君とボクの二度目の冒険 〜転生した少年と幼馴染の勇者が、魔王の孤独を救うまで〜   作:屠龍

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第九十二話 戦争の後に

第九十二話 戦争の後に

 

 大手門からも城壁からも逃げられなくなった妖魔達は、ルクス城内へ散っていった。

 

 だが、もう勝敗は決していた。

 

 ルクス城守備隊は完全に統制を取り戻している。

 街のあちこちに潜伏したゴブリン達は、六人一組で動く青騎士団と守備兵によって、一つずつ潰されていった。

 

 僕達も、その掃討に加わった。

 

 ゴブリン達は追い詰められると衝動的に反撃してきた。

 だが、隊列も連携もない。

 

 取り囲まれ、盾で押さえ込まれ、槍で突かれ、次々と討ち取られていく。

 

 それは、もはや戦いというより処理に近かった。

 

 大魔導士ベスパルに扇動され、ルクス城で反乱を起こした人間達も捕らえられた。

 闇の力に操られていた者もいれば、自分の意志で混乱に乗じた者もいたらしい。

 

 その処罰は、僕達の手を離れたところで進んでいった。

 

 僕は、すべてを見届けることはできなかった。

 見届ける勇気がなかった、と言った方が正しいかもしれない。

 

 戦いが終わった後、ゴブリンやオーガの死体は集められた。

 

 城外に掘られた巨大な穴へ、妖魔の死体が次々と運ばれていく。

 軽く見ても一万近い数はあるだろう。

 

 緑色の血。

 折れた武器。

 矢の刺さったままの身体。

 焼け焦げた巨体。

 

 生きている時は恐ろしい敵だった。

 けれど、動かなくなったそれらは、ただの死体だった。

 

 さっきまで叫び、暴れ、誰かを殺そうとしていたもの達が、今は荷物のように積まれていく。

 兵士達も誰も笑っていなかった。

 勝ったはずなのに、そこにあるのは歓喜ではなく、終わらせなければならない作業だけだった。

 

 死臭が風に乗って流れてくる。

 

 ミレーヌが口元を覆った。

 

 「戦争って、むごいね」

 

 その声は小さかった。

 

 「僕もそう思う」

 

 僕は、死体の山を見つめながら答える。

 

 「でも、ルクス城が落ちていたら、あそこに積まれていたのは僕達だったんだよ」

 

 「それは、ボクにもわかってるよ」

 

 ミレーヌは目を伏せる。

 

 「でも、悲しいんだ」

 

 ミレーヌの視線の先には、まだ幼いゴブリンの死体も混じっていた。

 子供なのか、大人なのか、僕には分からない。

 ただ、小さな手が泥の中からのぞいていて、それを見たミレーヌがきつく唇を噛んだ。

 

 敵だった。

 殺さなければ、こちらが殺されていた。

 それでも、死体になったものを前にして、何も感じずにいられるほど僕達は強くなかった。

 

 綺麗ごとではない。

 これは戦争だった。

 

 僕達は勝った。

 だから、こうして悲しいと言える。

 

 負けていたら、悲しむ時間さえ与えられなかっただろう。

 

 死者は何も語れない。

 けれど、生き残った僕達は、憐れむことも、悲しむこともできる。

 

 今日、僕達は語れる側に立てた。

 でも明日もそうだとは限らない。

 

 僕は、そのことが怖かった。

 

 ルクス城を正面から落とすのは難しい。

 丘の上に築かれた城塞都市であり、高い城壁と砦、遠距離攻撃のための武器も備わっている。

 

 だからベスパルは、城の内側に溜まっていた不満を闇で煽り、内乱を起こさせた。

 混乱したところをゴブリンとオーガで食い破るつもりだったのだ。

 

 もしベスパルが最後まで生きて指揮を取っていたら。

 

 血の海に沈んでいたのは、ルクス城の人々だったはずだ。

 

 捕らえられた人々は、命も尊厳も奪われていただろう。

 男も女も、老人も子供も、妖魔達の餌食になっていたに違いない。

 

 フレーベル王国の穀倉地帯は魔王軍に奪われ、収穫が終わったばかりの食料も奪われていたかもしれない。

 そうなれば、ルクス城だけでは済まなかった。

 

 王国そのものが、飢えと混乱に飲み込まれていた可能性がある。

 

 それを防いだのは、覚醒したばかりの勇者ミレーヌだった。

 そして、彼女の手を離さなかった僕だった。

 

 けれど、そのことを公にするわけにはいかない。

 

 勇者ミレーヌの名を明かせば、魔王軍だけでなく人間側からも狙われる。

 だから公式には、ルクス侯爵家と守備隊の勝利ということになる。

 

 それでいいと思った。

 

 僕もミレーヌも、名誉が欲しくて戦ったわけじゃない。

 この街を、この人達を、助けたかっただけだ。

 

 「ユキナ」

 

 ミレーヌが僕の手を握った。

 

 「ボク、勇者になったからって、こういうのに慣れたくない」

 

 「うん」

 

 僕は頷く。

 

 「慣れなくていいと思う。悲しいと思えるミレーヌだから、きっと勇者なんだよ」

 

 ミレーヌは少しだけ驚いた顔をした。

 それから、静かに頷く。

 

 「うん。なら、ボクは忘れない。助けられた人の笑顔も、倒した敵の死体も」

 

 その言葉を聞いて、僕はミレーヌらしいと思った。

 

 明るくて、優しくて、誰かを安心させる笑顔を持っている。

 でも、戦いのむごさから目を逸らさない。

 

 それが、僕の愛するミレーヌだった。

 

 遠くでは、まだ死体を埋める作業が続いている。

 兵士達の声、荷車の軋む音、土を掘る音が聞こえていた。

 

 ルクス城は救われた。

 けれど、その代償は確かにここにある。

 

 事情を知っている一部の者は、勇者ミレーヌと、彼女と共に戦った僕の名を忘れないだろう。

 

 けれど僕は、誰かに覚えられることよりも、今隣にいるミレーヌの手を離さないことの方が大切だった。

 

 僕達はしばらくの間、城外に積み上げられた死体の山を黙って見つめていた。

 

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