君とボクの二度目の冒険 〜転生した少年と幼馴染の勇者が、魔王の孤独を救うまで〜 作:屠龍
第九十六話 余興の試合
英雄譚を聞いたあと、僕達は広場を散策していた。
すると、広場の一角から大きな歓声が上がる。
そちらを見ると、石畳の上に怪我防止の厚い敷物を敷いた、簡易な試合場が作られていた。
そこで行われていたのは、組み技の試合だった。
元気のよさそうな子供達が、相手を投げたり、関節を取ったりして遊んでいる。
組み技の遊びは、フレーベルでは子供の頃から親しまれている。
僕も故郷でよく遊んだし、同年代の中では背が高い方だったから、それなりに勝てた方だった。
その試合場の中央で、ひときわ目立つ男が観客に向かって両腕を広げていた。
身長は二メートルを超えているだろう。
短髪で、岩のような顔つきの大男だ。
鍛え抜かれた腕や胸を見せつけるように立ち、広場に響く声で挑戦者を募っている。
「誰か俺様バージに挑戦する者はいないか!! 俺に勝てたら金貨をやるぜ!!」
その声に、観客の中から農民らしい大柄な男が前へ出た。
背負っていた野菜の籠を下ろし、挑戦料らしい銀貨を渡す。
賭け事に近いけれど、余興として黙認されているのだろう。
「どっちが勝つと思う?」
「ボクはあっちのバージって人かな。オーガにだって勝てそうだよ」
「だよね」
農民の男も、決して弱そうには見えなかった。
腕は太く、足腰もしっかりしている。
けれど、バージはただの力自慢ではなかった。
組み合った瞬間、相手の力を受け流すように腰を落とし、次の瞬間には農民の身体を軽々と宙へ浮かせていた。
大きな身体が、敷物の上に叩きつけられる。
「おおっ!」
観客から歓声が上がった。
とはいえ、バージはすぐには勝負を終わらせなかった。
農民から少し距離を取り、わざと押し込まれたり、投げを受けかけたりしてみせる。
あっさり勝てば、次の挑戦者が出なくなる。
見世物として盛り上げるために、加減しているのだ。
数度の接戦を演じた末、最後に勝ったのはやはりバージだった。
負けた農民の手を取って立ち上がらせると、観客達が拍手しながら、試合場の脇に置かれた籠へ銀貨を入れていく。
どうやら、試合に満足した観客が金を払う仕組みらしい。
「誰か俺に挑戦する者はいないか!!」
バージの声に、また別の挑戦者が出る。
けれど、やはり敵わない。
それはそうだ。
バージは余興試合で飯を食っている玄人なのだ。
普通の人間が簡単に勝てる相手ではない。
「そこの可愛い彼女を連れた兄ちゃん。あんたはどうだい?」
「え、僕?」
「そうだ、あんただ。なかなか強そうじゃないか。彼女にいいところを見せるチャンスだぜ。それとも、顔が綺麗なだけのお貴族様か?」
バージがそう言って僕を挑発すると、広場の観客が一斉に僕とミレーヌを見た。
先ほどとは違う視線だった。
綺麗な女の子を連れた優男が、みんなの前で叩きのめされるところを見たい。
そういう期待が、広場の空気に混じっている。
「やめとくよ。僕は見世物じゃ……」
「ユキナ、やっちゃえ!! ボクにカッコイイとこ見せてよ」
「わかった、やるよ」
断ろうとした僕を、ミレーヌがあっさり焚きつけた。
ミレーヌは、僕が負けるとは少しも思っていないらしい。
その信頼が嬉しくて、つい二つ返事で答えてしまった。
僕とミレーヌのやり取りを聞いて、観客がどっと笑う。
「兄ちゃん、頑張れよ!」
「彼女にいいとこ見せてやれ!」
観客が僕をはやし立てる。
その中には、僕が恥をかくのを期待している顔もあった。
僕は上着とシャツを脱いだ。
バージほどではないが、旅と戦いで鍛えられた僕の身体を見て、バージが口笛を吹く。
