君とボクの二度目の冒険 〜転生した少年と幼馴染の勇者が、魔王の孤独を救うまで〜 作:屠龍
第八十九話 雌雄一対の剣
カチュアさんが、宝玉をあしらった鞘に収められた二振りの剣を恭しく掲げた。
「この剣は?」
ミレーヌが目を丸くする。
「ルクス侯爵家に伝わる、雌雄一対の剣でございます。初代ルクス侯爵が国王陛下より賜った、当家の家宝です。二本で一つの剣として、強い魔法が付与されていると伝えられております」
赤と青の宝玉を鞘にあしらった剣だった。
金細工で戦乙女の装飾が施されている。
一見すると華やかすぎるようにも見えたが、ただの飾りではない。
柄の形。
鞘の重心。
鍔の広さ。
実際に振るうことを前提に作られた剣だと分かった。
ミレーヌは赤い宝玉の剣を手に取り、鞘から抜く。
刀身は両刃で、水が流れるような流麗な曲線を描いていた。
光を受けた刃が、淡く赤くきらめく。
「綺麗……」
ミレーヌが小さく呟いた。
そして、もう一振り。
青い宝玉の剣を、ミレーヌは自然な動きで僕へ差し出した。
「え?」
僕は思わず声を漏らす。
ミレーヌ自身も、自分がそうしたことに驚いているようだった。
けれど、その剣は僕の手に収まった瞬間、静かに震えた。
まるで、ずっと待っていたと言わんばかりに。
白銀色の刀身。
柄に埋め込まれた青い宝玉。
握った手に、ひやりとした感触が伝わる。
けれど、それは冷たさではなかった。
深い海に触れたような、静かな力だった。
手のひらから腕へ、澄んだ水が流れ込むような感覚が広がる。
重さは確かにあるのに、不思議と振り回される感じがしない。
剣の方が、僕の呼吸や鼓動に合わせてくれているようだった。
慌てて手を離すと、剣はそのまま宙に浮いた。
そして、僕の目の前で静かに留まる。
「この剣は、本来は勇者様が二刀で扱われるものと思っておりました」
ティニー嬢が驚いたように言う。
「ですが……どうやら青の剣は、ユキナ様を選んだようですね」
「へえ」
セシルさんがにやりと笑った。
「雌雄一対の剣が、勇者様とその恋人を選んだってわけかい。こりゃまた、ずいぶん熱い話じゃないか」
「せ、セシルさん!」
ミレーヌの顔が一気に赤くなる。
クヌートも口元を押さえて笑った。
「なるほどな。報酬というより、婚礼の品に見えるが?」
「クヌートまで!」
「いや、私もそう思う」
シグレさんまで真顔で頷いた。
「二本で一つ。しかも雌雄一対。これ以上分かりやすい象徴もないだろう」
「シグレさんまで言わないでください!」
僕の顔も熱くなる。
隣を見ると、ミレーヌは真っ赤になって俯いていた。
けれど、その手は赤い剣をしっかり握っている。
「雌雄一対の剣は、もともと婚礼の折に披露される剣でもあります」
ティニー嬢が、少し楽しそうに言った。
「勇者様が分かちがたい殿方と巡り合えますようにと選ばせていただきましたが……すでに出会われていたのですね」
僕とミレーヌは、何も言えなくなった。
尖塔で誓った言葉を、まるで剣にまで聞かれていたような気がした。
恥ずかしい。
けれど、嫌ではなかった。
「まあまあ、照れることはないさ」
セシルさんが楽しそうに笑う。
「こんな状況で愛だの絆だの言える相手がいるなんて、そうそうあることじゃないんだ。胸を張りなよ」
「セシルさん……」
「それに、ユキナは実際に手を離さなかったんだろう?」
クヌートが静かに言った。
さっきまでの茶化すような顔ではなかった。
