君とボクの二度目の冒険 〜転生した少年と幼馴染の勇者が、魔王の孤独を救うまで〜 作:屠龍
第九十三話 秘された勇者の祝宴
ルクス城は危機を脱した。
攻城戦は三日で終わり、大多数の魔物を討ち取る大勝利となった。
特に終盤で戦局をひっくり返した、カチュアさん率いる青騎士団の活躍は凄まじかった。
カチュアさんには功一等が授与され、爵位も上がったらしい。
そのおかげで、これまでよりもティニー嬢と公私ともに会いやすくなったようで、二人とも心から喜んでいた。
ルクス城守備隊にも褒賞が与えられた。
爵位、土地、金銀財宝。
それぞれの働きに応じて、兵士達も労われている。
城内では盛大な祝宴が続いていた。
その最中、僕達はティニー嬢に呼ばれた。
内々に、別の祝宴を開きたいとのことだった。
「でも、そんなことをされたらボク困ります」
「あくまで非公式ですから」
ルクス侯爵家としては、勇者となったミレーヌをこのまま帰すわけにはいかないのだろう。
けれど、ミレーヌの正体を公にすることはできない。
だからこそ、その祝宴は本当に内々のものになった。
招かれたのは、僕達とティニー嬢、カチュアさん。
それに、ごく限られた侍女と護衛だけだった。
場所は、ルクス城本城の奥にある小さな広間だった。
大広間のような派手さはない。
けれど、壁には古い絵画が飾られ、窓辺には花が活けられ、長い卓には温かな料理が並んでいる。
戦勝を祝う場というより、親しい人達だけで無事を喜び合う場所に見えた。
「こちらであれば、外に話が漏れる心配はございません」
ティニー嬢が、少し誇らしげに言う。
「本当はもっと盛大にお礼を申し上げたいのですが、ミレーヌ様のお立場を考えれば、それはできません。ですから、せめて今夜だけでも、ルクス侯爵家の客人としてもてなさせてください」
「うう……そこまで言われると断れないよ」
ミレーヌが困ったように笑う。
そのミレーヌは、いつもの冒険者の服ではなかった。
淡い若草色のドレスを着ている。
肩や袖には白い刺繍が施され、腰には細い銀の飾り紐が結ばれていた。
長い緑色の髪は緩く編み込まれ、花を模した小さな銀細工の髪飾りが添えられている。
華美ではない。
けれど、ミレーヌの明るさと優しさを、そのまま形にしたような装いだった。
勇者というより、春の野原に立つ少女のようで。
それでも、ふとした瞬間に見せる横顔には、礼拝堂で見た光の名残があるように思えた。
「ユキナ、そんなに見ないでよ。恥ずかしいじゃないか」
「ごめん。すごく似合ってるから」
そう言うと、ミレーヌは少しだけ頬を赤くして俯いた。
シグレさんは、深い紺色のドレスだった。
余計な飾りは少なく、首元から胸元にかけて銀糸の刺繍が入っている。
すらりとした立ち姿は、剣を持っていなくても武人そのものだった。
けれど、硬いだけではない。
普段は鎧や旅装に隠れていた気品が、ドレス姿になると自然に浮かび上がる。
まるで、どこかの貴族家に生まれた令嬢が、長い旅の末に本来の姿を取り戻したようだった。
「シグレさん、すごく似合っています」
「そうか。着慣れないものだが、悪くはないな」
シグレさんはそう言って静かに微笑んだ。
その笑みは、いつもの剣士のものより少しだけ柔らかかった。
セシルさんは、深い赤紫色のドレスを着ていた。
胸元や裾には黒いレースがあしらわれ、腰には金色の細い帯が巻かれている。
普段の飄々とした雰囲気とは違い、黙って立っていれば妖艶な貴婦人にすら見えた。
もっとも、本人が黙っていればの話だけど。
「いやあ、あたいも捨てたもんじゃないねえ。どうだいユキナ、ちょっと見直したかい?」
「黙っていれば、とても綺麗だと思います」
「そこは素直に綺麗って言っておくれよ」
セシルさんが唇を尖らせると、シグレさんが呆れたようにため息をついた。
