君とボクの二度目の冒険 〜転生した少年と幼馴染の勇者が、魔王の孤独を救うまで〜 作:屠龍
第九十九話 三百人の犠牲
その後、喫茶店で冷めかけたお茶を飲みながら、僕達は少しずつ言葉を交わした。
完全に不安が消えたわけではない。
けれど、少なくとも僕が一人で決めないことだけは、ミレーヌに約束した。
その約束を胸に、僕達はもう一度、冒険者ギルドへ向かった。
「そっかそっか。ちゃんと話し合いできたのね」
事情を説明すると、マリアさんは大きく頷いて、僕とミレーヌの肩を優しく叩いてくれた。
安心したのか、マリアさんは小さく息を吐く。
それから何もなかったように、書類の束を取り出した。
そこには、鉄級向けの依頼書がいくつも挟まれていた。
掲示板に張り出す前の依頼書。
つまり、審査前の依頼の束だ。
審査前の依頼を、特定の冒険者に秘密で教えるのは本来ご法度だ。
貴重な鋼級冒険者を無謀な依頼で失わないため、と言い訳はできるかもしれない。
けれど、ギルドに知られれば、マリアさんの信用に関わる。
それでも彼女は、僕達のために用意してくれていた。
「冒険者ギルドも商売だからね。危険ばかり高い依頼でも、依頼があれば掲示しないといけないのよ。まったく、迷惑な話だわ」
マリアさんは、書類を数枚選んで僕達の前に並べる。
「それでね。お金と評価はぐんと下がるけど、鋼級冒険者のユキナ君とミレーヌちゃんなら、無理なく達成できそうな依頼をいくつか見つけておいたの」
どれも、危険性はそれほど高くない依頼だった。
報酬はさっきの商船護衛に比べれば大きく落ちる。
けれど、鉄級向けとしては十分な額だ。
もともと、全冒険者の中でも鋼級はごく一部しかいない。
鋼級冒険者が必要な依頼ばかり来るわけではないのだ。
普段は、このくらいの依頼をこなすのが普通なのだろう。
僕達が仲直りしたと分かったうえで、先に適切な依頼を用意してくれる。
マリアさんの有能さと優しさに、僕は心から感心していた。
その時だった。
「大変だ!! また船が襲われたぞ!! 乗組員と積み荷が全滅だ!!」
ギルド員の一人が叫び、慌てて掲示板を書き換え始めた。
その言葉を聞いた瞬間、僕とミレーヌは同時にマリアさんの元を離れ、掲示板へ駆け寄った。
張り替えられた依頼書には、先ほどよりもさらに大きな報奨金が記されている。
けれど、僕の目を引いたのは金額ではなかった。
被害者数。
「……三百人」
僕は、思わずその数字を呟いた。
周囲の冒険者達も、渋い顔をしていた。
「おいおい、どんな化け物だよ」
「いくら賞金がでかくてもな。死んだらおしまいだぜ」
「船の上じゃ逃げ場もねえ。俺は降りる」
誰も名乗りを上げない。
それは責められることではない。
冒険者だって命が惜しい。
報酬がどれだけ高くても、死んでしまえば意味がない。
それでも、このまま誰も引き受けなければ、また犠牲者が出る。
そう思った瞬間、僕は受付にいるマリアさんへ振り向いていた。
マリアさんが、あわあわと手を振って僕を止めようとする。
「駄目駄目駄目だってば!! これ絶対危ないやつだから!! やばい物件だからね!?」
それでも、僕の足は止まらなかった。
その時、僕の前にミレーヌが立ちふさがった。
両手を広げて、僕を止める。
「絶対ダメ!!」
ミレーヌは、強く首を横に振った。
その目は、もう泣きそうだった。
「頼むよ、ミレーヌ。僕はこんなの見過ごせない。強くなって、こんな事件の被害者を一人でも出さなくていいようになりたいんだ」
僕は頭を下げた。
それでも、ミレーヌは首を縦に振らなかった。
「どうしても駄目。絶対駄目。ユキナがこんな危険な依頼を引き受ける必要なんてないよ。きっと、他の誰かが引き受けてくれるよ」
そう言って、ミレーヌは他の冒険者達を見る。
けれど、誰も名乗り出なかった。
鋼級の冒険者達でさえ、視線を逸らしている。
それだけ危険な依頼なのだ。
僕達が引き受けなければ、商船の護衛は誰もいないことになる。
「マリアさん、お願いします。このクエストを受けさせてください」
僕はもう一度、頭を下げた。
それを見たマリアさんは、頭を抱えながら僕を見た。
それから、今にも泣きそうなミレーヌへ視線を移す。
「……分かりました。ただし、条件があります」
マリアさんの顔は、真剣そのものだった。
僕は思わず息を呑む。
「ちゃんと、ミレーヌちゃんの許可を取りなさい。これは絶対条件です。この条件が満たされなければ、私は承諾の判子を押しません」
そう言って、マリアさんはミレーヌの方を見る。
ミレーヌは、僕の前で両手を広げたまま泣いていた。
ミレーヌも分かっているのだ。
僕達が行かなければ、また犠牲者が出るかもしれないと。
それでも、僕を止めている。
犠牲者より僕の方が大切だというその気持ちが、勇者に覚醒したミレーヌにとって、どれほど辛いものなのか。
僕には想像もつかなかった。
勇者という言葉に一番縛られているのは、きっと勇者本人であるミレーヌだ。
もし僕がいなければ、ミレーヌはこの依頼を引き受けただろう。
自分の命が惜しいから誰かを見捨てるような女の子ではない。
けれど、今のミレーヌには僕がいる。
勇者ミレーヌが救うべき世界より大切な者。
僕を死なせたくないという恋人としての感情が、勇者としての務めを上回っている。
「ミレーヌ、ごめん」
そう言って、僕はミレーヌを抱きしめた。
ミレーヌは、堪えきれない涙を隠せなかった。
抱きしめ合う僕とミレーヌを見て、マリアさんが静かに依頼書の束をしまう。
「ユキナ君。今日は帰って、ミレーヌちゃんと本音で話をした方がいいわよ」
「そうします」
僕は小さく頷いた。
「ミレーヌ、今日は帰ろう?」
「……うん」
ミレーヌは、泣き濡れた顔のまま頷いた。
僕達は、部屋を借りている宿へ戻ることにした。