君とボクの二度目の冒険 〜転生した少年と幼馴染の勇者が、魔王の孤独を救うまで〜   作:屠龍

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第八十三話 尖塔の戦い

第八十三話 尖塔の戦い

 

 尖塔の扉を開いた途端、激しい炎が僕達を包んだ。

 

 「っ……!」

 

 反射的に腕で顔を庇う。

 

 けれど、その炎は僕達に届かなかった。

 

 ミレーヌの身体から溢れた淡い光が、炎を押し返したのだ。

 熱が砕け、燃え盛る炎が逆流するように吹き飛んでいく。

 

 「ギャアアアア!!」

 

 僕達に魔法を放ったであろう怪物が、逆巻いた炎に焼かれて悲鳴を上げた。

 

 炎はすぐに消えた。

 だが、その怪物の自尊心は大きく傷つけられたらしい。

 

 尖塔の上は狭かった。

 

 円形の石造りの部屋。

 壁には外を見下ろすための細い窓がいくつもあり、そこから赤く燃えるルクス城が見える。

 遠くでは煙が上がり、下からは人々の怒号と扉を叩く音が響いていた。

 

 その中央に、異形の怪物が立っている。

 

 人型の身体。

 蛇の顔。

 鱗に覆われた胴体。

 

 手には杖を持ち、上半身にはブレストプレートメイルを着用し、腰には剣を帯びていた。

 

 その怪物が立っているだけで、尖塔の空気が湿った毒を含んだように重くなる。

 蛇の瞳は、僕達を敵としてではなく、獲物として見ていた。

 

 「貴様たち、何者だ!!」

 

 蛇の舌を出しながら、怪物が叫ぶ。

 

 「ユキナ。お前を倒して、この城と街を救う者だよ!!」

 

 「ボクはミレーヌ。多分、伝説の勇者!!」

 

 「勇者だと!? 寝言は大概にしろ!! 勇者はマリータただ一人。マリータが死んだ今、勇者が存在するはずがない!!」

 

 その言葉を聞いた瞬間、僕とミレーヌの顔色が変わった。

 

 マリータ。

 

 それは、ミレーヌのお母さんの名前だ。

 

 マリータ・フォリ・アリストラード。

 ミレーヌが幼い時に亡くなった母親。

 

 「ボクのお母さんを知ってるの?」

 

 ミレーヌの声が震えた。

 

 怪物は一瞬、蛇の目を細める。

 

 「……まさか貴様、マリータの娘か」

 

 そして、憎悪に満ちた声で吐き捨てた。

 

 「おのれマリータめ!! 自分が死ぬ時に勇者の光を娘に託すとはな!!」

 

 ミレーヌの手が、エストックの柄を握りしめる。

 

 「だが、貴様はまだ覚醒して間もないようだな!! 我が名は大魔導士ベスパル。貴様を殺して、魔王様の御前にその首を晒してやるわあ!!」

 

 ベスパルが杖を振りかざした。

 

 途端に、風の鎌が空気を裂いて飛んでくる。

 

 シクルウインド。

 

 風の刃が、ミレーヌへ迫った。

 

 「ミレーヌ!!」

 

 僕はミレーヌを庇おうと盾を掲げる。

 だが、風の鎌は盾をすり抜けた。

 

 「ボクは大丈夫!! ユキナはあいつに攻撃を集中して!!」

 

 ミレーヌの身体が光り、風の鎌を弾き飛ばす。

 

 僕はその瞬間を逃さなかった。

 手薄になったベスパルへ踏み込み、ロングソードを突き出す。

 

 だが、刃はベスパルの鎧に弾かれた。

 

 硬い。

 

 金属を打ったというより、見えない壁に阻まれたような感触だった。

 

 「そんなナマクラな剣が通用するものか!!」

 

 ベスパルが剣を抜き、僕に斬りかかってくる。

 

 僕は慌てて後ろへ飛び退き、ロングソードを構え直した。

 

 僕のロングソードは、ガルム武具店の店主が鍛えた魔法の剣だ。

 決して安物ではない。

 

 それでも、ベスパルの鎧に施された防御魔法には届かなかった。

 

 「どけ小僧、邪魔だ!!」

 

 ベスパルが杖を振る。

 

 風の槍、ウィンドジャベリンが何本も作り出された。

 

