君とボクの二度目の冒険 〜転生した少年と幼馴染の勇者が、魔王の孤独を救うまで〜 作:屠龍
第七十八話 青騎士の覚悟
第七十八話 青騎士の覚悟
ルクス侯爵が応接室を出る時、小さく手を振ってくれた。
上級貴族なら、平民の働きを当然のものとして受け取る人も多い。
けれどティニー嬢には、そういう傲慢さがなかった。
小さく手を振った仕草も、領主というより、年相応の少女のものに見える。
きっと怖いはずなのに、必死に気丈に振る舞っているのだろう。
応接室の扉が閉じたあとも、彼女の小さな背中が頭に残っていた。
豪奢なドレスも、侯爵という肩書きも、今の彼女を守ってはくれない。
この城が落ちれば、真っ先に狙われるのは彼女なのだ。
僕がティニー嬢くらいの年だった頃は、まだヤオやミンやミレーヌと遊んでいた。
それでも、彼女はルクス侯爵なのだ。
燃える城と、怯える領民と、残された兵士達の命を背負っている。
僕より五歳くらい幼いのに、あんなふうに立っていなければならない。
そう思うと、胸が少し痛んだ。
「カチュアさん。ルクス侯爵のご家族はどうされているのですか?」
僕が尋ねると、カチュアさんは少しだけ表情を曇らせた。
「ルクス侯爵の御父上は、前の戦争で戦死されました。侯爵のご兄弟は皆、養子に行かれておりましたので、家督相続権を国王陛下から与えられているのはティニー様お一人になります」
そう語るカチュアさんの口調は重かった。
ティニー嬢の性格といい、カチュアさんの忠誠心といい、亡き侯爵の人柄が育てたのだろう。
剣の柄を握るカチュアさんの手が固いのは、亡き主と幼い主君の両方を想っているからかもしれない。
「ティニー様の御父上は愛妻家で、まだお若かった事もあり、ティニー様以外にお子様はおられません。この戦争を生き残れば、ティニー様は王族のどなたかを婿に迎えて家督を継がれるでしょう」
ティニー嬢の結婚相手も、きっと家や王家の都合で決められるのだろう。
好きな相手を選ぶ自由など、最初から彼女にはないのかもしれない。
可哀そうだと思った。
もしミレーヌが、好きでもない相手と結婚させられるようなことになれば、僕はきっと国を捨ててでも手を取る。
そう思える僕は、たぶん恵まれているのだ。
「カチュアさんは、ルクス侯爵の家臣なのですよね?」
「ええ。私は先祖代々ルクス侯爵家に仕える騎士の家系です。ティニー様が赤子の頃からお仕えしています」
なるほど。
カチュアさんにとって、ティニー嬢はただの主君ではないのだ。
妹のように見守ってきた相手でもある。
だから、カチュアさんはティニー嬢を見る時、時々慈しむような目をするのだろう。
きっとカチュアさんは、ティニー嬢が歩き始めた頃も、初めて言葉を覚えた頃も知っている。
侯爵として振る舞う今の姿だけではなく、泣き虫だったかもしれない幼い姿も知っているのだ。
もしルクス城が落ちれば、カチュアさんは最後までティニー嬢のそばにいるのだと思う。
たとえ、それがどれほど残酷な役目だったとしても。
そんな事は、させたくない。
そのためにも、黒幕を早く見つけなくてはいけない。
僕は立ち上がり、カチュアさんに声をかけた。
「これから僕達は街に出て調査をしたいと思います。何か良い情報が手に入るかもしれません」
僕がそう言った時、カチュアさんが歩み寄った。
剣を握る手が強くなる。
決意を込めた瞳が僕を射抜いた。
「私も同行しよう。その方が、貴公達も動きやすいであろう」
「カチュアさんは、ルクス侯爵のそばにいなくて良いのですか?」
「……私がここにいても、ティニー様に何もしてあげられない」
カチュアさんの声は、今までで一番小さかった。
応接室の外では、遠く鐘の音が鳴っている。
厚い壁に遮られていても、その音は低く響いていた。
城がまだ戦場であることを、嫌でも思い出させる音だった。
騎士としては、侯爵のそばを離れるべきではないのかもしれない。
けれど、ただ扉の前に立っているだけでは、ティニー嬢を救えない。
その迷いが、彼女の表情に滲んでいた。
「このまま座して落城を待つ気はない。ティニー様のために、私にもできることがあるなら動きたい」
そう言うカチュアさんは、騎士として振る舞っている。
けれど、その横顔は僕とそう年の変わらない少女のものだった。
主君を守る騎士として。
幼い頃から見守ってきた少女を救いたい一人の人間として。
その二つの思いが、カチュアさんをここに立たせているのだろう。
「わかりました。僕達はこの街に不案内ですし、同行していただけるとありがたいです」
「任せてもらおう。私はこの街で生まれ育った。地理には明るいぞ」
「頼らせていただきます」
カチュアさんは小さく頷き、腰の剣を確かめた。
ティニー嬢のそばを離れることに、迷いがないわけではない。
それでも、ただ城の中で待つよりも、今は動くべきだと決めたのだろう。
扉の向こうでは、兵士達が慌ただしく行き交う足音がしていた。
負傷者を運ぶ声。武具の触れ合う音。誰かが命令を飛ばす声。
応接室の静けさは、もう遠いものになっていた。
僕達はカチュアさんを加え、手引きした者の痕跡を探すため、騒然とした城下へ向かうことにした。