心を開いてくれていると思っていた。
でも、それは僕が勝手に都合よく解釈していただけなのかもしれない。
「ま、難しい事はあたいにはわからないけどさ」
セシルさんが、ギムニという芋焼酎の入った杯を片手に口を挟んだ。
「ルクス城を救援したら、それなりの報酬はくれると思うよ。それでいいんじゃない?」
「不確実な理由だな」
「今回はそれで妥協しておくれよ。あたいもクヌートと同じで、金にならない仕事はしない主義さ。でも、あたいはユキナ達を見捨てられないし、あたいも死にたくない。あたいとユキナ達が死なない為には、クヌートとフェリシアの助けがどうしても必要なんだよ」
セシルさんらしい言い方だった。
クヌートの言い方は冷たい。
けれど、冒険者は兵士でも慈善団体でもない。
報酬も約束もない戦いに、仲間を巻き込もうとしていたのは僕の方だった。
助けたい。
それは本心だ。
でも、助けたいからといって、みんなが同じ気持ちで命を賭けてくれると決めつけてはいけなかった。
「クヌート兄さま」
フェリシアが、そっとクヌートの手を握った。
クヌートは一瞬だけ目を伏せる。
それから、小さく息を吐いた。
「すまない。言い方がきつかった」
クヌートは僕に向かって手を差し出してきた。
「ユキナの考えを否定したいわけじゃない。ただ、俺たちは簡単に人間を信じられない。それだけは分かってほしい」
返す言葉を探す。
怒りは、まだ胸の中に残っていた。
けれど、その怒りをそのままぶつけていい相手ではないことも分かった。
僕は、クヌートとフェリシアがどれだけ苦労して生きてきたのか知らない。
そのくせ、自分の正義だけで二人の命まで当然のように賭けようとしていた。
それは、きっと違う。
「僕こそごめん。助けたい気持ちだけで、みんなの命を賭けようとしていた」
僕は差し出された手を見る。
節ばった細い手だった。
その手が、今までどれだけフェリシアを守ってきたのか、僕にはまだ知らないことばかりだ。
「でも、それでも僕はルクス城の人達を見捨てられない。だから……僕の我儘に付き合ってほしい」
クヌートは少しだけ苦笑した。
「報酬は、あとで必ず請求するぞ」
「うん。それでいい」
僕はクヌートの手を握った。
強く握り返されたわけではない。
けれど、拒まれもしなかった。
焚火の向こうで、フェリシアとミレーヌがほっとしたように息を吐く。
セシルさんは何も言わず、杯を傾けていた。
「ボク、ユキナがクヌートと喧嘩しなくてよかったよ」
しばらくして、ミレーヌが小さく笑いながら言った。
「僕はそんなに喧嘩っ早くないよ」
「ボクとお父さんが街から追い出されそうになった時、リン相手に喧嘩してくれたのは誰だよ」
「そんな事もあったね」
僕とミレーヌは、顔を見合わせて小さく笑った。
完全に分かり合えたわけじゃない。
クヌートの言葉を、僕はまだ全部納得できたわけでもない。
それでも、同じ焚火を囲んで、同じ馬車で眠る。
今はそれで十分なのかもしれない。
その夜、僕達は馬車の中で身体を寄せ合い、短い眠りについた。