「せっかく似合っているのに、自分で台無しにするな」
「はいはい。褒められたってことで受け取っておくよ」
そして、フェリシアだった。
最初、フェリシアはいつものローブ姿のままだった。
ミレーヌやシグレさん、セシルさんのドレス姿を、少し離れた場所から静かに見つめている。
羨ましそうな目だった。
けれど、自分には関係ないと思っているような、遠慮した表情でもあった。
その視線に気づいたのは、カチュアさんだった。
「フェリシア殿。少し、こちらへ」
「え? 私ですか?」
戸惑うフェリシアを、カチュアさんは侍女達のいる奥の部屋へと連れていった。
しばらくして戻ってきたフェリシアを見て、僕達は思わず息を呑んだ。
フェリシアは、淡い水色のドレスを着ていた。
金色の髪は丁寧に編み込まれ、細いリボンでまとめられている。
胸元には小さな青い宝石の飾りがあり、袖と裾には白いレースが揺れていた。
派手ではない。
むしろ控えめな装いだった。
けれど、その控えめさがフェリシアの優しげな雰囲気によく似合っていた。
柔らかな金髪と水色のドレスが、月明かりに照らされた湖のように見える。
普段のローブ姿では少しおどおどして見えるフェリシアが、今は本当に可憐な令嬢のようだった。
「そ、その……変ではありませんか?」
フェリシアは両手でドレスの裾を押さえ、不安そうに僕達を見る。
「変なわけないよ。すごく綺麗だよ、フェリシア」
ミレーヌが真っ先に駆け寄った。
「本当に似合っています」
僕もそう言うと、フェリシアの頬が赤くなる。
「ありがとうございます……こんな服、着たことがなくて」
その時、クヌートが何も言わずにフェリシアを見つめていた。
そして、ぽろりと涙をこぼした。
「兄様!?」
「泣いていない」
「泣いています!」
「これは……目に埃が入っただけだ」
「室内ですよ、兄様」
フェリシアが慌てる。
けれど、クヌートは顔を背けたまま、小さく呟いた。
「フェリシアが……人間の城で、淑女として扱われている……」
その言葉に、フェリシアは何も言えなくなった。
カチュアさんが静かに言う。
「フェリシア殿は、ルクス城を守った恩人です。淑女として遇するのは当然のことです」
ティニー嬢も頷いた。
「はい。フェリシア様にも、クヌート様にも、ルクス侯爵家は深く感謝しております。とてもお似合いです、フェリシア様」
フェリシアは胸元で両手を握りしめ、涙を浮かべながら微笑んだ。
「私……そんなふうに言われたの、初めてです」
その笑顔は、ドレスよりもずっと綺麗だった。
クヌートはまだ顔を背けている。
「だから泣いていないと言っている」
「兄様……」
フェリシアがそっと近づき、クヌートの袖を握った。
「ありがとうございます。兄様がずっと守ってくれたから、私はここにいます」
クヌートは何も答えなかった。
ただ、フェリシアの手を乱暴ではない力で握り返した。
その姿を見て、ミレーヌが小さく笑う。
「よかったね、フェリシア」
「はい……」
フェリシアは涙を浮かべながら、それでも嬉しそうに微笑んだ。
その夜の祝宴は、派手ではなかった。
けれど、とても温かかった。
ティニー嬢とカチュアさんは、僕達一人一人に丁寧に礼を言ってくれた。
ミレーヌは勇者として祀り上げられることに困りながらも、料理を美味しそうに食べていた。
セシルさんは相変わらず酒を飲み、シグレさんにたしなめられていた。
そしてフェリシアは、少し照れながらもドレスの裾を大切そうに撫でていた。
この祝宴は、公には残らない。
勇者ミレーヌの名も、ここでは伏せられる。
けれど、少なくともこの広間にいた人達は忘れないだろう。
ルクス城を救った少女と、その隣にいた少年。
そして、種族や身分を越えて共に戦った仲間達のことを。