君とボクの二度目の冒険 〜転生した少年と幼馴染の勇者が、魔王の孤独を救うまで〜 作:屠龍
第九十一話 龍牙の咆哮
「ユキナ!!」
ミレーヌの声で、僕は前を見た。
フェリシアの魔法に阻まれたハイオーガは、まだ動いていた。
全身に矢と投槍を受けながらも、巨大な腕で城壁を掴み、なおもよじ登ろうとしている。
青騎士達が息を呑む。
あれを越えさせれば、せっかく取り戻した大手門の守りが崩れる。
ここで止める。
僕は青い剣を抜き放った。
その瞬間、頭の中に声が響く。
『我が名は青の剣にあらず。青龍氷牙なり。我が名を唱えよ』
静かで、深い声だった。
荒れ狂う戦場の音が、少し遠のいたように感じる。
「わかった、青龍氷牙。僕の剣として、これから力を貸してほしい」
『承知した。これより我は、ユキナだけの剣なり』
青龍氷牙が僕を持ち主と認めた途端、脳裏に言葉が浮かんだ。
握った手から澄んだ水が流れ込むように、呼吸が静まっていく。
恐怖はある。
でも、飲まれない。
この剣は、ただ敵を斬るための刃ではない。
僕自身の心を律するための剣なのだと感じた。
「全てを断つ水の龍よ。氷の牙をもって彼の者を切り裂け!!」
青い宝玉が輝く。
「青龍氷牙!!」
刀身から水飛沫が噴き出した。
僕が振るう剣の軌跡に沿って、青い光が走る。
ハイオーガが咆哮を上げ、巨大な腕を振り下ろす。
まともに受ければ、鎧ごと潰されるだろう。
けれど、今の僕にはその軌道が見えた。
身を沈め、巨腕をかわし、懐へ飛び込む。
青龍氷牙の刃がハイオーガの胸板に触れた瞬間、水飛沫は氷の牙へと変わった。
氷の刃が肉を裂き、骨を砕き、分厚い胸板を貫く。
「グオオオオオッ!!」
ハイオーガの巨体が仰け反り、そのまま城壁から剥がれ落ちた。
轟音と共に地面へ叩きつけられる。
上級指揮官クラスの妖魔が、ついに倒れた。
一瞬、城壁の上が静まり返る。
そして次の瞬間、青騎士達が喝采を上げた。
「ユキナ殿が討ち取った!!」
「大手門は抜かせるな!! 続けえ!!」
歓声が身体を震わせる。
けれど、ミレーヌの声がすぐに飛んできた。
「ユキナ、浮かれないで!! まだまだ来るよ!!」
振り返ると、ミレーヌの手にある赤い剣が強く輝いていた。
『我が名は赤龍雷牙。守るために怒る者よ、我が名を唱えよ』
ミレーヌも、剣の声を聞いたのだろう。
その瞳に宿るのは、憎しみではなかった。
これ以上、誰も傷つけさせないという、守るための怒りだった。
赤龍雷牙の刀身に炎が宿る。
その炎に、稲妻が絡みついた。
「天と地を貫く稲妻を纏いし炎の柱!!」
赤い宝玉が燃えるように輝く。
「我が敵を焼き尽くせ!! 赤龍雷牙!!」
一瞬、音が消えた。
次の瞬間、雷鳴が轟く。
炎と稲妻が城壁の下へ走り、よじ登ろうとしていたオーガ達をまとめて飲み込んだ。
巨体が炎に包まれ、雷に打たれ、次々と城壁から崩れ落ちる。
あまりの威力に、兵士達は息を呑んだ。
ミレーヌは剣を構えたまま叫ぶ。
「ここから先には行かせない!! この城も、この街の人達も、ボク達が守る!!」
その声が、城壁の上に響き渡った。
勇者。
誰も口には出さなかった。
けれど、その場にいた誰もが、ミレーヌの姿に光を見たはずだった。
僕はミレーヌの隣に立つ。
青龍氷牙が、僕の手の中で静かに震えた。
