君とボクの二度目の冒険 〜転生した少年と幼馴染の勇者が、魔王の孤独を救うまで〜 作:屠龍
第九十五話 勇者の休日
第九十五話 勇者の休日
朝起きたあと、僕の好きなティカというコーヒーに似た見た目と味の飲み物と、ミレーヌの好きな香草茶を飲みながら、ゆっくりと朝を過ごした。
宿の一階酒場でも朝食は食べられる。
けれど、せっかくだから朝の街を二人で歩くことにした。
僕は白いシャツに、濃紺の細身のズボンを合わせ、上から仕立ての良い薄茶色の上着を羽織った。
冒険用の革鎧ではない。
けれど、街を歩くには動きやすく、少しだけ背伸びをした服装だった。
ミレーヌは、以前僕が似合うと言った青いワンピースを着てくれた。
襟元には控えめな白いレースがあしらわれ、動くたびに裾がふわりと揺れる。
いつもの旅装のミレーヌも好きだけど、こうして街娘のような服を着たミレーヌは、少し大人びて見えた。
「どうかな、ユキナ」
「すごく似合ってる」
そう言うと、ミレーヌは嬉しそうに笑った。
「ミレーヌにワンピースって本当によく似合うよね」
「ユキナが喜んでくれて、ボクも嬉しいよ」
「うん。可愛すぎて惚れ直しそう」
「お世辞でも嬉しいよ♪」
いやいや、お世辞抜きで可愛すぎだから。
今のミレーヌを見たら、ナンパ男が列を作るかもしれない。
もちろん、そんな邪魔が入らないように、僕はミレーヌと手を繋いで朝の街を歩いた。
旅装ではなく、少し上等な服を着ているからか、周囲の視線もいつもより柔らかい。
裕福な商家の若い恋人同士にでも見えているのかもしれない。
「わあ、綺麗だね」
「ミレーヌのほうが綺麗だよ」
「ボクが綺麗なのは、ユキナに愛されてるからだよ」
僕とミレーヌは、首都フレーベルの街に差し込む朝日を見上げた。
白い石造りの街並みが、朝の光を受けて淡く輝いている。
遠くには、街の中心にある城の尖塔が見えた。
朝市はすでに賑わっていた。
野菜や果物を並べる商人。
焼きたてのパンを売る屋台。
香ばしい肉の匂い。
人々の声が混じり合い、街全体が目を覚ましたばかりのようだった。
僕達は広場でテーブルと椅子を借り、朝市で食べ物と飲み物を買うことにした。
「この果物、美味しいね」
「うん。初めて食べるけど美味しいね」
僕とミレーヌが食べているのは、ヤカという果物だ。
見た目も味も洋梨によく似ていて、瑞々しくて甘い。
旅の途中では、朝食は固焼きパンとチーズのような保存食が中心になる。
だから街や村にいる時は、こうして新鮮な果物を食べられるだけで嬉しかった。
広場の片隅では、吟遊詩人が歌っている。
ドラゴンに攫われた王女様を、勇者が助け出す英雄譚だった。
その歌声を聞いて、僕はふと妹のミオを思い出す。
あの子は吟遊詩人に憧れていた。
いつか、あの子もこうして誰かの前で歌うのだろうか。
そう思うと、少しだけ故郷が懐かしくなった。
ヤカと一緒に、新鮮な卵で作られたオムレツやミートパイ、鶏肉の串焼きも買い込んだ。
飲み物は、一度ミレーヌが飲んでいる香草茶を試してみたかったので、露店で買ってみる。
けれど、出てきた香草茶には、ミルクと砂糖がたっぷり入っていた。
朝から働く人達が飲むものだから、甘く作られているのだろう。
「よくこんな甘い物飲めるね」
「ボクが飲んでるのは、こういうのじゃないよ。お父さんがくれた配合表で淹れてもらってるものだもん」
ミレーヌが普段飲んでいる香草茶は、医者であるお父さんが調合してくれたものだ。
香りがよく、薬草も少し混ぜてあるらしい。
同じ香草茶でも、露店のものとはずいぶん違うようだ。
この甘い香草茶と揚げたパンは、フレーベル国では代表的な朝食らしい。