 クヌートでさえ同時に三本が限界の槍を、ベスパルは息をするように連射してくる。

 

 僕は盾を構えた。

 

 数発は防ぐ。

 だが、衝撃が重い。

 

 盾にひびが入り、次の一撃で砕けた。

 

 「ぐっ……!」

 

 僕は床に叩きつけられる。

 

 「死ね、勇者ミレーヌ!!」

 

 僕を倒したと誤認したベスパルが、ミレーヌへウィンドジャベリンを放った。

 

 「うわああああ!!」

 

 風の槍が、ミレーヌの身体へ殺到する。

 

 寸前で、勇者の光が防御壁となってミレーヌを守った。

 

 だが、数が多すぎる。

 

 光の防御壁に、風の槍が次々と突き刺さる。

 ひびが走った。

 

 「ミレーヌ!!」

 

 僕が叫んだ瞬間、光の障壁が砕けた。

 

 風の槍が砕けた障壁を押し破り、ミレーヌの身体を尖塔の開いた窓へ叩きつける。

 石枠が砕け、外の赤い空が見えた。

 

 次の瞬間、ミレーヌの身体が尖塔の外へ投げ出された。

 

 緑の髪が、燃える夜空にほどけるように広がる。

 

 ほんの一瞬、ミレーヌが僕から遠ざかっていく。

 さっきまで僕の隣にいた恋人が、手の届かない場所へ落ちていく。

 

 胸の奥が凍りついた。

 

 「ミレーヌ!!」

 

 僕は床を蹴った。

 

 考えるより先に身体が動いていた。

 

 宙に舞うミレーヌの手を掴む。

 もう片方の手で、砕けた窓枠の石に必死にしがみついた。

 

 僕の持っていたロングソードが、尖塔の外へ落ちていく。

 石畳に突き刺さる音が、はるか下から聞こえた。

 

 下には、二十メートルはある地面。

 いくら勇者の加護があっても、落ちればただでは済まない。

 

 ミレーヌは、ベスパルの魔法の衝撃で意識を失っていた。

 外傷は見えない。

 けれど、このまま手を離せば終わりだ。

 

 「いい格好だな、小僧」

 

 ベスパルが楽しそうに蛇の舌を伸ばす。

 

 「その娘の手を離せば、お前の命だけは助けてやっても良い」

 

 「ふざけるな!! そんな取引に応じるものか!!」

 

 「なら、一緒に死ぬがいい」

 

 ベスパルの蛇の口から炎が吐き出された。

 

 その炎が、窓枠にしがみつく僕の手を焼く。

 

 「ぐうああっ!!」

 

 激痛が走った。

 

 ミレーヌを片手で掴んだままでは、這い上がることもできない。

 焼ける痛みに、腕の力が抜けそうになる。

 

 指が震える。

 焦げた臭いが鼻を突く。

 石にかけた手の感覚が、少しずつ遠のいていく。

 

 このまま、ミレーヌと一緒に死ぬのか。

 

 そんなのは嫌だ。

 

 さっき、ずっと愛していると誓ったばかりだ。

 その手を、ここで離せるはずがなかった。

 

 ミレーヌは絶対に助ける。

 たとえ腕が焼け落ちても、この手だけは離さない。

 

 僕は歯を食いしばる。

 

 痛みで涙が滲む。

 腕が悲鳴を上げる。

 それでも、掴んだミレーヌの手だけは絶対に離さなかった。

 

 その時、不意に手の痛みが消えていくのを感じた。

 

 見ると、僕の手が淡い光に包まれていた。

 焼けただれていたはずの皮膚が、ゆっくりと元に戻っていく。

 

 声が聞こえたわけではない。

 

 けれど、誰かが僕の手にそっと触れたような感覚があった。

 もう大丈夫だと、優しく言われたような気がした。

 

 それと同時に、僕の脳裏に一人の女性の姿が浮かんだ。

 

 ミレーヌによく似た女性。

 

 けれど、ミレーヌよりも少し大人びていて、優しく、どこか悲しげな目をしている。

 

 僕は、初めて見るはずのその人を知っていた。

 

 いや、知っているはずがないのに、分かってしまった。

 

 (マリータさん?)

 

 初めて見た人なのに、僕はその女性がミレーヌのお母さんだと気が付いた。

 

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