君とボクの二度目の冒険 〜転生した少年と幼馴染の勇者が、魔王の孤独を救うまで〜   作:屠龍

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第十二章 雌雄一対の剣
第八十六話 闇が浄化された街


第八十六話 闇が浄化された街

 

 教会の礼拝堂に降りた僕とミレーヌを、みんなが出迎えてくれた。

 

 ハードロックの魔法はすでに解けていた。

 教会の扉は開け放たれ、礼拝堂には激しい戦闘の跡が残っている。

 

 砕けた石。

 倒れた椅子。

 床に散らばる矢。

 ストーンゴーレムも、今はただの石ころに戻っていた。

 

 それでも、みんな無事だった。

 

 礼拝堂の中には、気絶した街の人達が横たわっている。

 シグレさんとセシルさんはみねうちを徹底し、クヌートとフェリシアはスリープで眠らせ続けてくれたのだろう。

 

 怪我人はいる。

 けれど、死者はいなかった。

 

 「二人とも無事だったか!!」

 

 シグレさんが、息を荒げながらもしっかりとした足取りで近づいてくる。

 

 フェリシアも、疲れ切った顔でこちらへ歩いてきた。

 額には汗が滲み、指先はまだ小さく震えている。

 

 「よかった……ユキナさんもミレーヌさんも、戻ってきてくれて……」

 

 そう言ったフェリシアの声は、今にも泣き出しそうだった。

 

 ずっと扉を守り、操られた人達を殺さないように魔法を使い続けていたのだ。

 どれほど神経を使ったのか、僕には想像するしかない。

 

 「フェリシアさんも無事でよかったです。ここを守ってくれてありがとうございました」

 

 「私は兄様と一緒に、できることをしただけです。でも……誰も死なせずに済んで、本当によかった」

 

 フェリシアはそう言って、気絶している街の人達を見つめた。

 

 セシルさんはすぐに僕の左腕に気づいた。

 そして、懐から小さな水薬の瓶を取り出す。

 

 「ほら、飲みな。ハイポーションだよ」

 

 「ありがとうございます」

 

 重傷時にしか使わない高価な水薬だ。

 僕がそれを飲むと、折れていた左腕に熱が戻っていく。

 

 骨が内側から繋がっていくような、不思議な感覚があった。

 やがて、左腕はゆっくりと動くようになる。

 

 「無茶させたみたいですまないね」

 

 「いえ。セシルさん達がここを守ってくれたから、僕達も戻ってこられました」

 

 そう言うと、セシルさんは少し照れたように笑った。

 

 「それより、二人ともどんな奇跡を使ったんだ?」

 

 礼拝堂の椅子にへたり込んだクヌートが、教会の外を指さした。

 

 外では、さっきまで暴徒だった人達が、散らばったレンガや木片を拾い集めていた。

 

 虚ろだった瞳に、光が戻っている。

 憑き物が落ちたというのは、こういうことを言うのだろう。

 

 怒鳴り声も、呪うような呻き声も聞こえない。

 誰もが戸惑いながらも、自分達の手で壊れたものを片付けようとしていた。

 

 「精霊の流れが、さっきまでと全然違います」

 

 フェリシアが、外の光景を見ながら小さく呟いた。

 

 「さっきまでは、怒りや恐怖の精霊がぐちゃぐちゃに絡み合っていました。でも今は……ほどけています。まだ傷は残っていますけど、息ができる場所に戻っていくみたいです」

 

 その言葉に、クヌートも黙って頷いた。

 

 「こんな光景は初めて見ます」

 

 カチュアさんが、驚いたように呟いた。

 

 「この辺りの住人は、無気力で刹那的な生活をしている者が多かった。自分達の不幸を嘆きながら、それでも何かを変えようとはしなかったのに……」

 

 その時、外にいた一人の住人がこちらに気づいた。

 汚れた服のまま、こちらへ小さく頭を下げる。

 

 その顔には、迷いのない笑みが浮かんでいた。

 

 僕達は教会を出て、貧民街の通りに戻った。

 

 そこには、さっきまでとはまるで違う光景が広がっていた。

 

 住人達が、路地に溜まった汚れを集めている。

 悪臭の元になっていたものを一輪車に載せ、下水道へ運んでいく者。

 井戸から水を汲み、石畳に撒いて泥と汚水を洗い流す者。

 壊れた木箱や瓦礫を道の端へ寄せている者。

 

 まだ悪臭は残っている。

 街が一瞬で綺麗になったわけではない。

 

 それでも、さっきまで肌にまとわりついていた重い空気が、少しだけ薄くなっていた。

 怒りや諦めのようなものが、街から抜け落ちている。

 

 住人達は、自分達の心の汚れを落とすように、黙々と街を掃除していた。

 

 一体、何が起こったのだろう。

 

 遠くを見ると、陥落しかけていた第三砦の方でも動きがあった。

 兵士達が態勢を立て直し、ゴブリンへ反撃を始めている。

 

 剣戟の音が、少しずつ変わっていた。

 

 錆びた剣の鈍い音よりも、鍛えられた兵士達の武器が打ち合う音の方が強く響いている。

 燃えていた区画でも火の手が弱まり、逃げ遅れた住人の保護が始まっているようだった。

 

 落城寸前だったルクス城が、息を吹き返している。

 

 「お父さん!! お母さん!!」

 

 その声に振り向く。

 

 酒場に隠れていた子供達が、教会の中へ駆け込んでいった。

 連れ去られていた大人達も、ようやく意識を取り戻し始めている。

 

 女の子が、父親と母親に飛びついた。

 

 父親は片足を引きずりながら、それでも娘をしっかり抱きとめる。

 母親は泣きながら、何度も何度も娘の髪を撫でていた。

 

 「よかった……無事で……」

 

 「ごめんね、怖かったね……」

 

 親子は、互いを確かめるように抱きしめ合っている。

 

 その姿を見た時、間に合ってよかったと心から思った。

 

 フェリシアが、そっと胸元に手を当てた。

 

 「……よかった。本当に、よかったです」

 

 その目には涙が浮かんでいた。

 けれど、それは悲しみの涙ではなかった。

 

 「お姉ちゃんたち、ありがとう!!」

 

 ミレーヌに泣きながら抱きついていた女の子が、今度は満面の笑顔でミレーヌを見上げていた。

 

 ミレーヌは屈んで、その子の頭を優しく撫でる。

 

 「ほらね。ボク達、約束守ったよ」

 

 「うん!! お父さんとお母さんを助けてくれてありがとう」

 

 女の子の笑顔を見て、僕は胸の奥が温かくなるのを感じた。

 

 僕達がしたことは、すべてを救ったわけじゃない。

 この街の貧しさも、積もった恨みも、今日だけで消えるわけではない。

 

 それでも、この子の笑顔だけでも取り戻せたなら、ここまで来た意味はあった。

 

 闇に覆われていた街に、ほんの少しだけ光が戻っていた。

 

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