「お貴族様にしては、いい身体じゃないか。久しぶりに楽しめそうだ」
「僕は貴族じゃないんだけどな」
「じゃあ兵士か?」
「似たようなものだよ」
ここで冒険者だと言えば、余興の空気が少し変わってしまう気がした。
短いやり取りの後、僕とバージの試合が始まった。
やはりバージは上手い。
僕が掴みかかろうとすると、余裕を持ってかわされた。
こちらが体勢を立て直す前に踏み込んでくるので、僕は後ろへ下がって距離を取る。
「どうした、貴族様。彼女にカッコいいところを見せてやらないのか?」
「これから見せるつもりさ」
「そいつは楽しみだな!!」
バージが突進してくる。
これ以上下がれば、試合場の外へ出て負けになる。
僕は仕方なく、バージの突進を正面から受け止めた。
腕と腕がぶつかる。
そのまま組み合い、力比べになった。
「ぐっ、なんて馬鹿力だ」
「あんたも優男だと思ったが、やるじゃないか」
正面からの力比べでは、僕に勝機はない。
僕はバージの身体を掴んだまま、足払いを仕掛けた。
けれど、それを読んでいたバージは、逆に僕の身体を試合場の中央へ投げ飛ばす。
僕は空中で体をひねり、何とか着地した。
観客から快哉の声が上がる。
「ユキナ、頑張れ!!」
後ろからミレーヌの声援が聞こえた。
その声で、僕は一気に踏み込む。
バージが受け止めようと腕を広げた瞬間、僕は真正面から押し返すのではなく、相手の勢いを少しだけ横へ逃がした。
腕を取り、体を捻る。
腰を入れ、重心が浮いた一瞬を逃さない。
前世で一本背負いと呼ばれていた技だ。
この世界に転生してから、幼馴染のヤオやシンジ相手に色々な格闘技を試していた。
それが、ここで上手くはまった。
「うおおお!?」
バージの巨体が宙に浮く。
次の瞬間、その身体が厚い敷物の上へ叩きつけられた。
僕はそのまま背後に回り、羽交い締めにして押さえ込む。
「ぐっ、このっ……変な技を使いやがって!」
バージがもがく。
けれど、力任せに暴れても抜け出せない形に入っている。
しばらくして、バージが片手を上げた。
降参の合図だった。
「おおおおお!!」
観客が、まさかの僕の勝利に歓声を上げる。
もちろん、バージが本気で最初から潰しにきていたら、勝てたかどうかは分からない。
けれど、少なくともこの余興試合では、僕の勝ちだった。
「負けだ、負けだ。金貨を持っていきな」
「でも、今のは……」
「いいってことよ。たまには負けないと挑戦者が来ないからな」
バージは笑いながら立ち上がる。
「それに、本気を出すだけが、見世物試合の男じゃねえぜ。冒険者さんよ」
どうやら、僕が冒険者だということは見抜かれていたらしい。
満面の笑顔で僕を見るバージに、僕はまいったなという気分で頬を掻いた。
「この金貨は、あそこで遊んでいる子供達のお菓子代に寄付するよ」
「あんたもお人よしだな。名前は?」
「ユキナ。いつか有名になる冒険者だよ」
「覚えておくぜ。その時は、本気の試合をしようや」
バージはそう言って、子供達を呼び寄せた。
駄菓子屋でたくさんのお菓子を買ってくるように言う。
やがて大量の菓子を手に入れた子供達に、バージは笑いながらそれを配っていった。
その顔は、試合中とは違って、とても優しかった。
その光景を見ていると、ミレーヌがタオルを渡してくれた。
「ユキナ、格好良かったよ」
「恥ずかしいな。でも、ミレーヌが喜んでくれてよかったよ」
「うん。ボク、惚れ直したよ」
「照れるなあ」
そう言いながら、僕はタオルで汗を拭いた。
殺し合いだけじゃなく、誰かを喜ばせるために格闘技を使えることもあるんだ。
僕は、余興試合の玄人であるバージに良い勉強をさせてもらった気がして、深く頭を下げた。