君とボクの二度目の冒険 〜転生した少年と幼馴染の勇者が、魔王の孤独を救うまで〜 作:屠龍
第八十四話 愛しい娘の守りびと
(私の愛しい娘を守ってくれる、勇気のある男の子。私の声が聞こえますか?)
苦痛に歪んでいた僕の脳裏に、ミレーヌにそっくりな大人の女性が浮かぶ。
長い緑色の髪。
優しく細められた瞳。
背中には、天使のような淡い光の羽根が広がっている。
その女性は、ミレーヌと同じ笑みを浮かべていた。
直接会ったことはない。
それなのに、僕には分かった。
この人が、ミレーヌのお母さん。
勇者マリータなのだと。
(あなたは、ミレーヌのお母さんですか?)
(はい。私はマリータです。私の娘を想ってくれている男の子。ユキナと言うのですね)
(どうして僕の名前を知っているんですか?)
(それは、ミレーヌが最も愛する人の名前だからですよ。いつもミレーヌを傍で支えてくれて、ありがとう)
マリータさんの声は、とても穏やかだった。
けれど、その奥には、どこか寂しさも混じっているように感じた。
(私は、あの子の泣き顔も、笑った顔も、もう傍で見てあげることができません。けれど、あなたがいてくれた。あの子が一人ではなかった。それだけで、私は救われます)
胸の奥が熱くなった。
僕は何かを言おうとした。
けれど、言葉が出てこない。
マリータさんは、ただ優しく微笑んでいた。
そう言うと、マリータさんの姿が光の粒子となり、僕とミレーヌを包み込む。
ミレーヌを掴んだ手から、凄まじいエナジーが送り込まれてきた。
(この力はなんですか?)
(ミレーヌの光は、一人で輝くものではありません。愛する人と手を取り合った時、もっとも強く世界を照らすのです)
マリータさんの声が、僕の中に静かに響く。
(ユキナさん。今だけ、娘の光をあなたに託します。ミレーヌを守りたいと願うその心がある限り、あなたはあの子の力になれる)
その言葉と同時に、僕の身体が光り輝いた。
青色の光が全身を包む。
背中には、ミレーヌと同じような光の羽根が生えていた。
大魔導士ベスパルが、僕の姿を見て恐れおののく。
「なんだと!? 貴様も勇者だというのか!?」
「僕は勇者じゃない」
僕は、ミレーヌの手を強く握ったまま言う。
「僕は、勇者ミレーヌと共に歩き、彼女を守る者だ」
そう言って、僕は片手で身体を支え、尖塔の壁を上った。
光に包まれた身体は、さっきまでとはまるで違う。
焼かれていた手にも、腕にも、もう痛みはなかった。
尖塔の中に戻った僕は、大魔導士ベスパルと対峙する。
僕はミレーヌを抱き上げ、そっと床に横たえた。
気を失ったままのミレーヌの頬に、優しくキスをする。
「少しだけ待っていて。すぐに終わらせるから」
それから僕は、ベスパルを睨みつけた。
「よくもミレーヌを傷つけてくれたな!!」
「ぬかせ!! まがい物の勇者よ!! 貴様ごと、その小娘も始末してくれるわ!!」
そう叫びながら、大魔導士ベスパルは漆黒の水晶の器を取り出した。
禍々しい闇の力を封じた水晶。
それを地面に叩きつけると、砕けた水晶から黒い霧のようなものが噴き出し、ベスパルの身体へ吸い込まれていく。
「この街で集めた恨み、呪い、苦しみ、嘆き、あらゆる負の思念を凝縮した闇の水晶だ。貴様が勇者だというなら、この闇を浄化してみよ!!」
闇の中から、泣き声が聞こえた。
怒号。
怨嗟。
助けを求める声。
誰かを憎む声。
誰かを羨む声。
生まれた場所を呪う声。
それらが一つに溶け合い、黒い泥のようにベスパルの身体を覆っていく。
ベスパルの身体が膨張し、巨大化していった。
蛇の顔はさらに歪み、鱗の隙間から漆黒の闇が溢れ出している。
その姿は、ただの怪物ではなかった。
この街に積もった悪意。
恨み。
絶望。
それらが形を持ったものだと、僕には分かった。
常人なら、見ただけで心を壊されるほどの闇だった。
この闇に取り込まれた人間は、ベスパルの操り人形となる。
ベスパルはこの闇で兵士を操り、内乱状態にしたのだ。
その恐ろしさに、僕は思わず後ずさりしそうになる。
(ユキナさん、負けては駄目!!)
