君とボクの二度目の冒険 〜転生した少年と幼馴染の勇者が、魔王の孤独を救うまで〜   作:屠龍

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第八十話 貧民街の狂乱

第八十話 貧民街の狂乱

 

 攫われた人々は、第3の砦と第4の砦の間にある貧民街へ連れて行かれたらしい。

 

 ルクス城は経済的に豊かな城塞都市だ。

 けれど、どれだけ豊かな街にも、光の届かない場所はある。

 

 貧民街は、低所得者や職を求める者達が集まる場所だった。

 狭い路地、傾いた木造家屋、淀んだ空気。

 人に化けたオーガや、幻術を使う者が潜むには、これ以上ない場所に思えた。

 

 僕達はカチュアさんの案内で、貧民街に足を踏み入れる。

 

 途端に、ひどい臭いが鼻を突いた。

 

 石畳は手入れされておらず、ところどころ陥没している。

 建物の壁は黒ずみ、路地には汚水が流れていた。

 下水道があるはずなのに、路上には捨てられた汚物が染みついている。

 

 不慣れな僕とミレーヌは、思わず口元を覆った。

 

 「うう……ボク、頭が痛くなってきた」

 

 「ミレーヌ、しっかりして。今、魔法をかけます」

 

 フェリシアが僕達に、音と匂いを消すコンシール・セルフの魔法をかけてくれた。

 それでようやく、息ができるようになる。

 

 けれど、この場所の不潔さが消えたわけではない。

 

 こんな場所で生きていれば、心も身体も少しずつ削られていくのだろう。

 怒りや妬みや諦めが溜まるのも、分かる気がした。

 

 その時、前方の路地から人影が現れた。

 

 棍棒。

 錆びた剣。

 短剣。

 

 武器を手にした人々が、ふらふらとこちらへ歩いてくる。

 

 目が濁っていた。

 酒か薬か、それとも魔法か。

 正気を失ったような顔で、こちらを見ている。

 

 その中には、老人もいた。

 まだ若い女もいた。

 服装を見る限り、元から荒くれ者だったわけではなさそうな者も混じっている。

 

 それなのに、誰もこちらの声を聞いていない。

 生きているのに、目だけが死んでいるようだった。

 

 窓や物陰からも、同じような目が覗いていた。

 ひそひそと呻くような声が路地の奥で重なり、貧民街そのものが僕達を見ているような錯覚を覚える。

 

 「これはまずいな。精神を司る精霊が無茶苦茶なことになっている」

 

 クヌートが低く呟く。

 

 「クヌート、どういう事?」

 

 「こういう事さ!!」

 

 クヌートとフェリシアが同時に地面へ手をついた。

 

 その手から、青白い魔力の奔流が走る。

 

 次の瞬間、僕達を守るように石壁がせり上がった。

 同時に、建物の上階から矢が降ってくる。

 

 石壁が矢を弾いた。

 

 その音を合図にしたように、正気を失った住人達が武器を掲げて突撃してくる。

 

 僕とミレーヌは、剣を抜くか一瞬迷った。

 

 ゴブリンなら迷わず斬れる。

 けれど、目の前にいるのは人間だ。

 

 操られているだけかもしれない相手を、本気で斬っていいのか。

 剣の柄を握る手に、嫌な汗が滲んだ。

 

 その迷いを見越していたように、クヌートとフェリシアが石壁の隙間から手を突き出す。

 手のひらから、再び魔力が迸った。

 

 「スリープ!! ストーンウォール!! ミサイル・プロテクション!!」

 

 二人の魔法が次々と発動する。

 

 前に出た住人達が眠りに落ち、石壁が接近を防ぎ、飛んでくる矢が空中で叩き落とされた。

 

 だが、数が多い。

 

 眠らせても、倒しても、別の者が路地の奥から現れる。

 無力化できるのも時間の問題だ。

 

 このままでは押し切られる。

 

 「カチュアさん、この辺りで一番遠くまで見渡せる場所とかありませんか? 多分、操っている者はそこにいます!」

 

 クスリか魔法か。

 この人達を操っている存在がいる。

 

 そして、これだけ広範囲を操るなら、貧民街を見渡せる場所にいるはずだ。

 

 カチュアさんは迷わず前方を指さした。

 

 「あそこに教会がある。屋上まで登れば、この貧民街を一望できる」

 

 尖塔が、薄汚れた建物の向こうに見えていた。

 

 その尖塔だけは、貧民街の汚れた屋根の群れから突き出すように立っている。

 神に祈るための場所のはずなのに、今はまるで、この街を見下ろす黒い槍のように見えた。

 

 あそこに何かがいる。

 

 そう思った瞬間、背筋に冷たいものが走る。

 

 その時、僕は気が付いた。

 

 一瞬だけ、ミレーヌの瞳が淡く輝いたのを。

 

 「……ミレーヌ?」

 

 「え? どうしたの、ユキナ」

 

 ミレーヌは不思議そうに僕を見る。

 本人にも、自覚はないらしい。

 

 今のはなんだったのだろう。

 

 けれど、確かめている時間はなかった。

 

 「多分そこです。みんな、行くよ!!」

 

 僕達はカチュアさんを先頭に、貧民街の奥へと走り出した。

 

 追いすがる人々の怒号。

 建物の上から降る矢。

 足元に絡みつく蔦の魔法で、操られた住人達が次々と転んでいく。

 

 クヌートとフェリシアが、走りながら魔法を維持してくれているのだ。

 普通は走りながら魔法など扱えない。

 二人がとんでもない魔法使いだという、何よりの証だった。

 

 前から来る者は眠らせ、横合いから飛びかかる者は石壁で弾く。

 僕とミレーヌは、倒しきれなかった相手だけをみねうちで退けた。

 

 斬らずに進む。

 簡単なことではない。

 

 それでも、この人達を殺すわけにはいかなかった。

 

 そして、その先に教会の扉が見えてくる。

 

 攫われた人達は、きっとあそこにいる。

 まだ間に合う。

 

 そう信じて、僕達は狂乱の貧民街を駆け抜けた。

 

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