「勇者だろうが何だろうが、落ちるミレーヌを掴み続けた。なら、その剣に選ばれても不思議ではない」
フェリシアも小さく頷く。
「ミレーヌさんの光は、ユキナさんと一緒にいる時に強くなるんですよね。でしたら、その剣もきっと、お二人で持つことを望んだのだと思います」
「……そう言われると、余計に照れるんだけど」
ミレーヌが困ったように笑う。
けれど、その声は嬉しそうだった。
「この剣は、持ち主同士の想いが通じ合うほど力を増す、と伝えられております」
ティニー嬢の言葉に、赤い剣と青い剣の宝玉が淡く輝いた。
気持ちが通じ合えば威力が増す。
それは、僕とミレーヌにぴったりな剣じゃないか。
そう思ったけれど、さすがに口に出す勇気はなかった。
僕が青い剣の柄を握ると、脳裏に青い海と氷の山のイメージが浮かんだ。
冷たいはずなのに、そこには恐ろしさがない。
果てしなく広い海と、揺るがない氷の山。
静かで、厳しくて、それでもすべてを受け止めるような景色だった。
「え、ボクも今、変なイメージが見えたよ?」
ミレーヌにも何か見えたらしい。
「僕は、青い海と氷の山が見えた。ミレーヌは?」
「ボクは、炎の柱と稲妻が合わさったみたいな光だったよ」
ティニー嬢が頷く。
「青の剣は、海のように広い心と、氷のように己を律する厳しさを示すと伝わります。赤の剣は、炎のような情熱と、稲妻のように命を目覚めさせる力を示すと」
僕は手の中の剣を見つめた。
海のように広い心。
氷のような厳しさ。
僕に、そんなものがあるのだろうか。
いや、今はまだないのかもしれない。
でも、この剣に恥じない人間になりたい。
ミレーヌの隣に立つためにも。
「ユキナ」
ミレーヌが僕を見た。
「青い剣は、ユキナが持つのが相応しい気がするよ」
その言葉に応えるように、青い剣が僕の手の中で震えた。
赤い剣もまた、ミレーヌの手の中で淡く光る。
「うん。この剣も、僕を持ち主だと認めてくれたみたい」
「ユキナと一緒に持つ剣なんだね」
ミレーヌが嬉しそうに微笑む。
その言葉に、またセシルさんが肩を震わせた。
「いやあ、聞いてるこっちが照れるねえ」
「本当に仲がよろしいことで」
クヌートの言葉にフェリシアがくすりと笑う。
「兄様、こういう時は祝福するものですよ」
「分かっている。……まあ、似合いの二人だとは思うぞ」
クヌートが少しだけ照れたように言った。
「クヌートが素直に褒めるなんて、これは本当に珍しいね」
セシルさんが茶化すと、クヌートは少しだけ眉をひそめる。
「事実を言っただけだ。茶化すな」
「いやいや、今のはちゃんと祝福だったよ。ねえ、フェリシア」
「はい。兄様なりの祝福だと思います」
フェリシアが嬉しそうに言うと、クヌートはそっぽを向いた。
その様子がおかしくて、ミレーヌが小さく笑う。
僕もつられて笑ってしまった。
シグレさんも、穏やかな表情で僕達を見ている。
「大切にするといい。その剣も、お互いのこともな」
その言葉は、茶化しではなかった。
静かで、優しい祝福だった。
「はい」
僕は自然と頷いていた。
「大切にします」
ミレーヌも、赤い剣を胸元に抱くようにして頷いた。
「ボクも。この剣も、ユキナも、ちゃんと大切にする」
「そこで僕を剣と並べるんだね」
「だって、どっちも大切だもん」
ミレーヌが当然のように言うので、また顔が熱くなる。
赤い剣と青い剣が、共鳴し合うように光を強めた。
二つの宝玉の輝きが重なり、応接の間に柔らかな光を広げていく。
その光は、僕とミレーヌの絆を祝福してくれているようだった。