挫けそうになった僕の心に、マリータさんの叫び声が響いた。
(勇者の力は光の力。闇を照らし、浄化する力です。あなたが今握っているのは、ミレーヌを想う心。その光だけは、どんな闇にも奪えません)
僕は、気を失っているミレーヌを一瞬だけ見た。
さっき、彼女は僕に誓ってくれた。
豊かな時も、貧しい時も。
幸せな時も、不幸な時も。
死ぬまで、僕だけを愛すると。
なら、僕も誓う。
何があっても、この手を離さない。
ミレーヌが照らす光を、僕が守る。
「大魔導士ベスパル」
僕は前に出る。
「お前の悪行と、この街に積もった不幸を、僕が切り裂く!!」
僕の身体に、勇者マリータと勇者ミレーヌの力が流れ込む。
両手に光が集まった。
その光を束ね、一本の剣と成す。
それは鉄の剣ではない。
誰かを守りたいという願いが形になった、光の剣だった。
僕は光の剣を手に、巨大化した大魔導士ベスパルへ向かって飛翔する。
「うおおおおっ!!」
「死ね小僧!!」
ベスパルの身体から、漆黒の闇が槍となって伸びる。
まるで触手のように何本も現れ、僕の身体を引き裂こうとしてきた。
一本。
二本。
三本。
僕は光の羽根で空中を駆け、迫る闇の槍をかわしていく。
けれど、すべては避けきれない。
闇の槍が肩を貫く。
脇腹を裂く。
脚を抉る。
それでも止まらない。
僕が狙うのは、ベスパルの心臓。
この街全ての怨念が渦巻く、闇の核だ。
十本以上の闇の槍が僕の身体を貫いたのと、光の剣がベスパルの心臓を切り裂いたのは、ほとんど同時だった。
「ぐああああっ!! 馬鹿な!! これだけの怨念を浄化するとは!! 貴様、何者だ!!」
「言っただろう!!」
僕は最後の力を込めて叫ぶ。
「僕は、勇者ミレーヌと共に歩き、彼女を守る者だ!!」
光の剣が、ベスパルの闇を裂いた。
黒い泥のような怨念が、光に触れて崩れていく。
怒号が消える。
呪いの声が薄れていく。
最後に、誰かの泣き声だけが残り、それもやがて光の中へ溶けていった。
ベスパルの断末魔の叫びと共に、僕の身体が落ちていく。
全身を闇の槍で貫かれて、光の加護を失ったのだと分かった。
落下する僕の身体を、光の粒子が優しく包み込む。
傷が、少しずつ癒えていく。
マリータさんが、僕を抱きしめてくれていた。
(ユキナ。勇者として旅立つ娘ですが、どうかよろしくお願いいたします)
(わかりました、マリータさん。ミレーヌは、僕が必ず守り抜きます)
マリータさんは、泣きそうなほど優しい顔で微笑んだ。
(ありがとう、ユキナ。私がいなくなっても、ミレーヌにはあなたがいます。あなたの存在が、ミレーヌの力になります)
光の粒子が、ゆっくりと夜風にほどけていく。
(闇の力に負けないで。全ての人々を、光の下に導いてください)
そう言うと、マリータさんは僕に微笑んだまま、光の粒子となって消えていった。
その最後のひと粒まで、ミレーヌを見守っているように見えた。