けれど、僕達のテーブルには果物やオムレツ、串焼きやミートパイまで並んでいる。
少し贅沢しすぎたかもしれない。
広場のあちこちから視線を感じるのは、ミレーヌの可愛らしさだけでなく、この豪華な朝食のせいもあるのだろう。
オムレツを木のフォークで切り分けると、中からとろっとした卵が現れた。
中には牛肉が詰められている。
ミートパイと少し被ってしまったけれど、ミレーヌがにこにこしながら美味しそうに食べているからいいとしよう。
ミレーヌは、ご飯を食べる時、本当に幸せそうな顔をする。
戦場で勇者の光を放っていたミレーヌが、今は口元に卵をつけて笑っている。
その落差が、なんだかたまらなく愛おしかった。
「ユキナ、どうかした?」
僕が見とれていると、ミレーヌが首を傾げた。
口元には、まだ少しだけオムレツの卵がついている。
「ううん。僕の恋人が可愛すぎて見とれてただけ」
「もうっ。そんな恥ずかしいこと、普通は言わないよ」
「だって本当に可愛いもん。恋人が可愛すぎて、いつまでも見ていたい」
「うう……ユキナがそんなこと言うから照れるじゃないかあ」
そんな会話が周りに聞こえたのか、近くの男達の視線が少し険しくなった。
朝食を終えたあと、僕達は朝市を巡って歩いた。
やがて広場の一角に、絵描き達が集まっているのを見つける。
客の似顔絵を描いているらしい。
「せっかくだから、二人の絵でも描いてもらわない?」
「うん♪」
僕達は、少し年配の絵描きさんに頼むことにした。
愛想のいい人で、快く引き受けてくれたが、少し値は張った。
相場は分からない。
けれど、きっと技術料なのだろう。
構図は、僕とミレーヌが腕を組んで見つめ合う姿だった。
その姿勢のまま動かないのは少し大変だったけれど、ミレーヌと目が合うたびに自然と笑ってしまう。
絵描きさんにも何度か「もう少し動かないでください」と苦笑された。
「うわあ。ボクたち、こんなふうに見えてるんだ」
完成した絵を見て、ミレーヌが目を輝かせる。
絵の中のミレーヌは、実物より少しだけ大人びて、いつもより美しく描かれていた。
僕も、実物よりずいぶん美男子に描かれている。
多分、かなりサービスしてくれたのだろう。
僕は少し多めに料金を支払った。
絵描きさんは嬉しそうに笑い、絵を丁寧に包んで渡してくれた。
いつか家を買ったら、額に入れて飾っておきたいと思った。
広場の噴水の前では、魔法使い見習いが光の玉を宙に浮かべていた。
その動きに合わせるように、笛や小さな打楽器、ギターに似た楽器を持った人達が、小さな楽団を作っている。
演目は、勇者に救われた姫が勇者に贈った愛の歌だった。
子供の頃、何度も聞いた歌だ。
フレーベル国の子供なら、きっと誰でも知っている。
伝説の勇者は、選ばれた者だけが持つ聖剣で、ドラゴンに囚われた姫を救い出す。
姫と勇者は恋に落ち、その子孫がこの国の王家になったと言われている。
けれど、建国物語の最後で、勇者は姫と子供を残して旅に出る。
真の闇を倒すために。
子供の頃は、ただのおとぎ話だと思っていた。
でも今は違う。
真の闇とは何なのだろう。
ミレーヌのお母さん、マリータさんもそれを追っていたのだろうか。
そして、ミレーヌもいつか、その真の闇を追うことになるのだろうか。
笛の音も、子供達の笑い声も、さっきまでと同じように聞こえている。
それなのに、僕の胸の奥だけが少し冷えた。
僕の隣には、青いワンピースを着たミレーヌがいる。
伝説の勇者が、普通の女の子みたいに僕の隣で笑っている。
この穏やかな休日と、勇者としての宿命。
その二つが、同じ場所に並んでいることが、少しだけ不思議だった。