君とボクの二度目の冒険 〜転生した少年と幼馴染の勇者が、魔王の孤独を救うまで〜 作:屠龍
第七十二話 ルクス城炎上
翌日も早朝から、僕達はシムさんが御する馬車でルクス城へと向かった。
城が近づくにつれて、街道からも炎と黒煙が見えるようになった。
風に混じって、焦げた木と油の臭いが届く。空には灰が舞い、馬車の幌にも細かな煤が降り積もっていく。
道沿いには、ルクス城から逃げてきた避難民の列が続いていた。
家財道具を持ち出す余裕もなかったのだろう。
誰もが着の身着のままで、疲れ切った顔をして首都フレーベルの方角へ歩いている。
服は焼け焦げ、破れ、煤で黒く汚れていた。
泣き叫ぶ声すら少ない。
泣く力も、怒る力も、もう残っていないように見えた。
この人たちのうち、何人が無事にフレーベルまでたどり着けるのだろうか。
ルクス城は巨大な城塞都市だ。
幾重もの水堀と高い城壁、砦に守られている。
簡単に落ちるはずがない。
それなのに、どうしてこんな事になったのだろう。
僕は馬車を止めてもらい、避難民に声をかけた。
「ルクス城はどうなってるんですか?」
「どうしたもこうしたも、兵隊同士が殺し合いを始めたんだよ!! 反乱だ、反乱!!」
「反乱!?」
ルクス侯爵が、フレーベル王家に反旗を翻したということだろうか。
いや、兵隊同士が殺し合っているというのなら、話はもっとおかしい。
「俺は西の砦の街で暮らしてたんだ。東の砦から火矢が飛んできて、街は大火事だ!! 東砦の奴ら、裏切りやがって!!」
「何を言っている!! 先に仕掛けたのは西砦じゃないか!! こっちは投石機で家も店も潰されたんだぞ!!」
東西の砦に住んでいた住民同士が、怒鳴り合いの末に殴り合いを始めた。
片方の男が相手の胸倉を掴み、もう片方が拳を振り上げる。
そばにいた女が悲鳴を上げ、子供が泣き出した。
けれど、誰も本気で止めに入れなかった。
みんな疲れ切っていて、少し触れれば爆ぜる火種のようだった。
誰が先に裏切ったのか。
誰が火を放ったのか。
避難民たち自身にも、もう分からなくなっているのだろう。
突然の反乱。
砦同士の攻撃。
そして、互いを裏切り者と呼ぶ住民たち。
何かが引っかかる。
いくら対立があったとしても、誰にも気づかれずにここまで大きな反乱が起こるものだろうか。
避難民たちの罵り合いと殴り合いを見て、クヌートが苦しげに顔を歪めた。
怒りの精霊が、あたりを飛び回っているのかもしれない。
その憤りが僕達の馬車にまで向かいそうになった時、シムさんが素早く手綱を引いた。
馬車は避難民の列から離れ、再びルクス城へ向かって走り出す。
ルクス城は、拡張を重ねた城塞都市だ。
東西南北に砦があり、内側にもいくつもの城壁が残っている。
外敵には強い。
けれど、壁で区切られた区画同士の交流は少なく、同じ都市の中に別の町が並んでいるような状態だった。
普段から小さな諍いはあったのかもしれない。
だが、それが砦同士の戦争にまで発展するのは、明らかにおかしい。
――我はあの方の策略の一翼にすぎん。
――貴様らは全員、我らの糧となるのだ。
倒したオーガの最期の言葉が、また頭をよぎる。
人間に化けた何者かが、対立を煽ったのだろうか。
だとしても、ルクス城の兵士たちがそう簡単に操られるとは思えない。
「考えても仕方がない。避難民があれでは、近づくだけでも危険だ。本当に行くのか?」
クヌートが、僕を見た。
その声に、昨日のような刺々しさはなかった。
ただ、危険を危険として告げる冷静さがあった。
フェリシアは黙って兄の袖を握り、ミレーヌは僕の答えを待っている。
ルクス城内は、すでに戦場になっているかもしれない。
普段なら近づく理由などない。
でも、あの言葉が頭から離れない。
オーガを操る何者かが人間同士を争わせ、大量の死体をゴブリンの餌にしようとしているのなら、止めなくてはいけない。
一度増えたゴブリンは、津波のように他の街を襲う。
ルクス城だけでは済まない。
フレーベル国そのものが危うくなるかもしれない。
怖くないわけじゃない。
中に入れば、僕達も死ぬかもしれない。
ミレーヌを危険に晒すことになる。
クヌートやフェリシアに、また無理をさせることにもなる。
昨日、クヌートに言われたばかりだ。
助けたいという気持ちだけで、仲間の命まで当然のように賭けてはいけない。
それでも、目の前で燃えている城から目を逸らして逃げることはできなかった。
前世で、僕は何も出来ずに死んだ。
誰かを助ける力もなく、ただ病室の天井を見上げて終わった。
だから、この世界では誰かのために戦うと決めた。
自分の手が届く場所にいる人を、見捨てないと決めた。
ここで背を向けたら、きっと僕はこの先ずっと自分を許せない。
「行くよ」
クヌートは小さく肩をすくめた。
「やれやれだ。報酬は弾んでもらわないとな」
「出るかどうかわからないけどねえ」
セシルさんが苦笑する。
ミレーヌは何も言わず、僕の隣で小さく頷いた。
僕達は、避難民とは逆方向へ進んだ。
破壊と殺戮の街、ルクス城へと。