赤龍雷牙が、ミレーヌの手の中で燃えるように応える。
二本の剣が共鳴する。
青い光と赤い光が交わり、城壁の上を照らした。
その輝きに、青騎士達の士気が一気に跳ね上がる。
「続け!!」
シグレさんが叫んだ。
「ユキナとミレーヌに続け!! あの二人に負けるな!! 全軍、押し返せ!!」
兵士達が一斉に雄叫びを上げる。
「うおおおおおっ!!」
城壁の上から、石が落とされる。
燃える油が流される。
槍や戦斧が振り下ろされる。
セシルさんの矢が、逃げ惑うゴブリンの喉を射抜く。
クヌートの魔法が、城壁に取りついたオーガの足場を砕く。
フェリシアの防御魔法が、青騎士達を敵の反撃から守る。
「右側、隙間ができています!」
「任せな!!」
フェリシアの声に、セシルさんの矢が飛ぶ。
続いて、カチュアさん率いる青騎士達の投槍が妖魔を突き落とした。
個の力では、オーガやハイオーガが人間を上回る。
けれど、統制を取り戻した人間の軍は強い。
兵士達は互いに声を掛け合い、隙間を埋め、逃げ道を塞いでいく。
城壁に取りついた妖魔達は、一匹ずつ確実に討ち取られていった。
僕は青龍氷牙を振るう。
青い刃が走るたび、氷の牙が妖魔の肉を裂いた。
隣では、ミレーヌが赤龍雷牙を振るっている。
炎と雷を纏った刃は、敵だけを正確に焼き払い、味方には一切触れない。
「ユキナ、左!!」
「わかってる!!」
ミレーヌの声に合わせて、僕は青龍氷牙を振るった。
僕が斬り開いた先へ、ミレーヌの赤龍雷牙が雷火を走らせる。
青と赤の光が交差する。
城壁に取りついた二匹のオーガが、ほぼ同時に崩れ落ちた。
「すげえ……」
「まるで二本の龍だ……!」
誰かがそう呟いた。
僕とミレーヌは顔を見合わせる。
言葉はいらなかった。
僕達は、同じものを守ろうとしている。
この城を。
この街を。
仲間を。
そして、隣にいる大切な人を。
「行こう、ユキナ!!」
「うん、ミレーヌ!!」
僕達は同時に駆けた。
青龍氷牙の氷が城壁を這い、敵の足場を凍らせる。
赤龍雷牙の雷火がその上を走り、動きを止めた妖魔達を焼き払う。
凍てつく青。
燃え上がる赤。
二つの光が戦場を切り裂くたび、兵士達の士気がさらに上がっていく。
「押せ!! 押し返せ!!」
「ルクス城を守れ!!」
「妖魔どもを逃がすな!!」
城壁の上は、もはや恐怖に支配された場所ではなかった。
そこにあるのは反撃の熱だった。
落城を待つだけだった兵士達が、今は自分達の足で前へ出ている。
青騎士達が弓を放ち、守備兵が石を落とし、槍兵がよじ登る妖魔を突き落とす。
その中心で、僕とミレーヌは二振りの龍牙を振るった。
大手門から逃げることもできない。
城壁を越えることもできない。
逃げ場を失った妖魔達は、次々と討たれていった。
やがて、城壁へ取りつく影が途切れる。
怒号が、少しずつ歓声に変わっていく。
ついに、城壁の外へ脱出できた妖魔は一匹もいなかった。
カチュアさんが剣を掲げる。
「大手門、完全確保!! このまま残敵を掃討する!!」
兵士達が勝利の雄叫びを上げた。
僕は青龍氷牙を握りしめたまま、隣のミレーヌを見る。
ミレーヌも、赤龍雷牙を手に、息を弾ませながら笑っていた。
その笑顔を見て、僕も笑う。
ルクス城は、ついに反撃の狼煙を上げたのだ。