君とボクの二度目の冒険 〜転生した少年と幼馴染の勇者が、魔王の孤独を救うまで〜 作:屠龍
第八十六話 闇が浄化された街
第八十六話 闇が浄化された街
教会の礼拝堂に降りた僕とミレーヌを、みんなが出迎えてくれた。
ハードロックの魔法はすでに解けていた。
教会の扉は開け放たれ、礼拝堂には激しい戦闘の跡が残っている。
砕けた石。
倒れた椅子。
床に散らばる矢。
ストーンゴーレムも、今はただの石ころに戻っていた。
それでも、みんな無事だった。
礼拝堂の中には、気絶した街の人達が横たわっている。
シグレさんとセシルさんはみねうちを徹底し、クヌートとフェリシアはスリープで眠らせ続けてくれたのだろう。
怪我人はいる。
けれど、死者はいなかった。
「二人とも無事だったか!!」
シグレさんが、息を荒げながらもしっかりとした足取りで近づいてくる。
フェリシアも、疲れ切った顔でこちらへ歩いてきた。
額には汗が滲み、指先はまだ小さく震えている。
「よかった……ユキナさんもミレーヌさんも、戻ってきてくれて……」
そう言ったフェリシアの声は、今にも泣き出しそうだった。
ずっと扉を守り、操られた人達を殺さないように魔法を使い続けていたのだ。
どれほど神経を使ったのか、僕には想像するしかない。
「フェリシアさんも無事でよかったです。ここを守ってくれてありがとうございました」
「私は兄様と一緒に、できることをしただけです。でも……誰も死なせずに済んで、本当によかった」
フェリシアはそう言って、気絶している街の人達を見つめた。
セシルさんはすぐに僕の左腕に気づいた。
そして、懐から小さな水薬の瓶を取り出す。
「ほら、飲みな。ハイポーションだよ」
「ありがとうございます」
重傷時にしか使わない高価な水薬だ。
僕がそれを飲むと、折れていた左腕に熱が戻っていく。
骨が内側から繋がっていくような、不思議な感覚があった。
やがて、左腕はゆっくりと動くようになる。
「無茶させたみたいですまないね」
「いえ。セシルさん達がここを守ってくれたから、僕達も戻ってこられました」
そう言うと、セシルさんは少し照れたように笑った。
「それより、二人ともどんな奇跡を使ったんだ?」
礼拝堂の椅子にへたり込んだクヌートが、教会の外を指さした。
外では、さっきまで暴徒だった人達が、散らばったレンガや木片を拾い集めていた。
虚ろだった瞳に、光が戻っている。
憑き物が落ちたというのは、こういうことを言うのだろう。
怒鳴り声も、呪うような呻き声も聞こえない。
誰もが戸惑いながらも、自分達の手で壊れたものを片付けようとしていた。
「精霊の流れが、さっきまでと全然違います」
フェリシアが、外の光景を見ながら小さく呟いた。
「さっきまでは、怒りや恐怖の精霊がぐちゃぐちゃに絡み合っていました。でも今は……ほどけています。まだ傷は残っていますけど、息ができる場所に戻っていくみたいです」
その言葉に、クヌートも黙って頷いた。
「こんな光景は初めて見ます」
カチュアさんが、驚いたように呟いた。
「この辺りの住人は、無気力で刹那的な生活をしている者が多かった。自分達の不幸を嘆きながら、それでも何かを変えようとはしなかったのに……」
その時、外にいた一人の住人がこちらに気づいた。
汚れた服のまま、こちらへ小さく頭を下げる。
その顔には、迷いのない笑みが浮かんでいた。
僕達は教会を出て、貧民街の通りに戻った。
そこには、さっきまでとはまるで違う光景が広がっていた。
住人達が、路地に溜まった汚れを集めている。
悪臭の元になっていたものを一輪車に載せ、下水道へ運んでいく者。
井戸から水を汲み、石畳に撒いて泥と汚水を洗い流す者。
壊れた木箱や瓦礫を道の端へ寄せている者。
まだ悪臭は残っている。
街が一瞬で綺麗になったわけではない。
それでも、さっきまで肌にまとわりついていた重い空気が、少しだけ薄くなっていた。
怒りや諦めのようなものが、街から抜け落ちている。
住人達は、自分達の心の汚れを落とすように、黙々と街を掃除していた。
一体、何が起こったのだろう。
遠くを見ると、陥落しかけていた第三砦の方でも動きがあった。
兵士達が態勢を立て直し、ゴブリンへ反撃を始めている。
剣戟の音が、少しずつ変わっていた。
錆びた剣の鈍い音よりも、鍛えられた兵士達の武器が打ち合う音の方が強く響いている。
燃えていた区画でも火の手が弱まり、逃げ遅れた住人の保護が始まっているようだった。
落城寸前だったルクス城が、息を吹き返している。
「お父さん!! お母さん!!」
その声に振り向く。
酒場に隠れていた子供達が、教会の中へ駆け込んでいった。
連れ去られていた大人達も、ようやく意識を取り戻し始めている。
女の子が、父親と母親に飛びついた。
父親は片足を引きずりながら、それでも娘をしっかり抱きとめる。
母親は泣きながら、何度も何度も娘の髪を撫でていた。
「よかった……無事で……」
「ごめんね、怖かったね……」
親子は、互いを確かめるように抱きしめ合っている。
その姿を見た時、間に合ってよかったと心から思った。
フェリシアが、そっと胸元に手を当てた。
「……よかった。本当に、よかったです」
その目には涙が浮かんでいた。
けれど、それは悲しみの涙ではなかった。
「お姉ちゃんたち、ありがとう!!」
ミレーヌに泣きながら抱きついていた女の子が、今度は満面の笑顔でミレーヌを見上げていた。
ミレーヌは屈んで、その子の頭を優しく撫でる。
「ほらね。ボク達、約束守ったよ」
「うん!! お父さんとお母さんを助けてくれてありがとう」
女の子の笑顔を見て、僕は胸の奥が温かくなるのを感じた。
僕達がしたことは、すべてを救ったわけじゃない。
この街の貧しさも、積もった恨みも、今日だけで消えるわけではない。
それでも、この子の笑顔だけでも取り戻せたなら、ここまで来た意味はあった。
闇に覆われていた街に、ほんの少しだけ光が戻っていた。